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カイン 星骸を喰らう剣 傲慢篇・第三夜

傲慢篇・第三夜「傲慢の影裏――虚飾市場(きょしょくいちば)の骨像(ボーンアイドル)」




0. プロローグ ― 黒き欲望の露店街

錆潤(ラストラス)の忌まわしい血雨を抜け、北へ向かうこと半刻。一行の眼前に、霧の立ち込める谷底から、ぼんやりと無数の橙色の灯りが滲み出すように見えてきた。それはまるで、地獄の釜の蓋から漏れ出す鬼火のようで、否が応にも一行の足を引き寄せる。 崩れ落ちた巨大な円形闘技場の残骸――そこが、今回の目的地、闇市〈虚飾市場〉だった。 かつては勇壮な剣闘士たちが鬨の声をあげたであろうその場所も、今では罪雨によって外壁の多くが剥がれ落ち、無残な姿を晒している。その傷跡を、獣脂と星鉱を混ぜて作られたという、怪しげな骨灯が不気味に照らし出し、その光景はまるで巨大な怪物の骸が横たわっているかのようだった。闘技場の内部からは、人々の喧騒と、金属が擦れ合う音、そして得体の知れない獣の低い鳴き声が混ざり合い、一種異様な熱気を帯びて漏れ聞こえてくる。 ここでは、法も秩序も届かぬ場所として、人々の剥き出しの欲望と、血塗られた金銭が、まるで腐肉に湧く蛆虫のように、おぞましく蠢いていた。空気そのものが、ねっとりとした欲望の粘度を帯びているかのようだ。

ピオ「うわっ、なんつーか、こう……くっさい安物の香水と、獣の脂が強烈に混ざり合った、鼻がひん曲がりそうな匂いだぜ! こりゃあ、表じゃお目にかかれねえような、相当ヤバいモンが取引されてるに違いねえな! 金の匂いもプンプンするが、それ以上に濃い血の匂いがきつすぎるぜ、カインの旦那!」

ピオはそう言って大げさに鼻をつまんでみせたが、その琥珀色の瞳は、目の前の危険な光景に対する好奇心に爛々と輝いていた。

クレス「欲望指数 84。先ほどの錆潤の街で計測された傲慢指数よりも、さらに高い数値ね。ここは純粋な、そして歪んだ欲望が渦巻いている。魔瘴の濃度も依然として高いけれど、それ以上に、この場所に集う人々の邪念が空気を歪め、空間そのものを蝕んでいるかのようだわ。くれぐれも気をつけて、カイン。ここは一瞬の油断が命取りになる場所よ」
エリシア(カインのマントの裾を強く握りしめながら、鼻をくんくんさせて)「ここ、怖いね……。なんだか、悪い人たちがいっぱいいるような気がする……。それに、変な匂いがする……なんだか、気持ち悪い……。お腹も空いたけど、ここでは何も食べたくないな……」

エリシアは小さな声で呟き、カインの大きな背中に隠れるようにして、周囲を怯えたように見回した。

カイン「「怖いのは、そこに在る物や場所じゃねぇ。それを買う奴と、売る奴の、その腐りきった心の方だ。チビは、何があっても俺から離れるな。クレス、ピオ、ルミ、索敵と周囲の警戒を怠るな。この市場の連中は、どんな汚い手を使ってくるか分からん。何が飛び出してきてもおかしくないと思え」」

闘技場の観客席だったであろう場所に、無理やり組み上げられた粗末な木製の桟道(さんどう)が、まるで巨大な蜘蛛の巣のように立体的かつ無秩序に交差している。その上を、様々な種族の者たち――人間はもとより、獣人、亜人、そして時には異形の姿をした正体不明の者までもが、まるで何かに取り憑かれたかのように忙しなく行き交っていた。 薄暗い路地には、「臓器保証・新鮮品アリ」「純鉄胎児・魔術触媒に最適」「罪指数改竄(かいざん)・立入検査対策」といった、およそまともな人間の思考からは逸脱した、おぞましい文句を掲げた看板が無数に並び、いかがわしい光を放っている。 覆面や分厚いフードで顔を隠した商人たちが、瓶詰めにされた得体の知れない色のついた液体や、鈍い光を放つ奇妙な金属の塊――おそらくは人間の罪の念が結晶化したという罪核などを、大声で競りにかけている。それを求める客たちは、骨灯の下で、まるで飢えた獣のように目を血走らせて奪い合い、手に入れると狂喜の奇声や満足げな低い呻き声を上げた。そこはまさに、法も秩序も完全に崩壊した、欲望だけが支配する無法地帯そのものだった。


