「たのしいプロパガンダ」を小学生でも分かるように説明します(本・書籍)映画・音楽・漫画が思想を運ぶとき
たのしいプロパガンダ
著者 辻田 真佐憲

プロパガンダってなんだろう?
プロパガンダという言葉を聞いたことがありますか?
これは、国や政治のグループが、自分たちの都合のいいように人々の考え方や行動をコントロールしようとする宣伝活動のことです。
テレビでよく見る商品のコマーシャルも宣伝の一つですが、普通プロパガンダというと、政治的な目的を持った大がかりなものを指します。
プロパガンダと聞くと、みなさんはどんなものを想像するでしょうか。
例えば、昔のナチスドイツの指導者だったヒトラーが、大勢の人の前で怒鳴るように激しい演説をしている姿や、北朝鮮の軍人たちが一糸乱れぬ動きでロボットのように行進している姿かもしれません。
あるいは、毎日毎日、国の素晴らしいところばかりを退屈な言葉で教え込まれるような授業を思い浮かべる人もいるでしょう。
そんな退屈で怖いものなら、誰も信じないし、無理やり聞かされても心から従おうとは思いませんよね。
しかし、辻田真佐憲さんが書いたこの本では、本当に恐ろしいプロパガンダはそんな退屈なものではないと教えてくれます。
実は、最も効果的なプロパガンダは、人を楽しませる「娯楽」や「エンターテインメント」の姿をしてやってくるのです。
銃を突きつけて国を愛せと命令しても、人の心は動きません。
しかし、もしとても面白い映画や、かっこいい音楽、夢中になるゲームの中に、国が伝えたいメッセージがこっそり隠されていたらどうでしょうか。
人々はそれを楽しんでいるうちに、抵抗する気持ちも起きず、知らず知らずのうちにその考え方に影響されてしまいます。
この本では、このように楽しさを通じて人々を誘導する手法を「楽しいプロパガンダ」と呼んでいます。
歴史を振り返ると、世界中の国々がこの楽しいプロパガンダを使って人々をコントロールしようとしてきました。
ここからは、昔の日本や世界中でどのような楽しいプロパガンダが使われてきたのか、そして今の日本でも同じようなことが起こり得るのかを、日本の小学六年生のみなさんにもわかりやすく解説していきます。
昔の日本と楽しい戦争の宣伝。
昔の日本が戦争をしていた時代を想像してみてください。
軍人たちはみんな頭が固くて、国民に厳しい顔で命令ばかりしていたイメージがありませんか。
もちろんそういう面もありましたが、一部のエリート軍人たちはもっと賢い方法を考えていました。
第一次世界大戦という大きな戦争で、強かったはずのドイツが負けてしまった理由を研究した日本の陸軍は、ある結論に達しました。
それは、軍隊の強さだけでなく、国民のやる気をなくさせる心理的な戦い、つまりプロパガンダの戦いで負けたからだというものでした。
戦争に勝つには、国民にずっと戦争を応援し続けてもらう必要があります。
これを思想戦と呼びました。
陸軍の清水盛明という人は、宣伝は楽しくなければならないと主張しました。
彼は、演劇、音楽、ラジオ、ポスター、漫画、紙芝居など、ありとあらゆる娯楽が宣伝に使えると考えました。
例えば、初めから終わりまでずっと戦争の難しい説明をするお芝居なんて、誰も見に行きませんよね。
でも、当時大人気だった古川ロッパというコメディアンの面白いお芝居の中に、ほんの五分だけ戦争の意味を伝える場面を混ぜるのです。
観客は大笑いして楽しんでいるうちに、いつの間にか戦争を応援する気持ちになって帰っていきます。
清水はさらに、ポスターを貼るなら中国人が好む色や文字を使うべきだとか、無料で配るよりお金を取ったほうが真剣に読んでもらえるなど、細かいテクニックまで考えていました。
海軍でも同じようなことを考えた人がいました。
松島慶三という海軍の人は、なんとあの有名な宝塚少女歌劇の舞台の原作を書きました。
太平洋行進曲という劇では、最初はわざと規則を守らないドジな兵士たちを笑うコメディから始まります。
しかし、劇が進むにつれて戦争の激しい場面になり、最後は海軍の記念日を祝う勇ましい歌で終わるという構成でした。
