第2話 ネオクラシック
遠くで、
ガシュッ……
と、鈍い金属音が響いた。
ラスキーのレンズが、ゆっくり海側を向く。
『都市型外部信号低下ヲ確認』
「ん?」
『浮遊補助機構ノ切替ヲ検知』
少し遅れて、
ギャリ……
と、タイヤが砂利を踏む音。
サトウは抱えていた扇風機を作業台へ置いた。
「……早かったな」
土埃を巻き上げながら、一台の浮遊バイクがヤードへ入ってくる。
AreaZへ入った影響か、青白い浮遊光は弱くなり、収納されていたタイヤが地面を掴んでいた。
「ったく……まだシステム入んねぇのかよ、ここ」
ヘルメットを外しながら、若い男がぼやく。
短く整えた髪。
薄い作業ジャケット。
だが、足元だけは妙に綺麗だった。
「地面走るのも悪くねぇだろ?」
「サトウさんだけですよ、そんなこと言うの」
ラスキーのレンズが、浮遊バイクをじっと見つめる。
『非純正部品率三十二パーセント』
「通報はしなくていいぞ」
『通報ヲ取リ下ゲマス』
サトウは少し笑った。
浮遊バイクの側面には古い船舶ランプ。
擦れたステンシル。
明らかに純正ではない部品。
未来的な車体なのに、どこか泥臭かった。
「今日は、どれぐらいありますか?」
「ぼちぼち……かな」
そう言いながらコーヒーを注ごうとしたサトウをよそに、男はヤードの中を歩き始める。
古いラジオ。
流木棚。
錆びた船舶時計。
白く変色した工具箱。
どれも、誰かが使っていた時間を、まだ少しだけ残していた。
男は商品を手に取り、裏返し、傷を見て、静かに戻す。
その目は客というより、仕入れを見定める目だった。
「……これだけ、貰います」
いくつかの商品を指差す。
「毎度」
サトウは指定された品を撮影した。
「最近どうだ?」
「ネオクラシック系は動きますね」
男は流木棚を軽く叩く。
「新品がいくらでも作れる時代なのに」
「だからだろ」
「まぁ、そうなんですけど」
ラスキーがギュル、と小さくキャタピラを鳴らした。
『コレラノ、価格相場ガ不明デス』
「水増しする気か⁈」
男は苦笑した。
「相場が分からないから値段になるんですよ」
『非合理的デス』
「商売ってそういうもんだ」
持てるものはサトウの車へ積み込んでいく。
「……やっぱり、そのロボットは売る気ないです?」
視線の先。
小さな机の前で、ラスキーが工具を整然と並べていた。
小さな机。
継ぎ接ぎの装甲。
胸のラジカセ。
そして、掠れたステンシル文字。
《RUSTKY》
「ラス……キー?」
「ラスキーだよ」
男はしばらくラスキーを見つめた。
「でも……中身、相当弄ってますよね?」
「知り合いのツテでな。俺好みのAI積んでんだよ」
『曖昧表現』
「ほら、こういうとこ」
「最新アップデートだけで、エラい金喰った」
「でしょうね……」
男は呆れたように笑う。
「しかもこの仕様、絶対クレーム来るぞ?」
『不当評価ノ可能性』
「ほら、こういう生意気な返しするからな」
男は吹き出した。
「最近のAI、もっと大人しいですよ」
「だろうな」
「空気読みますし」
「コイツ、空気より先に観察するから」
ラスキーは何も言わない。
ただ、昭和歌謡だけが潮風混じりのヤードへ静かに流れていた。
荷物を積み終え、男は浮遊バイクへ跨がる。
「このラジオ、多分すぐ売れますよ」
「そんなもんかね」
「今、若い連中が妙に好きなんです」
「ラジオなんて聞かねぇだろ」
「聞かないですよ」
男は笑った。
「でも欲しいんです」
浮遊補助機構が起動する。
だが直後、
ガシュッ……
と、ギアが鳴った。
「……また鳴ってるぞ」
「AreaZ入ると調子悪いんですよ」
『整備不良ノ可能性』
「お前ほんと余計なこと言うな」
男は苦笑しながらヘルメットを被る。
その時だった。
「……少し、羨ましいです」
「なにが?」
「そのロボ」
サトウは少しだけ黙った。
ラスキーは相変わらず昭和歌謡を流している。
「最新AIって、もっと……ちゃんとしてるんですよ」
「褒めてんのか?」
「半分ぐらいは」
バイクが土を踏み締めて進む。
「じゃあな、ラスキー」
ラスキーのレンズが、僅かに動いた。
『次回訪問予定、約三十一日後』
「細けぇなぁ」
笑い声が潮風へ溶けていく。
遠ざかるバイク。
昭和歌謡。
土埃。
サトウは、その背中を見送りながら少しだけ口元を緩めた。
「……人気者じゃねぇか」
ラスキーは答えない。
ただ、古い歌だけが午後のAreaZへ静かに流れていた。