1. 影の拍車 ― 骨彫師ラザード

一行は、喧騒と悪臭を少しでも避けるように、軋む音を立てる桟道を一段上がった。その先に、ひときわ異様な雰囲気を放つ露店があった。人間の骨と錆びた金属片を歪に貼り合わせて作られた、見るからに奇怪で冒涜的な彫像ばかりを専門に売っている店だった。店先には、動物の頭蓋骨や人間の肋骨らしきもの、そして用途不明の錆びついた金属片などが、まるでゴミのように無造作に積み上げられ、見る者に強烈な不快感と嫌悪感を催させる。 店の奥の薄暗がりから、人間の顎骨で作られたと覚しき、不気味なマスクを被った痩身の老人――骨彫師ラザードが、まるで枯れ枝のような細い手で、カイン一行を手招きした。その目はマスクの奥で鋭く光り、まるで全てを見透かしているかのような、不気味な深淵を湛えていた。

ラザード「ククク……これはこれは。噂に名高い“傲慢を斬る剣士”様御一行ではございませんか。ようこそおいでなすった。我が愛しき作品どもが、あんた様方がここへお越しになるのを、首を長くして待ちわびておりましたぞ。ささ、どうぞ奥へ。とっておきの逸品を、お見せいたしましょう」

老人の声は、ひどくしわがれていたが、その言葉の端々には、妙な粘り気と有無を言わせぬ迫力が篭っていた。

カイン「生憎だが、剣士と骸骨は、昔からあまり相性が良くないんでな。それに、お前のような見るからに怪しげな骨董屋に、俺たちには何の用もねえ。話があるというなら、手短に済ませろ。こっちは、あまり時間がないんでな」

カインは一切の警戒を解かず、背負った大剣《ドラグ・クレイヴ》の柄に手をかけたまま、低い声で答えた。その瞳は、ラザードの一挙手一投足を見逃すまいと、鋭く光っている。

ラザード「クク……おやおや、実につれないお方だ。だが、それもまた一興。よろしいでしょう。この店の至宝、〈骨像(ボーンアイドル)〉はな、見ての通り、ただの気味の悪い置物ではございません。買い手の“影”を喰らって生命を得て動き出す、いわば生きた彫像なのでございますよ。影を一体、この像に差し出せば、あの忌々しい罪雨すらも避けて通るという、素晴らしい御利益付きでございます。どうですかな、一つくらいお買い求めになってはいかがかな? あんた様ほどの腕利きの剣士ならば、影の一つや二つ、くれてやるのも惜しくはないでしょう?」

露天の中央に、ひときわ大きく鎮座していたのは、幾重にも積層させた人間の肋骨と、獣の太い大腿骨を複雑に組み合わせた、身の丈三メートルはあろうかという巨大な人型の像だった。 その眼窩には、砕かれた星屑がびっしりと詰め込まれており、まるで生きているかのように、禍々しい赤い微光がドクンドクンと脈を打っている。そして、その足元の粗末な台座には、先日カインが辛うじて打ち倒した《星呪司カリグラフ》の割れた鳥面が、太く錆びた釘で無残にも打ち付けられていた

クレス「……あの仮面……間違いありませんわ。先日、私たちが激闘の末に倒した、星呪司カリグラフのものです。なんという冒涜的な行為を……。人の魂を何だと思っているのでしょう」

クレスは、普段の冷静さを失い、嫌悪感を露わにして、鋭い声で囁いた。

ルミ「骨と一緒に……人の顔だったものが……無残に貼り付けられてる……。ひどい……こんなこと……許されるはずがないわ……。あの星呪司も、こんな最期は望んでいなかったでしょうに……」