最初から戦争の話ばかりだと観客が飽きてしまうので、最初は笑いで引きつけて、最後に宣伝をすり込むという見事な作戦です。
ほかにも、榎本健一という人気者の歌にこっそり戦争の話を入れたり、人気の歌手に軍歌を歌わせたりしました。
国民は、国から強制されたからではなく、この歌手が好きだから、この曲が素敵だからという理由でレコードを買い、自分から進んで楽しんでいました。
また、賞金を出して戦争の標語を国民から募集し、宝くじのようなワクワク感で戦争に参加させることまでしました。
このように、国と民間の会社が協力して、国民が自分から楽しみたくなるような宣伝を作り出していたのです。
世界で使われたプロパガンダ大作戦。
楽しいプロパガンダを使っていたのは日本だけではありません。
世界中の国々が、それぞれのやり方で娯楽を利用していました。
例えば、誕生したばかりのソビエト連邦という国は、自分たちの新しい国の仕組みがいかに素晴らしいかを国民や世界にアピールする必要がありました。
そこで目をつけたのが映画です。
すべての芸術の中で映画が一番重要だと考え、国を挙げて映画を作りました。
中でも有名なのが戦艦ポチョムキンという映画です。
歴史上の反乱を描いたものですが、ただの記録映像ではありません。
モンタージュと呼ばれる、短い映像をテンポよくつなぎ合わせる新しい技術を使って、観客がハラハラドキドキするような見事な作品に仕上げました。
これを見た人々は、映画の面白さに夢中になりながら、国の考え方に共感していったのです。
また、ソ連は宇宙へ行って革命を起こすエスエフアニメや、敵であるドイツのヒトラーをからかうコメディアニメなども作り、国民を楽しませながら国を応援させました。
ドイツの宣伝大臣だったゲッベルスという人も、このソ連の映画を見て衝撃を受けました。
本当に素晴らしい芸術作品を使えば、どんな主張でも人々に信じ込ませることができると気づいたのです。
彼は、あからさまな政治の宣伝映画よりも、普通の面白い娯楽映画をたくさん作ることを選びました。
そして、ベルリンで開催されたオリンピックでは、美しい映像を撮る女性監督に頼んで、とてもかっこよくて壮大な記録映画を作らせました。
この映画を見た世界中の人たちは、ドイツの素晴らしさと力強さに圧倒されました。
また、たくさんの言語で読めるおしゃれな写真付きの雑誌を発行して、世界中の人たちにドイツの良さをアピールしました。
アメリカも負けてはいません。
みんなが大好きなディズニーのアニメも、プロパガンダに使われました。
第二次世界大戦の時に作られた総統の顔という映画では、人気キャラクターのドナルドダックが主人公です。
ドナルドがナチスドイツのようなおかしな国で無理やり働かされ、ベルトコンベアーで流れてくる爆弾に何度も敬礼させられて気が狂いそうになります。
しかし最後は夢から覚めて、アメリカの自由って素晴らしいと喜ぶというお話です。
この映画の主題歌はとても耳に残りやすく、大ヒットしてアカデミー賞まで受賞しました。
映画やアニメといった娯楽は、世界中で人々の心を動かす最強の武器になっていたのです。
アジアの国々のユニークな宣伝。
時代が現代に近づいても、アジアの国々では様々な楽しいプロパガンダが行われています。
北朝鮮と聞くと、とても厳しくて自由がない国というイメージがあるかもしれません。
しかし、そこにも楽しいプロパガンダがあります。
かつてのリーダーだった金正日は、映画や音楽が大好きで、自ら映画のプロデューサーをしていました。
なんと、日本の特撮スタッフを呼んで怪獣映画を作ったり、子供向けの面白いアニメシリーズを作ったりもしました。
また、音楽は人々が楽しめるものでなければならないと言って、電子楽器やシンセサイザーを使った現代的なポップスのバンドを作りました。
今のリーダーである金正恩もそのやり方を受け継ぎ、モランボン楽団という、若い女性たちが歌って踊るアイドルグループを作りました。
彼女たちのコンサートでは、アメリカのディズニーキャラクターが登場することもありました。
敵対しているはずのアメリカの文化すら、自分たちの宣伝を楽しくするために利用しているのです。
