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与沢翼さんの覚醒剤使用に思う ―天使と悪魔と信仰心について―


人は皆、それぞれ違う条件で生まれてきます。
遺伝というランダムなサイコロを振って──

・勇気のある人、慎重な人
・特定の才能をもつ人、もたない人
・絵が上手い人
・その中でも、抽象画が得意な人
・デフォルメキャラを描ける人
・漫画風イラストを描くのが上手い人

そして、社会には「今の流行り」があります。
たまたまその時代と、自分の才能や努力、育った環境が合致したとき、
人は「評価される」存在となるのです。

それは、決して「実力」だけではありません。
時代と遺伝と環境の、奇跡的な一致なのです。

神様に感謝できたら

そんな巡り合わせに対して、
「神様に感謝する」ことができれば──
きっと、天使の言葉が届くでしょう。

「この幸運を、誰かに返していこう」
「いただいた恩恵を、社会に還元しよう」

そういう心が、天使の声を受け取れる感性なのだと思います。

もしそれを「自分の力」だと思ったら

ですが、もしその成功を、
「すべて自分の努力と才能の賜物だ」と信じてしまったなら──
そこに忍び寄るのは、悪魔の声かもしれません。

もし私が与沢翼さんの立場だったら、こう聞こえてくる気がします。

「お前はすごい意志力があるんだから、抜け出せる」
「お前は優しいんだから、飲んでも優しくできる」

それは、悪魔が耳元でささやく誘惑です。
自己肯定感を利用して、自滅へと誘う声。

優劣ではなく、めぐり合わせ

人間に、本質的な優劣はありません。
あるのは、ただ「違い」「めぐり合わせ」

そう信じることができれば、
きっと、悪魔の声は届かないでしょう

成功しても、失敗しても、
そこにはいつも「授かりもの」と「選択」がある。

私たちは、そのどちらにも耳を澄ませながら、
信仰心と共に生きていけたら──
きっと、道を誤ることはないのかもしれません。


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