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「男は何もしない」と言われる前に-育休と妊活を書く、私の立ち位置-

1.はじめに

我が家での妊活や子育ては、基本的に夫婦だけで相談しておこなっています。ですが、生活中、例えば職場で「急な休みをもらうかもしれません」と相談した時や、友人とお酒を飲んでいる時などに、なんとなく話を出すと、

うちもやってる(やってた)よ
と言われることが、思っている以上にあります。

実際、体外受精などの生殖補助医療(ART)で生まれた子どもは、2023年に約8万5千人というデータもあります。これは年間出生者数のおよそ9人に1人にあたるようで、少数ではあっても珍しくはありません。

表に出して話されることは少なくても、実は多くの人が、同じような悩みや迷いを抱えているのだと感じます。

一方で、男が育休や妊活について語ることに対して、賛否があるのも事実です。
「男が育休を取っても、結局なにもしない」
「仕事に行ってもらっていたほうが助かる」

そんな女性の声も、決して少数ではありません。

また男性側からは、
「育休を取った男がちゃんと育児をしないと、自分まで一括りにして悪く言われる」
という、息苦しさのようなものも聞こえてきます。

私は、誰かの代弁者でも、正解を提示する立場でもありません。
ただ、当事者として妊活に向き合い、育休を経験し、その過程で見えてきた“立ち位置”については、書いておきたいと思いました。

この文章は、
「男はどうあるべきか」を決めるためのものではありません。
育休や妊活をめぐるさまざまな声の中で、
自分はどこに立って、何を語れるのか
その整理の記録です。

2.男が育休・妊活を書くときの違和感

男性が育休や妊活について語ろうとすると、最初に立ちはだかるのは「語る資格があるのか」という違和感です。
制度上は当事者であっても、妊娠や出産という身体的な経験をしていない以上、どこかで「本当の意味では分かっていない側」と見られている感覚がつきまといます。

実際に、女性側からは
「男が育休を取っても、結局なにもしない」
「それなら仕事に行ってもらっていたほうがいい」

という声を耳にすることがあります。
こうした意見は、決して感情論だけではなく、実体験から出てきたものだと感じます。

一方で、男性側からも別の種類のプレッシャーが語られます。
「育休を取った男がちゃんと育児をしないと、自分まで一括りにされて悪く言われる」
「中途半端な覚悟で育休を取るくらいなら、最初から取らないほうがいいと思われる」

そんな声です。

つまり、男性が育休を取るという選択は、
「取らないこと」だけでなく、「取り方」や「姿勢」まで含めて評価されやすい状況にあります。
これは、制度として育休が広がる一方で、現場の感情や期待値がまだ追いついていないことの表れでもあります。

妊活についても同様です。
男性が妊活を語ると、「どこまで当事者なのか」「本当に理解しているのか」という視線が向けられます
だからこそ、多くの男性は詳しく語ることを避け、「妻が大変だった」「支える側だった」という無難な表現に留まりがちです。

しかし、その結果として、男性が何を考え、どこで戸惑い、どんな葛藤を抱えたのかが、語られないまま残ってきました。
語られないものは、存在しなかったことになってしまいます。

私は、この「違和感があるから語られない」「語られないから理解が進まない」という循環そのものが、
育休や妊活をめぐる分断を深めているのではないかと感じています。
完璧な理解者ではなくても、不器用で迷いながらの当事者として言葉を残すことには、意味があるはずです。

男性が育休や妊活を書くことは、正解を示す行為ではありません。
むしろ、「分からなさ」や「立ち位置の曖昧さ」を含んだまま語ることこそが、 現実に近い姿なのだと思っています。


3.男性が育休・妊活に関わるときの、見えにくい葛藤

男が育休や妊活について語るとき、そこには独特のやりにくさがあります。
声を上げれば「当事者ぶるな」と言われ、黙っていれば「何も考えていない」と見なされる。
そのどちらにも振れやすい、曖昧な立ち位置に置かれがちです。

育休を取ること自体は、制度としては整ってきました。
しかし現実には、「取る以上はちゃんと育児をしろ」という無言の期待が、強くのしかかります。
それ自体は当然のことでもありますが、同時に
「少しでも手を抜いたように見えたら、育休を取った男全体の評価を下げてしまうのではないか」
という、必要以上のプレッシャーを感じる人も少なくありません。

また、妊活においても似た構造があります。
体の負担を直接受けるのは女性である以上、男性が前に出すぎることをためらう場面は多くあります。
一方で、何もしなければ「無関心」と受け取られてしまう。
この間で揺れ動く感覚は、実際に経験してみないと、なかなか言葉にしづらいものです。

こうした葛藤は、表立って語られることがほとんどありません。
愚痴として話すと、甘えや自己正当化に聞こえてしまうからです。
その結果、多くの男性は考えること自体をやめ、
「言われたことをやる」「波風を立てない」

という姿勢に落ち着いてしまいます。

しかしそれは、主体的に関わっていないことと、同義ではないはずです。
悩みながら、迷いながら、それでも関わろうとしている。
その過程そのものが、見えにくく、評価もされにくいだけなのだと思います。

