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「ウタ・カタ Vol.1 浮く」全作感想

だいぶ今さら感がありますが、新刊販売開始を前に、少しでも新刊に興味を持ってくれる人がいたらなーということで。
(にしても、連休中にはアップしておきたかったところ……)

4000字を超える分量になってしまったので、先に宣伝をば。
2025年5月11日(日)「文学フリマ東京40」では、こちらに続く新刊「ウタ・カタ vol.2 咲く」が販売されます。
今回紹介する「Vol.1」も在庫僅少とのこと。足を運ばれる方、よろしければぜひお求めくださいませ。


石原三日月「環染」

冒頭から掴まれます

謎めくメッセージを残し連絡がとれなくなった後輩。彼がいたはずの場所に向かうが、そこには――

インパクトあるメッセージに始まり、状況や聞き慣れない言葉が出てくるほどに募る不穏さ。
どう考えても何か起きるだろ……とドキドキしながら読み進めていくと、出ました、形容しがたいタイプの怪異。
あまなつはこういうのを説得力持たせて書くの苦手なので、怖っ!と同時に凄っ!って環状が、じゃなかった感情が湧いてきます。

主人公が異変に飲まれたシーンを映像で思い浮かべると、かなりシュールだし、何ならちょっと面白いくらいの絵面なんですけど、積み重ねた描写と演出でしっかり怖くて。
例えば、有名なホラー映画でも、そういう場面ってありますよね。映像化されたらどんな演出になるのか観てみたい、と思わせる作品でした。

一本目にふさわしい、読者を世界に引き込む作品でした。

右左上左右右「浮き玉」

逃げる先をもし間違えたら――

生前、兄が言っていた「浮き玉」とは一体何なのか。真相を確かめるため、兄が亡くなった海へ行く――

兄を慕うまだ幼い弟の視点で語られる本作。兄の死は自分のせいかもと芽生えた感情ゆえに、ホラーの文脈なら絶対に何か起きるその海へと向かう主人公。そしてやはり待ち構えていたかのように怪異に遭遇した海の場面では、文字どおり「息が詰まる」ような展開に。読みながらこちらも息苦しくなります。
その顛末では、怪異のゾッとするような「習性」が明らかに――

最後まで「浮き玉」とは何なのかよくわからないままなのが怖さを醸し出す一方で、兄を慕う「僕」(そして「僕」を想う兄も)のお話はしっとりまとまっていて、単なる怪談以上の叙情性をたっぷり摂取できました。素敵。

柿ノ木コジロー「何か近頃浮いた話」

軽い気持ちで読み進めていくと、徐々に――

明らかに異常な状況の中で、それでも人々は日常を続ける――続けようとする。こういうシチュエーション、好きです。
最近現実でもあったパンデミックを思わせる、風刺というか諧謔っぽさもあって。主人公など限られた一部の人間だけが「異常」に染まらないのが逆に「異常」に映るようになっていくのも(それをはっきりとは言わずに文章から匂わせているのも好き)現実のイヤーな感じを巧みに引き出してくるなあと。

でも、同じような日常を続けるには、段々と「異常」の程度が大きくなっていきすぎる。目に見える「異常」の肥大に伴い、人々の精神もまた「異常」に染まっていくのが、特に終盤の文章から「浮き上がって」きて、これがなんとも怖かったです。

この社会、近い未来に崩壊するんだろうなと感じさせる、世紀末系SFみたいな読後感でした。面白かった。

田原にか「花人」

グロさと哀しさって両立するんですね

ルビは振られてないけど、「かじん」でも「はなんちゅ」でもなく「はなびと」ですね。
花火にまつわる不思議な力を持った人間が「花人」――と聞くと、田原氏お得意のコミカルな不可思議ショートショートを想起する方も多そう。たぶん同じ題でそういうお話を書くこともできるはず(同じ設定、だとさすがに厳しいでしょうけど)

でも本作は、不可思議な存在をするっと読者に飲み込ませる持ち味はそのままに、コミカルさは息を潜め、淡々と、どこか陰鬱に語られるシリアスな展開。
そのせいで、超常的な設定は、不気味さやグロテスクさを強く帯びています。

エグいし怖い、でも読み終えると、お祭りの花火がすべて打ち上がり終わってしまったかのような寂寥感も感じさせる――そんな作品でした。こういうのも巧いのね!

椿あやか「青い絆」

確かに太宰治なら言いそう&やりそう

自分が太宰治の生まれ変わりだと信じてやまない主人公……設定が強い。でも実力が伴っていなくて、言動のひとつひとつがいちいち情けなくていたたまれなくて、でも確かに解像度は高くて。

ただ、滑稽だなと苦笑して読みつつ、少しでも「何だかちょっと哀れだな……」と思うと、するするとこの傍目には滑稽な主人公に足を繋ぎ結びつけられることになります。

人って多かれ少なかれ、上手くいかない出来事を正面から受け止められないで、あれのせいこれのせいにしたり、原因を自分以外のものに求めたり、他人より自分の都合を優先したり――しかも、それを正しいと信じようとしたり、そもそも頭からそれでいいものと疑っていなかったりするもので。

太宰治のようでありたいというわかりやすい「イタさ」の裏に、なかなか創作の芽が出ないという「痛さ」がある構図、特に物書きにはなかなか刺さるものがあるというか――滑稽だと突き放せない「怖さ」があると思いました。

gojo「スクリームスクリーン」

血の通った現代の怪談

少しでも安く済ませようと購入した中古のスマホ。しかし、その画面には、汚れとは思えないような人の恐ろしげな顔が浮かび上がってくる……
「来歴不明の物品を所持したところ、恐ろしい秘密があって……」というのは怪談話のひとつの定型ですが、それを例えば現代に似つかわしくない年代物とかではなく、スマホという最新鋭のアイテムに落とし込んでらっしゃる。
五条紀夫名義で世に出されている作品の傾向からも、本領のパターンなのでしょう。

