見出し画像

存在を忘れられた博物館外、寿司に裏切られた日 イギリス旅No.4

大英博物館の非常口を出て、大量の人が、側面の出口付近に溜まっていた。
誰も誘導せず、誰も説明しない。
ただ、「外に出された」という事実だけが共有されている。

「警報解除を待って再入場するのだろう」
ほとんどの人が、そう思っていたはずだ。私も含めて。

存在を忘れられた博物館外

左には台湾から来たらしい若者グループと年配の女性。
「上着を預けたままで、寒い」と嘆きながらも、
「すぐXに『大英博物館火災で避難』って載っているね」と笑っている。

右には韓国からの女性二人組。
片方が、何度も前方の様子を確認しに行っては、首をかしげて戻ってくる。

やがて分かったのは、新規入館者も同じ列に並ばされているということだった。
避難者と、これから入る人が、完全に混ざっている。

「私たちは、さっき中にいたんです」
そう説明すると、相手は一瞬驚いた顔をして、すぐに肩をすくめた。

結局、誰も状況を把握していない。
把握する責任を持っている人も、ここにはいない。

四十分以上が経ち、ようやく列が動き出した。
再入場の際、チケット確認は一切なかった。
警備員も、誰が避難者で誰が新規客か、もう区別できないのだろう。

再度のセキュリティで十数分。
気づけば時計は十三時を回っていた。

午前中にあったはずの集中力は、完全に蒸発していた。
それでも、「せっかく来たのだから」と自分を動かす。

二階の中国エリア。
陶磁器、青銅器、玉器——
どの展示ケースも詰め詰め、どこの国立博物館でも主役級のものばかりだ。

あまりにも数が多く、次第に「大切にされている」という感覚が薄れていく。
価値がないのではない。
価値が多すぎるのだ。

詰め詰めな展示ケース

情報量に脳が耐えきれず、途中から処理を放棄する。
写真を撮る余裕もなく、「量」と「密度」だけを体に刻む。

十五時過ぎ、インカ展示室に着いた頃には完全にエネルギー切れ。
ロゼッタストーン、最古のボードゲーム、ミイラ、必見と言われる展示だけを拾い、あとは流す。

ロゼッタストーン

日本エリアはなぜか閉室中。三菱協賛の展示が見られず、少し残念だった。

十七時、ピカソの素描展。
時系列で構成された展示は、驚くほど分かりやすい。

旅や別荘での制作といった愛人とのテーマが大半、あと元妻との離婚。
ピカソという人物像が、立体的に浮かび上がる。 芸術家は、生活そのものが芸術的だ。

愛人がモチーフらしい

同じペースで見て回る、中欧系に見える黒髪の青年がいて、何度も隣り合う。
目が合うたび、「挨拶くらいしてもいいのでは」と思うほど。
結局、意識的に別ルートを選んで離れた。
今思えば、同好の士との出会いを逃したのかもしれない。
——年を取ると、こういうところが臆病になる。

17時半、完全に疲労困憊。
閉館は20時だが、体力が先に限界を迎えた。
ケーキでも買おうとしたが、すでに閉店。

逃がせないミュージアムショップで、全体がマットブラックのロゼッタ・ストーン柄マグカップ。
日本人が手に取っているのを見て、同じものを買った。
帆布トートを持って、十八時過ぎ、博物館を後にする。

頭の中は、行きに見たクロワッサン一色だった。
ピスタチオクロワッサンを購入。4.95ポンド。
値段が高いが、香りも味も申し分ない。
これがロンドンでの初めての「まともな食事」だ。

続いてスーパー、M&S。
地元民にも人気と聞いていたが、滞在中、誇張抜きで私の命の半分はここに支えられた。
肉、卵、乳製品、野菜、果物、総菜。
どれも質と価格のバランスが異常に良い。
ユースホステルの共用ラウンジ兼ダイニングは、電子レンジも調理設備も食器も完備。
完全に「生活」ができる場所だ。

空腹のあまりに、一番親近感のある照り焼きチキン寿司ボウルを購入——照り焼きと寿司、名前からやばさを読み取れればよかったが…
米が、酢飯だった。
照り焼きチキンにサラダ、枝豆。
寿司の定義は、「米」にあるらしい。

期待していた白米は酸っぱく、おかずだけを食べ、米は静かにゴミ箱へ。
結果的に、ピスタチオクロワッサンだけが、この日の夕食を救ってくれた。

夜は、翌日のウィンザー城へのルートを調べ、動画を少し見てから静かに休んだ。

——ロンドン初日は、こうして終わった。


※このイギリス旅の交通や宿、注意点を下記記事にまとめました。
1日目の例はご覧可能ですので、
実用的な情報を詳しく知りたい方は、お気軽にお開きください。


いいなと思ったら応援しよう!