4.女性側にも分かれる意見があるという現実

育休や妊活の話題では、どうしても「男性側がどうするか」に注目が集まりがちです。
しかし実際には、女性の側にも、さまざまな立場や考え方があります。

たとえば育休ひとつをとっても、
「もっと長く育休を取りたい」「できるなら保育園には当たりたくない」
という声がある一方で、
「収入が減るのは厳しい」「保育園に入れないと生活が成り立たない」
という切実な意見もあります。

どちらが正しい、という話ではありません。
家庭の収入状況、働き方、周囲のサポート体制、本人の価値観によって、答えは変わります。
同じ女性であっても、置かれている条件が違えば、選択はまったく別のものになるのが現実です。

妊活についても同様です。
「情報はたくさん共有したい」「パートナーにも積極的に関わってほしい」と思う人もいれば、
「体のことは自分の問題として静かに向き合いたい」と感じる人もいます。
これもまた、個人の性格や経験による違いが大きい部分です。

こうした多様な意見が存在する中で、
「女性はこう考えているはずだ」
「男性はこう振る舞うべきだ」
といった単純な図式で語ること自体に、無理が生じている
ように感じます。

特に男性が育休や妊活について発信すると、
どの女性の声を前提にしているのかが、どうしても問われてしまいます。
ある人にとっては共感できる内容でも、別の人にとっては違和感のある話になる。
その前提を無視すると、議論はすぐに感情的な衝突に変わってしまいます。

だからこそ、このテーマでは
「女性の意見は一つではない」
という事実を、まず置いておく必要があるのだと思います。

5.男が育休・妊活を書くときの立ち位置

ここまで書いてきたように、育休や妊活をめぐる考え方は、男女それぞれの中でも大きく分かれています。
その中で「男である自分が、このテーマについて書く意味は何なのか」と、何度も考えました。

正直に言えば、男が育休や妊活について語ると、どうしても警戒されます。
「当事者ではないのに語るな」
「分かったようなことを言うな」
そう思われても仕方がない部分はあります。

こうした意見を見聞きするたびに思うのは、
男が育休や妊活について語るとき、「正解の立ち位置」は用意されていないということです。

強く主張すれば「出しゃばるな」と言われ、
控えめに書けば「覚悟が足りない」と言われる。

どこに立っても、必ず誰かの違和感には触れてしまいます。

だから私は、
「男として代表的な意見を言う」
「男性側の総意を示す」
といった立場を取ることはやめました。

あくまで、
一人の当事者として、経験したこと・感じたことを言語化する
それ以上でも以下でもない場所に立とうと思っています。

育休も妊活も、「男だから」「女だから」で一括りにできる話ではありません
家庭ごとに事情は違い、夫婦ごとに選択肢も違います。
その中で、男性が語れるのは、自分が通ってきた道の話だけです。

この立ち位置は、安全でも、好かれやすくもありません。
それでも、現実に迷い、揺れながら関わっている男の視点を残すこと自体には、意味があると信じています。

6.それでも男が育休・妊活を書く理由

ここまで読んでもらって分かる通り、育休や妊活の話題に「男の立場」で踏み込むことは、決して楽ではありません。
正解がなく、地雷も多く、下手をすれば誰かを傷つけてしまうテーマです。

それでも、書くのをやめようとは思いませんでした。

理由は単純で、
実際に悩み、迷い、うまくできなかった時間が、確かに存在しているからです。

育休も妊活も、制度の話だけを見れば「整ってきている」と言われます。
けれど、その制度の中でどう動くか、家庭の中でどう振る舞うかは、誰も細かく教えてくれません。

・どこまで仕事を調整すればいいのか
・どこからが「逃げ」で、どこまでが「現実的な判断」なのか
・支える側と支えられる側は、どうやって入れ替わるのか

こうした部分は、制度説明にも、行政のパンフレットにも載っていません。

多くの場合、男は
「取れるなら育休を取れ」
「理解ある夫になれ」

という理想像だけを突きつけられます。

でも、その理想像と現実の間で、どう転び、どこで失敗し、何を後悔したのか。
そこを語る場所は、意外なほど少ないと感じました。

私が書いているのは、
成功例でも、ロールモデルでもありません。
むしろ、「こうすればうまくいく」という話からは、意図的に距離を取っています。

それでも書くのは、
同じように戸惑っている誰かが、「自分だけじゃない」と思える材料を残したいからです。

育休や妊活は、正しく振る舞えた人だけの物語ではありません。
不器用だった人、迷い続けた人、途中で諦めた人も含めて、現実です。

男がこのテーマを書く意味があるとすれば、
それは「理想の夫・父」を演じることではなく、
理想になれなかった過程を、言葉にすることだと思っています。

これからも、
誰かを説得するためではなく、
誰かを代表するためでもなく、
ただ、通ってきた現実を残すために書いていきます。

その文章が、賛同されなくても、評価されなくても、
どこかで「分かる」と感じる人が一人でもいれば、それで十分です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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