怪異の概要は序盤から何となーく想像がつきますが、そこに至るまでの過程や描写がひとつひとつ巧みで、例えばふたつの視点の文体や表現を明確に差別化していたり、スマホという媒体を描きたい怪異と巧く結びつけていたり(音声ガイド、アプリ、そして「同期」……)。テクニックを見習いたい。

特に感じたのは、主人公回りの閉塞した感じが、コミカルに語られつつ身につまされる部分も多くリアルで。それがあるからこそ、最終的に主人公が取ってしまう選択が「予想通りのオチだな」ではなく「こりゃ確かにそうしてしまうかも……怖……」という、すぐ身近な日常に紛れ込んでいるかもしれない恐怖に繋がってきます。
テクニックを見習いたい(二回目)

あ、あと途中の名前の羅列にある遊び心、こういうの好きです。

秋田柴子「守り」

そう、ちゃんと「いい子」にしていたのに――

家で一人で留守番をする少女。その少女が読んでいた本に、奇妙な現象が起きて――

ヤバいよヤバいよ、そんなに入れ込んだらどうなっちゃうか、ちょっと待って――とハラハラしながら読み進めていったら、むしろ本当にヤバい要素は別にありました、という……やられました。

読後の味わいは、田原さんの「花人」と似た、やりきれない系のホラー。
でも、その作り方はまったく異なっていて、こちらは徹頭徹尾「現実」のイヤーな感じを子どもの視点から描き出していて。それが徐々に明かされていきラストまで来ると、むしろ怪奇現象が起きてくれてよかったのか……いやでも……という、何ともいえない気持ちになりました。
うーん、さすがです。

むう「ケサちゃん」

「幸せを呼ぶ」「内緒だよ」にはご用心

「私」と息子、そしてお友達とそのママ。ふたつの家庭が、お友達が「ケサちゃん」を見つけてから、悲劇に襲われる――

ゆず(長女)が「この作品が一番怖かった」と言ってましたが、amanatzもそれ、わかる気がします。
というのは、単純に描写とかストーリーテリングの優劣とかじゃなくて、この作品だけとにかく「否応なく悲劇に巻き込まれた」感が強いのが大きいのが要因なのかなと。

他の作品には、分岐点があるんです。ここでこうしなかったら、ここに行かなかったら――もちろんどの作品も流石で、ちゃんと作中でその選択をしてしまう動機付けがしっかり描かれているのですが――読み手としては、正しいというか、怪異を避けられた道筋が見えている。
でもこの作品は、それができない。というか、危険を感じてきっちり避ける道を選んだはずなのに、回りまわって、実にキツいラストを迎えてしまう。
子どもゆえの無邪気さ、親ゆえの子を想う愛、それらがことごとく裏目に出るというのも、キツさに拍車をかけています。いやー怖い。

amanatz「浮かばれない」

伝承に囚われた

落ちたら最後と地元の村では有名な淵に、以前から確執があったクラスメートの男子三人が落ちた。二人の遺体は下流で発見されたが、一人だけ、一向に、浮かんでこない――

作者として執筆した想いなどはこちらに投稿済みなので、一冊の一作品としての感想を。

様々な怖さのある10作のうちのひとつとして読むと、明らかにひとつだけサスペンスに寄った内容だったなーと。

田舎の村で起きた事件、その中の、一見して理由のつかない「謎」――何か仕掛けはしているだろ、という訓練されたamanatz読者対策にミスリード要素も含ませたりもしたので、作者である自分以外の読者はよりそう感じたかもしれません。
まあ、「一人だけ浮いている」ってほどではないことを願って、一冊のアンソロジーの豊かな読み味に貢献できていると信じたいところです。

なお、次の「Vol.2 咲く」のほうでは、サスペンスとはまたちょっと違った方面に外れているかもしれません……

霜月透子「水圏戯」

レトロな世界観と溶け合う怪異

七年前に行方不明になっていた姉が帰ってきた。しかし、姿は七年前と全く変わっていない。それに、あの日確かに姉は目の前で消えたはずなのに。
自分よりも幼い外見で戻ってきた姉、そして、怪しげな謳い文句で街にやってきていた「さぼん売り」の正体は――

恐ろしくも理不尽な不可思議が、過去と現在の姉妹の前に立ちはだかるのですが、怖さに並ぶほどある種の美しさを読み手に感じさせるのは、巧みで雰囲気のある文章が為せる業。「女学生」という言葉が出てくるように古い時代の日本を思わせる舞台設定ですが、言葉遣いや地の文の表現もそれに合わせたものになっていて、おどろおどろしい雰囲気なのに、実に読んでいて心地よいです。

「さぼん玉=シャボン玉」というモチーフの選び方もさることながら、お淑やかな姉とやや感情的な妹、その外見の年齢が逆転するところも、仄かな耽美性が感じられます。
同じ題材で同じ話を書こうとしても、なかなかこう巧くは書けないよなと。うちのゆず(長女)も「一番好きな文章」と言っていましたが、なかなかセンスがある(親バカ)。


ということで、10作それぞれに異なる怖さの「浮く」を楽しめる一冊でした。
参加者の一人としておこがましいかもですが、真面目に数年くらい経ったらプレミアが付くのではないか、という気がしています。今後も読み返したい、それだけのクオリティがある一冊だなと。



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