お隣の韓国でも、プロパガンダの工夫が見られます。
韓国には若い男性が必ず軍隊に入らなければならない法律があります。
しかし、若者たちにとって厳しい軍隊の生活はあまり人気がありません。
そこで韓国の国を守る役所は、暗くて退屈な軍歌ではなく、有名な歌手に若者向けのバラード風の軍歌を歌わせ、かっこいいミュージックビデオを作りました。
人気歌手の歌声を通じて、軍隊のイメージを良くしようとしているのです。
また、領土問題をアピールするためのコンサートを開き、人気のアーティストに歌わせることで、自然と参加者に国の主張をすり込む工夫もしています。
中国では、日本との戦争をテーマにしたテレビドラマが毎日たくさん放送されています。
中には、中国人が素手で日本兵を吹き飛ばしたりする、歴史とは全く違うアクションドラマもあります。
視聴率が取れるので、民間のテレビ局が利益のために進んで作っているのです。
さらに、中国の各地には戦争の歴史を学べるテーマパークがあります。
そこでは、昔の軍服を着てモデルガンで的を撃つシューティングゲームや、ジェットコースターのような乗り物があり、まるで普通の遊園地のように遊びながら、自然と国を愛する心を学ぶことができます。
スマートフォンで遊べる無料ゲームの中にも、日本の歴史上の人物を倒すゲームがあるほどです。
台湾でも、過去には日本のアニメの主題歌の歌詞を勝手に書き換え、勇敢に国を守ることを教える国防アニメとして放送していた時期がありました。
このようにアジアの国々も、音楽、ドラマ、ゲーム、遊園地といった娯楽を使って、国民の心を誘導しているのです。
宗教グループが使った最新の宣伝。
国だけでなく、宗教のグループも宣伝の技術をたくみに使っています。
もともとプロパガンダという言葉自体が、キリスト教の教えを世界に広めるという意味の言葉から生まれています。
ですから、宗教と宣伝は昔からとても関係が深いのです。
現代の日本で最も恐ろしい事件を起こしたオウム真理教という団体も、最新のメディアや娯楽を利用したプロパガンダの天才でした。
彼らは地下鉄に毒ガスを撒くという取り返しのつかないテロ事件を起こしましたが、そこに至るまでに多くの若者を入信させていました。
教祖の麻原彰晃は、当時の超能力や占いなどのブームを利用して、雑誌に自分の空中浮遊の写真を載せました。
また、テレビのバラエティ番組に好んで出演し、親しみやすいおじさんのように振る舞うことで、人々の警戒心を解きました。
さらに、彼らはアニメのオープニングのような明るいメロディの彰晃マーチという歌を作り、着ぐるみと一緒に踊りながら選挙活動を行いました。
もっとすごいのは、彼ら自身で超越世界という本格的なアニメを作ったことです。
麻原彰晃が超能力を使って空を飛んだり、人の病気を治したりする様子をかっこいいアニメーションで描き、ビデオにして配りました。
これを見た若者たちは、自分も修行すればアニメの主人公のように特別な力が手に入るかもしれないとワクワクしてしまい、道場に足を運んでしまったのです。
彼らはパソコン通信やロシアのラジオ放送など、当時の最新技術をフルに使って、自分たちの世界観を面白おかしく宣伝していました。
また、中東で活動するイスラム国という過激派のテロ組織も、驚くほど高度なインターネット戦略を持っています。
彼らが公開する動画は、まるでハリウッド映画のように美しく、スローモーションや効果音を使って劇的に編集されています。
残酷な場面でさえ、人々がつい気になって見てしまうような工夫がされています。
さらに、ドイツ語やフランス語で歌う軍歌を作り、ヨーロッパの若者たちにアピールしています。
フルカラーの写真がたくさん載ったインターネット上の雑誌を発行し、スマートフォンから誰でも読めるようにしています。
ソーシャルネットワークサービスでは、日本の流行語をわざと使ってつぶやき、日本人の若者とコミュニケーションを取ろうとしたことまでありました。
彼らは宗教やテロの集団ですが、その宣伝方法は、世界のどんな立派な企業にも負けないくらい最新で、計算し尽くされたものだったのです。
今の日本のアニメやゲームも宣伝?