ルミは小さな手で口を堅く覆い、悲しみに満ちた潤んだ瞳で、そのおぞましい光景を見つめた。

ピオ「おいおい、こりゃまたエグいにも程があるリサイクル方法があったもんだなぁ! あのふざけた星呪司も、まさかこんな形でアート作品の一部に再利用されるとは、夢にも思ってなかっただろうぜ。しかし、それにしても趣味が悪ぃにもほどがあるぜ、このジジイ。反吐が出そうだ」


2. 影売買 ― 欲望の秤

ラザードは、カインたちのそうした反応を心底楽しむかのように、肩を震わせてクツクツと不気味な笑い声を漏らし、店の奥から年季の入った古びた天秤を取り出してきた。そして、その銀色の皿の一方に、怪しげな藤色の粉をひとつまみ、まるで儀式でも行うかのように慎重に撒いた。 その粉は、持ち主の罪の濃度と種類に応じて発光し、その重さを変えるという、この闇市でも特に希少とされる特殊な鉱石《罪量鉱》を細かく砕いたものだという。 カインの背負う大剣《ドラグ・クレイヴ》の先端が、ほんのわずかにその粉に触れると、粉は瞬時にして鮮やかな橙色から、まるで血を吸ったかのような禍々しい赤黒色へと変色し、天秤の皿がズシリと音を立てて大きく下に傾いた。

ラザード「ククク……やはりな。お噂はかねがね。お主のその影は、見た目以上に業が深い。誇りと罪悪感、そして失われた何かへの執着を、丹念に、そして複雑に溶接したかのような、実に濃厚で重厚な匂いが致しますな……。だが、この一体の骨像を完全に目覚めさせ、その真の力を解放するには、まだ少々、その純度が足りぬようでございます。もっと濃密な、純粋な絶望か、あるいは底なしの歪んだ執着といった、極上の調味料が必要なのでございますよ」
カイン「影が軽くなるほど、俺の踏み込みは速くなるんでな。重すぎる影は、戦場じゃ足手まといになるだけだ。お前のくだらん玩具にくれてやるような、そんな安い影なんぞ、生憎と持ち合わせはない」

カインは、ラザードの目を真っ直ぐに見据え、吐き捨てるように言った。その言葉には、微塵の揺らぎもなかった。

ラザード「ホウ……それはそれは、残念至極。では、そちらの“少女の影”というのは、いかがかな? あの愛らしい獣人の娘が持つ、穢れを知らぬ純真な魂の影は、この虚飾市場においても滅多にお目にかかれぬ、まさに極上の希少品でございますぞ――。それに、あの娘から微かに感じるのは、純真さだけではございませんな。その奥底に秘められた、底知れぬほどの深い悲しみと、そして今にも燃え上がりそうな、微かな怒りの炎。それらが絶妙に混じり合えば、きっと、至高の影となることでございましょう。もしそれを差し出していただけるのであれば、相応の対価をお支払いいたしますぞ。金銀財宝でも、この市場でしか手に入らぬ貴重な情報でも、あるいは……あんた様のその呪われた大剣の力を、さらに増幅させる秘術でも、な」

ラザードのねっとりとした言葉に、エリシアはビクリと小さな肩を震わせ、一歩、また一歩と後ずさりして、カインの外套の裾を、まるで命綱のように強く、強く握りしめた。その小さな手は、恐怖と不安で氷のように冷たくなっていた。 ピオが、まるで猛禽のような目にも止まらぬ素早さで、ラザードの伸ばされた汚れた手首へ向けて鋭い羽撃きを的確に浴びせ、クレスが古語で何事かを素早く詠唱し始めると、カインとエリシア、そしてラザードの間に、見えざる断絶の結界が瞬時に紡ぎ出された。

カイン「影は、断じて売り物じゃない。……たとえそれが、神であろうと悪魔であろうと、他人の魂にそう軽々しく手出しすることは許さん。その薄汚い手を、今すぐチビから離せ。さもなくば、その気味の悪い骨の仮面ごと、このドラグ・クレイヴで叩き割ってくれるぞ」

カインの声には、普段の彼からは想像もつかないほどの、抑えきれない激しい怒りが込められていた。彼の双眸の奥で、まるでマグマのような赤い炎が、ゴウと音を立てて揺らめいているのが見えた。

