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オジの余談 2|リード文を書き直すつもりが、全文を書き直していました

このシリーズでは、公開しなかった原稿や、書きながら考えたことを、そのまま残していこうと思います。
完成品ではありませんが、何かの参考になればうれしいです。

過去記事の見直し
最近、過去に書いた記事を少しずつ見直しました。
最初は、リード文とまとめだけを修正するつもりでした。
記事の最初と最後が整えば、全体の印象もよくなるだろうと思っていたからです。
ところが、実際に読み返してみると、リード文だけを直しても本文とのつながりが気になり始めました。
本文を直すと見出しが気になり、見出しを直すと最後の締めが合わなくなります。
そんなことを繰り返しているうちに、公開していた100記事以上を見直すことになっていました。
タイトルを変更したものさえあります。
しかも、リード文とまとめだけの修正で終わった記事は、ほとんどありませんでした。
我ながら、ずいぶん時間と労力をかけたものです(^^)

何が変わっていたのか
書き直していて気づいたことがあります。
以前の私は、知識を伝える記事を書いていたようです。
「これはこういうものです」「こういう理由があります」という説明が中心でした。
もちろん、その書き方が悪いとは思っていません。
薬剤師として記事を書く以上、正しい知識を伝えることは今でも大切だと思っています。
ただ、最近の記事を読み返してみると、少し様子が変わっていました。
まず自分が疑問に思ったことがあり、実際に試してみる。
途中で調べたり考えたりしながら、自分なりの結論を書く。
もちろん、この結論も今の時点での仮の結論です。
知識を伝えることよりも、自分が考えた過程を書く記事に変わっていたということです。

だから全文を書き直すことになった
記事の軸が変わると、リード文も変わります。
リード文が変わると、本文も変わります。
本文が変わると、最後の締め方も変わります。
つまり、リード文だけを直そうとしても、結局は全文を書き直すことになります。
今回のリライトは、文章を直す作業というより、自分がどんな記事を書きたいのかを確認する作業だったように思います。

対話の中で気づいたこと
今回の見直しでは、AIにも相談しました。
ただ、文章を書いてもらったというより、「ここはどう思いますか」「この流れは自然ですか」と、編集者に相談するような使い方でした。
やり取りを重ねる中で、「ここは知識を書きすぎていますね」「ここは体験を書いたほうが伝わりますね」という話になることが何度もありました。
そのたびに書き直しているうちに、自分でも気づいていなかった変化が見えてきました。
どうやら私は、知らないうちに「知識を書く人」から「経験の過程を書く人」へ少しずつ変わっていたようです。

これからも、きっと同じことを繰り返す
今回書き直した記事も、半年後や一年後に読み返せば、また直したくなるのかもしれません。
その頃には、今とは違う書き方をしている可能性もあります。
そう考えると、リライトには終わりがありません。
でも、それは悪いことではないのでしょう。
その時々で考え方や伝え方が変わっている証拠でもあります。
これからも、リード文だけを直すつもりが、気づけば全文を書き直している。
そんなことを繰り返しながら、少しずつ自分らしい文章になっていくのだと思っています。
とはいえ、記事も増えてきたので、全部ではなく気になった記事だけになるかもしれませんけどね(^^)

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