それでは、今私たちが生きている日本のエンターテインメントはどうでしょうか。
最近、戦争や自衛隊をテーマにした小説や映画、アニメ、ゲームがとても人気を集めています。
例えば、永遠のゼロという小説や映画を知っている人もいるかもしれません。
第二次世界大戦の特攻隊を描いた物語で、日本中で大ヒットしました。
主人公の若者が、自分のおじいさんの戦争での出来事を調べていくうちに、命の尊さや歴史の真実に気づいて成長していくという感動的なストーリーです。
しかし、この感動的な物語の中には、作者の歴史に対する考え方や、現代の社会に対する強い主張がこっそり織り込まれています。
例えば、主人公の意見に反対する新聞記者をとても愚かな人物として描くことで、主人公の意見が絶対に正しいように見せかけています。
読者は物語に感動して涙を流しているうちに、知らず知らずのうちに作者の考え方に影響を受け、自分の意見が変わってしまう可能性があります。
このように、娯楽の形をとって特定の考えに誘導するものを右傾エンタメと呼んで心配する人たちもいます。
また、可愛い女の子のキャラクターと、戦車や軍艦などの軍事的な要素を組み合わせた作品も大流行しています。
ガールズアンドパンツァーというアニメでは、女子高生たちが戦車に乗って武道として戦うというスポーツのような明るいお話です。
しかし、このアニメを作る時には、本物の陸上自衛隊が協力しています。
自衛隊は、若い人たちに自衛隊の仕事に興味を持ってもらうために、アニメのイベントで本物の戦車を展示したり、声優さんと一緒に基地の見学ツアーを行ったりしました。
自衛隊自身も、広報誌の表紙に有名な女性アイドルを起用して軍服姿の写真を載せたり、自衛隊の歌姫と呼ばれる美しい声の歌手をデビューさせて、親しみやすいイメージを作っています。
最近では、政治家たちの間で心を打つ政策芸術という言葉が使われたこともありました。
これは、アニメや映画のような感動的な芸術の力を使って、国の政策を国民に浸透させようという考え方です。
もちろん、自衛隊が自分たちを知ってもらうために広報活動をすることや、アニメを作る会社が面白い作品を作ることは悪いことではありません。
しかし、エンターテインメントを作る会社と、国や自衛隊が強く結びついた時、昔の日本で起きたような楽しいプロパガンダが再び生まれる土台ができていることは確かなのです。
未来のプロパガンダにだまされないために。
ここまで、様々な時代の、そして様々な国のプロパガンダについて見てきました。
一番大切なことは、本当に恐ろしい大衆のコントロールは、私たちが大好きな娯楽の姿をしてやってくるという事実を知ることです。
映画、アニメ、ゲーム、アイドル、テーマパーク。
そういった楽しいものを無邪気に消費しているうちに、いつの間にか誰かの都合のいい考え方に誘導されてしまうかもしれないのです。
では、私たちはどうすればいいのでしょうか。
アニメやゲームは危険だから一切見てはいけない、遊んではいけないということでしょうか?