ラザード「ふむ、実につれないことをおっしゃる。ならば、致し方あるまい。“剣の影”を代わりに差し出すというのは、いかがかな? その巨大な鉄塊に宿る、数多の戦いの記憶と、そこから発せられる強烈な権威、そして破壊の衝動こそ、まさに傲慢の極致たる証。それであれば、お主の懐もさほど痛むまい。そして、我が骨像もきっと、大いに満足することでございましょう」


3. 骨像起動 ― 影喰いの共鳴

カインが、ラザードのそのふざけた提案を、吐き捨てるように、そして決定的に拒絶の意を示そうとした、まさにその瞬間だった。 露店の後方に広がっている、かつての闘技場の中央部分で、何かが巨大な力で爆ぜるような、甲高く耳をつんざく音が響き渡った。 次の瞬間、観客席だったであろう場所に吊るされていた無数の骨灯が、まるで何者かに合図でもされたかのように、一斉に不気味な青紫色へとその光を変えた。 そして、空気を切り裂くような鋭く甲高い笛の音――星呪司補佐・ペレモスと名乗る、先日カインが倒したカリグラフの部下らしき男が、闘技場の中央に急ごしらえで設けられた祭壇の上で、両腕を天に突き上げ、何かの結界詠唱を狂ったように開始した。その顔は、カリグラフ同様、鳥の頭蓋骨を模した禍々しい仮面で完全に隠されていた。

ペレモス「欲望指数 90――ついに臨界点到達! 影を捧げよ、魂を捧げよ! そして、我らが偉大なる骨の偶像に、その忌まわしき身を喰らわせるという、またとない栄誉を賜るのだ! さあ、今こそ影喰いの血塗られた宴を始めようぞォォォッ!」

闘技場の土間が、まるで巨大な怪物の顎がゆっくりと開くかのように不気味に裂け、地響きと共に〈骨像(ボーンアイドル)〉の巨大な脚部が、地面を踏み砕きながらそのおぞましい姿を現した。 星屑をびっしりと詰め込んだ眼孔が、まるで地獄の業火のように血の色に爛々と燃え上がり、飢えた獣のように周囲にいる者たちの影を求めて、太く骨張った腕をゆっくりと、しかし確実に伸ばした。 次の瞬間、闘技場に集っていた来場者たちの足元から、黒く揺らめく人型のシルエットが次々と、まるで魂が肉体から引き剥がされるかのように抜け出し、強力な磁石に吸い寄せられる無数の鉄粉のように、骨像の大きく開いた胸郭の中へと、抵抗する間もなく吸い込まれていく。

観客A「ひぃぃぃぃ! か、影が! 俺の影が、あの化け物に吸い取られていく! やめろ! 返せ! 俺の影を返してくれぇぇぇ!」
観客B「影を取られたら、あの忌まわしい罪雨で、皮膚が焼け爛れてしまうんだ! 助けてくれ! 誰か、お願いだ、この化け物を止めてくれ! 金ならいくらでも払うから!」

骨像は、吸い上げた無数の影を、まるで燃料のように腹の中で燃焼させ、禍々しい黒い炎へと変えた。そして、そのおぞましい黒炎を、太い両腕から「ボウッ」という凄まじい轟音と共に、周囲へ無差別に噴射した。 黒炎は、木製の桟道を一瞬にして焼き切り、逃げ場を失った観客たちはパニックに陥り、我先にと雪崩を打って逃げ惑う。悲鳴と怒号、そして物が燃え崩れるおぞましい音が複雑に絡み合い、闘技場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


4. 影鎖戦 ― カイン対骨像

カインは刃を引き抜き、骨像の脚へ斜めに踏み込む。
斬撃は骨と星鋼を削ぎ、蒸気のような黒炎が噴き出した。
だが骨像は影炎を固め、大剣と同じ幅の黒刃を形成して応戦する。

カイン「チッ、また面倒なことになりやがったな! だが、ある意味、好都合かもしれん。これだけ騒ぎが大きくなれば、あの胡散臭いジジイも、俺たちにいつまでも構ってはいられなくなるだろう。ピクシートリオ、総員、戦闘準備だ! エリシアは、何があっても俺の背後にいろ! 絶対に離れるなよ!」

