霧の国に投げ出されて——ロンドン初日、追い出されるまで イギリス旅No.3
機内を降り、人の流れに従って入国審査の列へ向かう。
英国の入国は、ビザ不要(米国・英連邦・日本・韓国)と、ビザ必要の二列に分かれていた。ビザ不要側は驚くほど空いており、10分もかからなさそうだ。一方、ビザ必要側は見事なZ字型の長蛇の列。
時計の針が7時を過ぎ、8時になるのをただ眺め続ける。
結局、1時間近く並んだ末、ようやく審査官の前に立った。
パスポートを渡し、目的、滞在日数、宿泊先といった定番の質問に答える。
「観光」「x日まで」「ユースホステル」。
想定外だったのは、最後に聞かれた一言だった。
「あなたは、どこで英語を学びましたか?」
一瞬、意味が分からず、「日本……と、中国?」と答える。
この質問の意図はいまだによく分からない。私の英語が聞き取れなかったのだろうか。TOEICは800点台なのだが——あとはもう、TOEFLかIELTSを受けるだけだけど。
無事に入国を終え、無人の軌道シャトルに乗って出口へ向かう途中、はじめて「イギリスの空」を目にした。
……これは、想像以上だった。
車両の外では、高さ十数メートル以上の建物が、すでに濃霧に飲み込まれ、輪郭すら見えない。体感としては、3メートル先で人の顔が判別できず、5メートル先では人かどうかも怪しく、10メートル先には何も存在しない。
この視界で着陸したパイロットには、ただただ敬意しかない。
濃霧を突き抜けた瞬間、いきなり滑走路——あの灯り、どうやって見えたのだろう。
空港を出て、鉄道のコンコースへ。左手には券売機がずらりと並び、どれも「EXPRESS」の文字。
……これは、エクスプレス専用なのか?
事前に読んだ攻略では、空港特急は25ポンドと高く、普通列車の方がかなり安いとあった。さらに、タッチ決済クレジットカードか Oyster カードでそのまま乗れるという情報も確認済み。ならば実体カードの Oyster を買おう。毎回クレジットカードを出すのは、少しリスクが高い。
数分並んでみたものの、この機械では Oyster が買えない。ほかに券売機も見当たらない。
近くのスタッフ——体格のいい黒人の男性に「Oyster カードは買えますか」と聞くと、
「もうカードはないよ」
……え?
一瞬、Oyster カード自体が廃止されたのかと思ったが、どうやら「空港では販売していない」らしい。なぜだろう。こんなに便利なのに。まさか、みんなをエクスプレスに乗せて収益を上げるため……?
考えても仕方がないので、素直にクレジットカードを使うことにした。
電光掲示板と Google マップを照らし合わせ、無事に乗るべき列車を特定。Wise カードでそのまま入場。
屋外のホームも一面の霧で、列車が来ても直前まで見えなさそうだ。

——これがロンドンの霧か。
かつて画家たちが描いた、輪郭の溶けるロンドンの街。
あれは誇張でも想像でもなく、ほぼ実写だったらしい。
Victoria 駅で地下鉄に乗り換え、券売機で無事に Oyster カードを購入。なぜか Wise カードは認識されず、日本のクレジットカードで決済。
……198円の為替差、地味に胸が痛む。
10時前、ユースホステル到着。
受付の青年は非常に流暢なスピードで説明を始め、私は説明書を眺めながらぼんやり聞く。「もう一度説明しましょうか?」と聞かれ、慌てて「Yes, please」。
しかし、二回目もスピードは変わらない。内容が分からないわけではない。ただ、「フロントはバーを兼ねていて飲み物が買える」とか、「人がいない時はベルか電話で呼んでください」といった情報は、今の私にはさほど重要ではなかった。
部屋まで案内され、「この部屋の最初の宿泊者なので、好きなベッドを選んでいいですよ」と言われる。
公式サイトにはチェックイン15時と書いてあったので、荷物だけ預けるつもりだった。これは本当にありがたい。
選択肢があると、人は迷う。悩んだ末、一番乗りの私は、「ドアを開けてすぐ左手の下段」という、最もリスクの高いポジションを選んでしまった。 この判断の雑さが、後日の宿泊でどれほど響くことになるか、この時はまだ知らなかった。
12/27 大英博物館
少し休み、大英博物館へ。徒歩10分少々、あまりにも近い。
街並みは新鮮で、建物も設備もすべてが「イギリスらしい」。

11時頃、正門に到着。特別展のQRコードを使用し、ほとんど並ばず入館。
中は想像以上に人が多く、特に古代ギリシャ彫刻エリアは文字通り人の海だった。それでも、世界的に有名な収蔵品を目の前にすると、やはり少し興奮する。
展示量と密度は異常だった。
どの一室を切り取っても、日本なら単独特別展が成立する。展示室は60以上。再び、「展示量」という概念が更新された。
夢中で見ていると、突然館内放送が流れた。
「火災を検知しました。来館者は避難してください。」
周囲に異常は見当たらない。どこかのトイレの煙感知器だろう、と軽く考え、数分そのまま見学を続けた。
しかし人々は次々と一つのホールに集められ、非常出口のある部屋へ誘導されていく。
皆、妙に落ち着いてスマホを構えている。
——「大英博物館、火災で避難」の記録か。
観念して私も流れに従い、外へ出た。

火災で博物館から追い出されるとは、宝くじでも買うべき運の良さかもしれない。
——少なくとも、ロンドン初日はそういう始まりだった。
※このイギリス旅の交通や宿、注意点を下記記事にまとめました。
1日目の例はご覧可能ですので、
実用的な情報を詳しく知りたい方は、お気軽にお開きください。