もちろん違います。
大切なのは、楽しむことと同時に、自分の頭で考える力を持つことです。
例えば、感動的な戦争の映画を見た時に、この映画は誰がどういう目的で作ったのだろうか、この物語の裏にはどんなメッセージが隠されているのだろうかと、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
アニメと自衛隊がコラボしているのを見た時に、これは単なる娯楽だけど、これによってどんな影響があるのかなと想像してみることです。
これを思考実験と呼びます。
現代はインターネットやスマートフォンが普及し、誰もが簡単に情報を手に入れられる時代です。
だからこそ、オウム真理教やイスラム国のような団体も、形を変えて巧妙な手段で近づいてきます。
また、国や政治家が人気のアニメを使って自分たちの考えを宣伝することもあるでしょう。
プロパガンダというものは、この世界から完全に消え去ることはありません。
時代が変われば、必ずその時代の最新のエンターテインメントと結びついて現れます。
みなさんが大人になる頃には、今よりももっと新しくて、もっと楽しいプロパガンダが生まれているはずです。
それにだまされず、本当のことを見抜くためには、過去の歴史を知り、もし今のこの楽しいゲームが、戦争の宣伝に使われたらどうなるだろうと想像する力が最大の武器になります。
娯楽を純粋に楽しみつつも、心のどこかに常に警戒心を持っておくこと。
それが、情報があふれる現代社会を賢く、そして安全に生きていくための第一歩なのです。
過去の歴史をしっかり学び、思考実験を繰り返すことで、未来の楽しいプロパガンダから自分自身を守ることができるようになります。
★付録その1★音声考察★
★付録その2★大人向け論文★

娯楽を通じて人々を動かす「楽しいプロパガンダ」の構造
要旨
本稿では、与えられたテキストの内容をもとに、「楽しいプロパガンダ」とは何かを整理し、その歴史的な広がりと現代へのつながりを論じます。プロパガンダは、政治的な目的を持ち、人々の考え方や行動を一定の方向へ導こうとする宣伝活動です。
一般には、命令や脅し、退屈なスローガンのようなものとして想像されがちです。しかし本書が重視しているのは、むしろ映画、音楽、演劇、漫画、アニメ、観光、ゲームなど、人々が楽しんで受け取る形のプロパガンダです。楽しさの中に政治的な意図が入ると、人々は警戒しにくくなります。
そのため、楽しいプロパガンダは、強制よりも深く日常に入り込む危険を持っています。本稿では、戦前日本、欧米、東アジア、宗教組織、現代日本の事例をたどりながら、この仕組みを明らかにします。
序論
プロパガンダという言葉には、今日ではかなり悪い印象があります。多くの人は、独裁国家が国民をだますために使う宣伝や、戦争を正当化するための情報操作を思い浮かべるかもしれません。たしかに、ナチ・ドイツや北朝鮮、過激組織による映像宣伝などは、典型的なプロパガンダとして知られています。しかし、プロパガンダは必ずしも暗く、重く、露骨なものばかりではありません。むしろ本書が示しているように、多くのプロパガンダは、人々に楽しんでもらうことを目指して作られてきました。
人は、命令されると反発します。つまらない説教を聞かされれば、心を閉ざします。しかし、面白い映画を見たり、楽しい歌を口ずさんだり、魅力的なキャラクターに親しんだりしている時には、警戒心が弱くなります。その中に政治的なメッセージが少しずつ混ぜられていると、人々は気づかないまま影響を受けてしまう可能性があります。これが「楽しいプロパガンダ」の基本的な仕組みです。
本稿の目的は、第一に、楽しいプロパガンダが特定の国や時代だけのものではなく、世界各地で使われてきたことを整理することです。第二に、現代日本でも、娯楽と政治、芸術、軍事、広報が結びつくことで、同じような仕組みが生まれる可能性を考えることです。
1 戦前日本における楽しい宣伝
戦前日本では、プロパガンダは「思想戦」として重視されました。第一次世界大戦を見た日本の軍部は、戦争は前線の兵士だけでなく、国民全体の協力によって続けられるものだと理解しました。工場で働く人、鉄道を動かす人、家庭で生活を支える人など、国民の気持ちが戦争から離れれば、国は戦い続けることができません。そのため、国民の気持ちを支え、敵国や中立国の人々にも影響を与える宣伝が重要になったのです。