カインはエリシアを自身の背中に庇うようにしながら、ラザードの崩れかけた露店を蹴破って飛び出し、炎と黒煙が渦巻く闘技場の中央へと、獣のような俊敏さで躍り出た。 背負っていた大剣《ドラグ・クレイヴ》の刃を抜き放ち、骨像の巨大な脚部へ向けて、まるで地を抉るかのように、斜め下から斬り上げる勢いで踏み込む。 渾身の力を込めた斬撃は、骨像の脚部を構成していた分厚い骨と星鋼を、まるでバターを切るかのように容赦なく削ぎ取り、激しい火花と共に、蒸気のようなおぞましい黒炎が、その傷口から勢いよく噴き出した。 だが、骨像は怯むことなく、それどころかさらに凶暴性を増し、吸い上げた影炎を瞬時に凝固させ、カインの持つ大剣と同じほどの幅を持つ、巨大な黒刃をその右腕に形成して応戦してきた。その黒刃が振り下ろされるたびに、空気が裂けるような鋭い轟音が響き渡り、闘技場の石畳には深い亀裂が無数に走った。

カイン(独白)《影を実体化させて攻撃してくるというのか。なんとも厄介な相手だ。だが、どれだけ濃い影であろうと、影は影だ。影を斬り裂くには、それよりもさらに強い光が必要となる。――チビ、お前のその特別な力を、今こそ俺に貸してくれ。お前なら、やれるはずだ》

カインは心の中で、背後のエリシアに強く呼びかけた。

エリシア「う、うん! やってみる! カインお兄ちゃんのためなら、私、怖くない!」

エリシアは、先ほどまでの恐怖を心の奥底に押し殺し、カインの背後で小さく、しかし力強く頷くと、爪先立ちになり、両手で月光をその身に浴びたかのように白銀に美しく輝く鋭い爪を、祈るように交差させた。 彼女の爪から放たれた清浄なる銀色の閃光が、骨像が振り下ろそうとする巨大な黒刃を正確に包み込み、刃同士が激しく衝突し合う甲高い金属音を、耳をつんざくように周囲に撒き散らす。その聖なる光に触れた黒刃の勢いが、ほんのわずかだが、確かに削がれた。 その刹那とも言える一瞬の隙を突き、カインは柄尻に装着された緋色のスパイクを、闘技場の硬い石畳へ、まるで杭を打ち込むかのように力強く叩きつけ、内部に封入された妖精粉を一点集中で爆破させた。

強烈な爆煙が、骨像の視界を完全に遮る。その隙に、クレスの作り出した不可視の妖精紋の刻印が、カインの幻像を、まるで実体があるかのように骨像の背後に回り込ませるように投影した。 それと同時に、ピオの放つ特殊なソニックウェーブが、闘技場の崩れかけた壁に複雑に反響し、骨像の聴覚代わりとなっている眼窩の奥の星屑を、的確に、そして容赦なく粉々に粉砕した。

骨像は、視覚と聴覚という主要な感覚器官を同時に奪われ、体内で燃え盛っていた影炎が完全に制御を失い、激しく乱調をきたす。 その巨大な胸郭の肋骨の隙間、影で満たされた暗黒の空洞――その中心に、弱々しくも、しかし確かに力強く脈打つ、星核の欠片が、まるで最後の生命の灯火のように赤い光をチカチカと瞬かせているのが、カインの目にはっきりと見えた。

カイン「クレス、ピオ、よくやった! 見事な連携だ! 狙いは、今見えているあそこだ。あいつの唯一の弱点、胸の奥で光るあの赤い心臓部だ! ――チビ、頼む、もう一度だ! お前のその聖なる月銀の光で、奴の胸の闇を、今一度照らし出してくれ!」
エリシア「わかった! 私の、月銀の爪……! 邪悪な闇を、照らせっ!」

