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第3話 地上からの景色

荷台のロープを締めるサトウに、
ラスキーが言った。
『渋滞予測率、七十二パーセント』
「やめろ、朝から気が滅入る。それに、
自分で納品した方が、話が早いだろ?」
ラスキーは、
荷台の奥で小さくキャタピラを鳴らした。
周囲には、修理済みの商品が積まれている。
古い扇風機。
船舶時計。
流木棚。
錆びたラジオ。
その隙間に、
ラスキーが収まっていた。
「そっち寄ってもらってイイ?
扇風機落ちちゃいそうでさ……」
『了解』
ラスキーが少し横へ動く。
サトウは、
その横へ古い毛布を放った。
『保護優先順位ニ疑問――』
「錆びるぞ」
『納得』
黒煙を少し吐きながら、
古いトラックが動き出した。
AreaZの朝は、既に騒がしい。
解体音。
金属音。
作業機械。
潮風。
土埃。
だが橋へ近付くにつれ、
景色は少しずつ変わっていく。
古い車両の列。
ノロノロ進む地上道路。
その遥か上空を、
青白い光が滑っていた。
浮遊輸送車。
自動物流機。
完全自動交通網。
事故も渋滞も無い、
空の流れ。
『上層交通網平均時速――』
「言うな」
『未発言デス』
「言いそうな空気出してた」
橋へ差しかかる。
遠くに、
巨大な都市群が見え始めた。
新神奈川市。
高層広告。
空中交通。
自動搬送レーン。
白く磨かれた巨大建築。
かつて、
サトウが働いていた街。
「……相変わらず、せっかちな街だな」
『移動効率ハ高水準――』
「そこじゃねぇんだなぁ」
サトウは窓の外を見る。
橋の下。
海沿いの端。
古びた石碑が一瞬だけ見えた。
『旧行政区画表示』
「江戸の昔はさ、この辺宿場町だったんだよ」
『宿場町』
「人も荷物も集まる場所だった」
「今は空飛んでるけどな」
ラスキーは、
しばらく黙っていた。
『本質的ニハ、物流機能ノ継続』
「……まぁ、そういうことかもな」
橋を越える。
景色が変わる。
道路脇では、
案内AIが歩行者へ頭を下げている。
無人配送機が、
静かに交差点を横切る。
大型ビジョンには、
最新AIサービスの広告。
だがサトウは、
それらをほとんど見ていなかった。
「……疲れるな」
『気温上昇ニヨル疲労――』
「そういう疲れじゃないよ」
やがて、
バイヤーの店へ到着する。
表通りから少し外れた、
古い倉庫街を改装した店舗だった。
「お、来た来た」
若い男が、
店の奥から顔を出す。
「毎回、ありがとうございます」
「なぁに」
荷台が開く。
ラスキーの周囲から、
商品が運び出されていく。
古い扇風機。
流木棚。
船舶時計。
だが店内へ並べられると、
どれも少し違って見えた。
照明。
配置。
空間。
「……都会のモンになると、高そうに見えるな」
「実際、高いですよ?」
「嘘つけ」
『空間演出ニヨル価値変動ヲ確認』
「お前、そういう言い方すると夢がないよ」
荷下ろしを終えた後。
サトウは、
いつものように買い出しへ向かった。
工具屋。
古本屋。
旧型部品店。
レコードショップ。
保存食。
缶詰。
インスタントコーヒー。
乾麺。
水。
『保存食購入率ガ高イ傾向』
「備えだよ」
『前回モ同様ノ回答』
「学習しろ」
ラスキーは、
小さくキャタピラを鳴らした。
夕方。
帰り道。
荷台には、
買い出し品の段ボールが積み上がっていた。
工具箱。
保存食。
部品。
流木。
缶詰。
その奥で、
ラスキーが半分埋まっている。
信号待ち。
反対車線の後部座席から、
髭を蓄えた紳士が荷台を見ていた。
売れ残りでも眺めるような目に思えた。
もちろん、
気のせいかもしれないが。
ラスキーはただ沈黙。
『商品認識率ヲ確認』
サトウは前を向いたまま、
小さく笑う。
「気にすんな。お前、ガラクタっぽいし」
『肯定ト受理』
「褒めたつもりはないけど……」
トラックが揺れる。
荷物が少し崩れる。
サトウは片手でハンドルを握りながら、
バックミラー越しに荷台を見る。
「おい、缶詰潰れるぞ」
『優先順位ヲ確認』
「ラスキー優先」
少しだけ、
ラスキーのレンズが動いた。
上空では、
浮遊車両が静かに流れていく。
地上では、
古いトラックがノロノロ進む。
土埃。
夕焼け。
昭和歌謡。
サトウは窓の外を見ながら、
小さく呟いた。
「……地上からの景色も、悪くねぇよな」
ラスキーは答えない。
ただ、
古い歌だけが、
夕暮れの道路へ静かに流れていた。


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