陸軍の清水盛明は、宣伝は強制ではいけないと考えました。人々が楽しんでいるうちに、自然に考え方を変えていくような方法こそ効果的だと見ていたのです。清水は、講演会や新聞だけでなく、演劇、映画、音楽、漫画、紙芝居、ポスター、ラジオ、切手、タバコのラベル、看板、観光、展覧会など、日常にあるあらゆるものが宣伝に使えると考えました。これは、現代の広告戦略にも似ています。つまり、戦前の軍人たちは、ただ国民に命令していたのではなく、人々が自然に受け入れやすい形をかなり細かく研究していたのです。
海軍でも同じような発想がありました。松島慶三は、宝塚少女歌劇に注目し、軍や海軍を題材にしたレビューを作ることに関わりました。宝塚のような人気の舞台に、軍事的な内容を混ぜることで、観客は楽しみながら海軍への親しみを持つようになります。ここで大切なのは、最初から最後まで説教のように軍の説明をするのではなく、笑いや音楽、華やかな舞台を中心にしながら、ところどころにメッセージを入れる点です。これにより、宣伝は押しつけではなく娯楽として消費されます。
さらに、お笑いや歌も利用されました。漫才、落語、流行歌、琵琶、浪花節、ジャズ風の音楽など、当時の人気ジャンルに戦争や国策が取り込まれました。たとえば、普通の恋愛や家庭の笑いを歌うような曲の一部に、日中戦争に関する内容が入れられることがありました。全部が戦争の歌なら重くなりますが、楽しい歌の一部なら受け入れられやすいのです。軍歌でさえ、人気歌手が歌ったり、ジャズ風や浪花節風に編曲されたりすることで、単なる命令調の歌ではなく、当時のポップスのように消費されました。
また、懸賞募集も重要でした。国策に関する歌詞や標語、ポスターを国民から募集し、当選者に賞金を与える仕組みです。これは、人々の競争心や賞金への期待を利用しながら、国策について考えさせる方法でした。完成した標語そのもの以上に、応募する人々がそのテーマについて考えることが、宣伝の効果を生んだのです。観光もまた、戦跡や植民地の施設を見せることで、国策の正しさを体験させる手段として使われました。
ここから分かるのは、戦前日本のプロパガンダは、軍や政府が一方的に作って押しつけたものではなかったということです。民間企業、新聞社、レコード会社、映画会社、劇団、芸人、作家などが関わり、利益を求めながら協力しました。政府や軍は、許可、後援、検閲、圧力を通じて民間を導き、民間側も売れる商品を作るために国策へ近づきました。楽しいプロパガンダは、官と民の共同作業から生まれたのです。
2 欧米における映画・音楽・アニメの利用
欧米でも、楽しいプロパガンダは早くから重視されました。ソビエト連邦は、革命によって生まれた国家であり、自分たちの正しさを内外に示す必要がありました。そのため、建国の初期から映画を重要な宣伝手段としました。レーニンやトロツキーは、映画が人々に強い印象を与える力を持つと考えました。文字を読むことが難しい人にも、映像なら分かりやすく伝えることができます。そこでソ連は映画産業を国有化し、国立映画学校を作り、映画を国家の教育と宣伝に利用しました。
代表的な作品として、エイゼンシュテインの映画が挙げられます。革命を題材にした映画は、単なる記録ではなく、映像のつなぎ方や群衆の描き方によって、観客の感情を動かすように作られました。また、アニメも利用されました。子どもや大衆に向けて、敵を滑稽に描いたり、祖国を守る兵士を勇ましく描いたりすることで、政治的なメッセージを分かりやすく伝えました。
ナチ・ドイツでは、ゲッベルスが宣伝の中心人物となりました。ナチスのプロパガンダは、演説や新聞だけでなく、ラジオ、映画、大規模集会、音楽、儀式を総合的に利用しました。レニ・リーフェンシュタールの映像作品のように、政治集会を美しく、壮大に見せることで、観客に強い感動を与えました。ここでも、ただ政策を説明するのではなく、光、音、群衆、カメラの動きによって、政治を一つの劇場のように演出した点が重要です。
イギリスやアメリカでも、戦争中にプロパガンダは活発に行われました。特にアメリカでは、ディズニーやワーナー・ブラザーズのような有名な娯楽企業が協力しました。ドナルドダックなどの人気キャラクターを使った作品は、子どもにも大人にも分かりやすく、敵国への反感や戦争協力の意識を広めました。人気キャラクターは、見る人に親しみを与えます。そのため、政治的な内容も抵抗なく受け取られやすくなります。