エリシアは、残された力の全てを振り絞り、渾身の力を込めて、再び白銀の爪を合わせ、一筋の、これまで以上に眩い清浄な光撃を放った。 光は、まるで意思を持っているかのように正確に骨像の胸郭の隙間へと吸い込まれるように差し込み、その内部の闇を隅々まで照らし出した。その瞬間、内部で渦巻いていたおぞましい影炎が、まるで聖なる光にその身を焼かれたかのように、断末魔のような甲高い悲鳴にも似た音を立てて霧散し、 カインの振るうドラグ・クレイヴの分厚い刃が、一直線に、剥き出しになった星核の欠片へと、まるで運命に導かれるかのように吸い込まれていった。

ゴォンッ!という、何かが砕け散る硬質で重々しい破砕音――星核の欠片が、内部から完全に砕け散り、赤い光の粒子がまるで血飛沫のように四方へと飛び散る。骨像は、まるで全ての生命力を一瞬にして失ったかのように全身を白化させ、次の瞬間にはサラサラと乾いた音を立てて、ただの白い骨粉となり、戦場の熱い風に吹かれて儚く消えていった。 影を奪われていた観客たちの黒いシルエットが、ふわりとそれぞれの体へと、まるで吸い込まれるように戻っていき、彼らは力なく桟橋や地面に倒れ込んだまま、助かったことへの安堵の嗚咽を漏らした。


5. 欲望の残り火 ― ラザードの取引

闘技場の天井部分が、先ほどの戦闘の余波で、ついに轟音と共に完全に崩れ落ちた。吊るされていた無数の骨灯が、まるで黒い砂鉄の雨のようにキラキラと輝きながら、闘技場跡へと降り注ぐ。 先ほどの露店にいた骨彫師ラザードは、完全に崩壊した店の瓦礫の中から、まるで何もなかったかのようにゆっくりと立ち上がり、顔に付けていた顎骨のマスクを静かに外した。その下に現れた素顔は、意外にも若々しく、どこか神経質そうな印象を与えるものだった。しかし、その瞳には、年齢にそぐわない老獪な光と、底知れぬ狂気が宿っていた。彼は、目の前で繰り広げられた惨状を、まるで美しい芸術作品でも鑑賞するかのように満足そうに見つめ、カインに向かって、唇の端を歪めた気味の悪い笑みを浮かべた。

ラザード「ククク……素晴らしい。実に、実に素晴らしい戦いぶりでございましたぞ、剣士殿。我が計算を遥かに超える見事なものでした。影を売ることなく、自らの力と才覚、そして仲間の絆をもって骨像を打ち砕くとは……実に、実に傲慢だ。だが、その揺るぎなく、そして美しいまでに純粋な傲慢さこそが、私の次なる最高傑作を完成させるための、またとない極上の素材となることでございましょう。楽しみにしているがよい」
カイン「まだそんな気色の悪い戯言をほざいていやがるのか。よほど骨が好きと見える。そんなに骨が欲しいというなら、テメエ自身のその気味の悪い骨で、好きなだけ作品でも作るんだな。それなら、誰一人として文句は言うまいよ」

カインが、背負っていた大剣の峰で、ラザードが立っていた露店の台座を、まるで虫でも叩き潰すかのように無造作に粉砕すると、 ラザードは特に驚いた様子も見せず、ただ静かに、崩れ落ちる骨屑の中にゆっくりと埋もれていく。そして、まるで最初から幻でも見ていたかのように、紫色の濃い煙を噴いて、その姿を忽然と消した――そこには、彼自身のものと思われる、ひときわ濃く、そして不気味な影だけが、まるで嘲笑うかのように残されていた。

クレス「影喰いの術師……。まさか、彼自身が影そのものだったというわけではありますまい。……いえ、違いますわ。彼自身の影は、まだ確かにここに残っています。おそらく、本体は巧妙に別の場所に隠れているのでしょう。そして、遠隔からこの影を操っていたに違いありません。厄介な相手ですわね」
ピオ「チッ、まんまと逃げられちまったか! こりゃまたとんでもなく厄介な変態ジジイに目をつけられたもんだぜ。あのジジイ、今回のことで俺たちに相当な恨みを抱いただろうからな。絶対またどこかでちょっかい出してくるぜ、こりゃあ、間違いねえ」
ルミ「でも……誰も死ななかった……。それに、影を取られてしまっていた大勢の人たちも、みんな、ちゃんと元に戻ったみたい……。良かった……本当に、本当に良かったわ……。もう、あんな怖い思いは、誰にもしてほしくないもの……」

6. 静寂 ― 罪と贖いの計量

闘技場跡には、先ほどまでの喧騒と熱狂が嘘のように静まり返り、影を奪われたことへの恐怖と、骨像が砕け散った際に舞い上がった大量の骨粉が混じり合った、冷たく湿った汗のような匂いだけが、重く漂っていた。 カインは、骨像が砕け散った場所の中心から、まだ微かに赤黒く脈打っている星核の欠片を、慎重に拾い上げた。その欠片は、まだ先ほどの戦いの熱を帯びており、カインの手の中で、まるで生きているかのように四方へ奇妙な脈動を送り、周囲の空気をビリビリと微かに震わせた。


6. 静寂 ― 罪と贖いの計量

闘技場跡には、影を奪われた恐怖が冷たい汗の匂いとなって残る。
星核欠片を拾い上げると、欠片は四方へ脈を送り、空気を震わせた。

カイン「――傲慢の重さなんてもんは、結局のところ、誰にも正確に測れやしねぇ。たとえそれが、全知全能の神であろうと、慈悲深き仏であろうともな。だけどな、エリシア、この剣の、この鉄塊の重さだけは、今の俺にはっきりと、そしてズシリとわかるんだ」

エリシアが、カインの持つその禍々しくも美しい星核の欠片を、どこか不思議そうに、そして少しだけ怯えたように見つめながら、小さな声で尋ねた。

エリシア「重い……の? その……赤くて、キラキラした石……。なんだか、見てると胸が苦しくなるような……そんな感じがする……」
カイン「ああ。とてつもなく、な。これまで俺が失ってきた、数えきれないほどの仲間の命と、俺自身がこの両手で犯してきた、決して消えることのない罪と、そして……まだ何一つとして果たせていない、遠い日の約束。その全ての重みを、こいつは黙って背負ってくれてるからな。だから、俺はこいつを振るい続けなきゃならねえんだ。この腕が朽ち果てる、その時までな」

カインは、拾い上げた星核の欠片を、先ほどカリグラフから回収したものと一緒に、背中の年季の入った革のポーチに丁寧に収めた。そして、エリシアの埃で汚れた銀色の髪を、血と土と汗で汚れた無骨な手で、しかし、できる限り優しく撫でた。 彼の肩で、三色の妖精たちが、まるでカインの言葉に呼応するかのように、嬉しそうに、そして誇らしげにクルクルと旋回し、闘技場に舞い散る細かな骨粉を、一つ一つ丁寧に、清浄な光の粒へと変換して、夜空の彼方へと送り返していく。それはまるで、この戦いで失われたかもしれない名もなき魂たちへの、ささやかな鎮魂の儀式のようにも見えた。 完全に崩壊した闘技場の天井の大きな穴から、いつの間にか雲間を裂いて、星々が織りなすどこまでも広大な銀漢の星雲が、まるで夜空に滲んだ美しい藍色のインクのように、静かに、そして荘厳に広がって見えた。

クレス「星環連鎖陣の結界密度が、ほんのわずかではありますけれど、確かに薄くなったのが観測できましたわ。あの忌まわしい骨像を破壊したことで、この地域にかけられていた歪んだ力の奔流が、少しだけですが、正常な状態へと矯正されたのかもしれません。これは大きな収穫ですわ、カイン」
ピオ「へえ、そいつは大したもんだぜ! あのジジイのふざけた骨細工も、少しは世界の役に立ったってわけだ。皮肉なもんだな! この市場の連中の、あの底なしの傲慢指数は、さすがにだいぶ下がっただろうが、それにしても、この市場に渦巻く欲望指数は、相変わらずカンスト状態をキープしてるぜ。いやはや、まったくもって面白ぇ、そして救えねえ市場だ。だが、それが人間ってもんなのかもな」
カイン「欲望は、決して消えねぇさ。人が人である限り、な。……だからこそ、このドラグ・クレイヴは、決して錆びることが許されねえんだ。錆びつく前に、俺がそれを振るい続けなきゃならねえ。それが、俺に課せられた宿命であり、唯一の贖罪の道だからな」