また、ラジオ放送も国境を越える宣伝手段として使われました。戦争中の放送は、敵国の兵士や国民に向けて情報や音楽、物語を流し、相手の気持ちを揺さぶることを目指しました。ここでも、単に政治的な主張を叫ぶのではなく、音楽や会話、物語を交えることで聞き続けてもらう工夫がありました。第二次世界大戦は、軍事力だけでなく、娯楽を使った心理戦でもあったのです。
3 東アジアにおける国家と娯楽
東アジアでは、北朝鮮の事例が非常に分かりやすいものです。北朝鮮は、指導者をたたえる音楽、映画、舞台、アナウンス、パレードなどを通じて、国家のイメージを作り上げてきました。その中心にいたのが金正日です。金正日は若いころから宣伝部門に関わり、映画や音楽に強い関心を持っていました。彼は映画をただの娯楽ではなく、指導者への忠誠心を高める重要な道具として考えました。
北朝鮮では、金日成の抗日闘争を題材にした映画や、指導者を美化する作品が多く作られました。また、怪獣映画やアニメのように、一見すると政治色が薄い作品も作られました。しかし、子ども向けの作品にも、指導者の偉大さや国家への忠誠が入り込んでいました。さらに、音楽や女性グループによる演奏、観光の利用、インターネット上の発信なども行われました。北朝鮮のプロパガンダは古くさいだけでなく、時代に合わせて形を変えようとしているのです。
韓国では、Kポップ風の軍歌や芸能文化を利用した国防広報が見られます。韓国には兵役があり、軍への関心は社会全体に深く関わっています。その中で、国防部が若者に届きやすい音楽や映像を使うのは自然な流れです。ここでも、軍や国家を身近に感じさせるために、現代的な音楽やアイドル的な表現が使われます。
中国では、抗日戦争を題材にした映画、ドラマ、テーマパーク、ゲームなどが取り上げられます。抗日ドラマでは、日本軍が分かりやすい悪役として描かれ、中国側の勇敢さが強調されます。また、抗日テーマパークでは、来場者が兵士の衣装を着たり、モデルガンを使った体験をしたりすることで、歴史を娯楽として体験します。さらに、人民解放軍が関わるゲームのように、プレイヤー自身が戦場にいるような感覚を味わうものもあります。これは、愛国教育が映像や遊びの形へ広がっていることを示しています。
台湾でも、日本のアニメが国防的な内容に作り替えられた事例がありました。マジンガーZや宇宙戦艦ヤマトのような日本の作品が輸入される際、主題歌の内容が変えられ、勇敢さや国防意識を高める歌として使われたのです。子どもたちはロボットアニメを楽しみながら、知らないうちに政治的な意味を受け取ることになります。このように東アジアでも、映画、音楽、ドラマ、アニメ、ゲーム、観光が、国家の考えを伝える手段として使われてきました。
4 宗教組織とハイテクな宣伝
プロパガンダという言葉は、もともと宗教の布教に由来します。宗教は、人々に教えを広めるために、古くから言葉、絵、儀式、音楽、建築、物語を使ってきました。本書では、その中でもオウム真理教とイスラム国が取り上げられています。この二つは、宗教を掲げながら、国家のような組織を目指し、さらに最新のメディアを使って人々を集めた点で特徴的です。
オウム真理教は、1980年代から1990年代にかけて、雑誌、写真、書籍、音楽、アニメ、選挙活動などを使って宣伝を行いました。麻原彰晃は、オカルト雑誌や週刊誌に登場し、空中浮遊の写真などを利用して、自分に特別な力があるように見せました。また、選挙では独自の歌や踊り、着ぐるみのようなパフォーマンスを使い、マスコミに面白おかしく取り上げられました。これは、宗教活動というより、目立つことを計算した宣伝戦略でした。
オウムは音楽にも力を入れました。修行は苦しいものではなく、楽しくできるものだと見せるために、耳に残る歌を作りました。さらに、アニメも制作しました。朝原を理想化し、超能力や救済のイメージを分かりやすく伝える映像は、若者や子どもにも届きやすいものでした。こうした活動を見ると、オウムは宗教団体であると同時に、メディアを使ったプロパガンダ組織でもあったと言えます。