7. 旅の再開 ― 鎖を断ち切る足音

夜市の喧騒を照らし続けていたおびただしい数の骨灯が、まるでその役目を終えたかのように、一つ、またひとつと力なくその光を失っていき、 夥しい骨粉の降る静寂が、再び闇市〈虚飾市場〉を深い深い闇で包み込むころ、カイン一行は、この忌まわしい谷を抜け、次なる目的地へと続くであろう、古びた石橋へと向かっていた。

その時、遠く背後で、誰かが小さく、しかしはっきりと手を叩く音が聞こえた。パチ、パチ、パチ、と。それはまるで、芝居の終わりを告げる拍手のようでもあった。 カインが、一切の油断なく、そして殺気を込めて振り返ると、先ほどまであの忌まわしい骨像が暴れ回っていた闘技場の頂上、大きく崩れた壁の上に、いつの間にか、長身の黒い影が音もなく佇んでいた―― 満月にはまだ数日早い、欠けた月の、まるで血を流しているかのような淡く赤い光をその背に負って立つ、漆黒の鎧を纏った騎士――ノクス・レヴナント。その威圧的な姿は、まるで死の宣告者のようでもあり、あるいはこの世界の行く末を静かに見守る、孤独な監視者のようでもあった。

ノクス「影を売らず、自らの力で骨を断ち斬ったか……。なかなか楽しませてくれるではないか、カイン。その忌まわしき剣、この短期間でさらにその重みを増したようだな。次に見える時が、楽しみだ」

その声は、まるで古井戸の奥底から響いてくるかのように低く、一切の感情の起伏を感じさせなかった。

カイン「見物料は高いぞ、黒騎士。次からは、もっとマシな席を用意しておいてもらうとしようか。それとも、あんたも少しは戦いに参加してみるか?」

ノクスは、カインのその挑発的な軽口に答えることなく、ただ静かに、そしてゆっくりと頷くと、傍らに控えていた愛馬エクリプスの鬣を一度だけ優しく撫で、まるで最初からそこに誰一人として存在しなかったかのように、すうっと音もなく周囲の影の中へと溶けて消えた。その場には、蹄の音一つ残らなかった。

エリシアが、ようやく全ての緊張が解けたのか、小さな可愛らしい欠伸を噛み殺した。 ルミが、カインの手に新しくできていたいくつかの裂傷を見つけ、慌てたように小さな手からヒール光を放ち、それを懸命に塞ぎ始める。 ピオが、「腹減った~! 腹が減っては戦はできぬって言うだろ! なあカインの旦那、なんか美味いもんでも探そうぜ! この近くに、いい酒場とかねえのかよ!」と大げさに泣き真似をしながら騒ぎ立て、 クレスは、そんな仲間たちの様子を静かに見守りながらも、黙って夜空の色と星々の配置を精密に計測し、何事かを彼女の小さな手帳に細かく記録しているようだった。

新しく吹き始めた夜風は、まだこの場所にこびりついた錆と血の、そして欲望の腐臭を微かに残しながらも、それまでとは明らかに違う、ほんのわずかだが、どこか遠い潮の香りを帯びていた。 北に海――一行の次なる目的地は、“傲慢指数”をさらに遥かに超える、底なしの欲望と危険が渦巻く、巨大な港町だ。 カインは、エリシアの冷たくなった小さな手を再び強く、そして優しく握りしめ、仲間たちと共に、確かな足取りで古びた石橋を渡り始めた。彼の長く、そして過酷な贖罪の旅は、まだ始まったばかりだった。


次回予告

第四夜「傲慢の海図――欲深き港町〈灰鴉(はいがらす)ドック〉」

星環の霧が海面を穿ち、欲望指数 120 の港町が不夜城と化す。海賊連合、星陥騎の密貿易、そして“嫉妬を煽る黒翼”が空を覆う――。カインたちは、この新たな混沌と深まる謎に、いかにして立ち向かうのか。風雲急を告げる第四夜、乞うご期待。



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¥10,000 / 月

親衛隊プラン (未成年応援プラン)

¥100,000 / 月

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