イスラム国もまた、動画、写真、オンライン雑誌、SNSを使った宣伝で知られています。残虐な映像だけでなく、戦闘員の生活、国家らしい行政、宗教的な歌、外国人戦闘員の姿などを見せることで、世界中の一部の人々に強い印象を与えました。特に西洋出身の戦闘員を前面に出すことで、欧米社会に衝撃を与え、自分たちの存在を大きく見せようとしました。
これらの事例が示しているのは、危険な組織ほど、ただ恐怖を与えるだけでなく、人々を引きつける表現を研究しているということです。音楽、映像、SNS、インターネットは、使い方によっては信者や支持者を集める強力な道具になります。今後、同じような組織が現れた場合、さらに新しい技術を使って、より巧妙な楽しいプロパガンダを行う可能性があります。
5 現代日本における可能性
最後に、本書は現代日本の問題を考えます。現代日本では、戦前のような露骨な国家宣伝は存在しないように見えます。しかし、だからといって楽しいプロパガンダの可能性がないわけではありません。むしろ、政治、芸術、娯楽、広報、企業活動が結びつくところに、注意すべき問題があります。
近年、「右寄りのエンタメ」や「萌えミリ」という言葉が話題になりました。戦争や軍事、自衛隊を題材にした小説、映画、アニメ、ゲームが人気を集める中で、それらが社会の考え方にどのような影響を与えるのかが問われています。もちろん、軍事を扱う作品がすべて危険だということではありません。歴史や兵器を題材にした作品を楽しむこと自体は、表現の自由の範囲にあります。また、自衛隊が広報活動を行うことも、組織を維持するためには自然な面があります。民間企業が人気の題材を使って商品を作ることも、経済活動として当然です。
しかし、問題は、それらが政治的な目的と強く結びつく場合です。たとえば「政策芸術」という言葉には、政策を人々の心に届けるために芸術を使いたいという意図が見えます。政治家が芸術や娯楽を利用して、国民に政策を自然に受け入れさせようとするなら、それは楽しいプロパガンダに近づきます。自衛隊の広報、民間アニメ、地域イベント、政治家の発信が組み合わさると、一見ただの娯楽に見えるものが、現実の軍事や政策とつながることがあります。
たとえば、ミリタリー要素を持つ人気アニメと自衛隊の協力、地域振興イベント、政治家のメッセージが重なると、作品の世界と現実の国家広報が近づきます。それ自体がすぐ悪いとは言えません。しかし、見る側がそのつながりを意識しないまま楽しんでいると、政治的な意味を無意識に受け取ってしまう可能性があります。だからこそ、作品を禁止するのではなく、どのような関係者が、どのような目的で、どのような形で関わっているのかを冷静に見る必要があります。
結論
本書の中心的な主張は、楽しいプロパガンダは世界中で使われてきたということです。戦前日本では、軍や政府が映画、音楽、演劇、お笑い、観光、懸賞を利用しました。欧米では、ソ連が映画を、ナチ・ドイツがラジオや映像美を、アメリカがアニメや人気キャラクターを利用しました。
東アジアでは、北朝鮮、中国、韓国、台湾が、それぞれの政治状況に合わせて映画、音楽、ドラマ、ゲーム、アニメを使いました。宗教組織では、オウム真理教やイスラム国が、音楽、映像、雑誌、SNSを使って人々を引きつけました。そして現代日本でも、政治と娯楽が結びつくことで、同じような仕組みが生まれる可能性があります。
プロパガンダは、人々を完全に操る魔法ではありません。社会に不満がある時、戦争への不安がある時、若者が居場所を求めている時、国家や組織が魅力的な物語を用意した時、初めて強い効果を持ちます。つまり、プロパガンダは社会の状態と結びついて働きます。その中でも、楽しいプロパガンダは、日常の娯楽に入り込むため、特に気づきにくいものです。
大切なのは、何でもかんでもプロパガンダだと決めつけることではありません。それでは、逆に陰謀論やカルト的な考え方に近づいてしまいます。必要なのは、歴史を学び、似た構造を見つける力を持つことです。映画、音楽、アニメ、ゲーム、観光、SNSなどを楽しみながらも、その背後にどのような意図や関係があるのかを考えることです。
楽しいプロパガンダを見抜くための最大の武器は、過去の事例を知り、現在に当てはめて考える思考力です。娯楽を楽しむ自由を守るためにも、政治や権力が娯楽をどう使おうとしてきたのかを学ぶことが必要です。楽しいものほど疑え、ということではありません。楽しいものだからこそ、少し立ち止まって考える姿勢が大切なのです。

