【掌編小説】『ウヒョ~』【古賀コン8】
スパンコールが泣きわめく。スパンコールが泣きわめく! 肢体は次第に死体となりゆき身体性から新体制へと、うゆぐるぐゆうるめくるめく変旋光。きらめきやめき、ジュンスイなそれらを放って放ってヒトはすっかりいなくなる。歓声は微炭酸。観客は皆しおらしく、大きな帽子をあみだに被ってさざめいているその様はなめこの群集劇のよう。ドレスコードなのである、その大きな帽子は。一応おハイソな劇場であるが室内脱帽などというルールに中指を立てているのです。私もなめこの一本。ああ高まる高鳴る胸の鼓動に跳ねる血潮。鼓膜に響くはティンパニー。二百二十デシベルほどに――ああそれすら無に帰し音など忘れさせてしまうほどに!――スパンコールがむせび泣く! 息をのんでいる。なめこの群生は息をのむしかない。強烈な美の嫣然たる微笑みを前にして人間ごときに何ができようか? その舞は踊り子を忘れさせる。その舞は舞そのものである。その舞は……嗚呼!筆舌に尽くしがたい!
うねり、くねり、すべり、あおり、ひねり、不意に客の耳に触れ、つねり、はなれ、ゆらり、しなり、とまり、ふらり、まわり、きらり、みのる、それは、乙女の涙で、その時初めて時私は踊り子が乙女だと知る。それと同時に忘れてしまう……舞が舞われているということを。
彼女は舞そのものであり、舞は彼女そのものであり、それでいて彼女は彼女であり、舞は舞であった。十七、八の若い手足はみずみずしく、かと思えば老いさらばえた魔女のようであり、あるいはネコの手、雲仙普賢の雄大な山肌……時計の針のようにかくつきだせば、まったく時間そのもののようにすら思えて、生まれたての赤子のように泣き出してしまいそうになる。それを燃えるような眼差しに躾けられて、失禁を辛うじて抑える……己の尊厳のためではなく、二拍以上の不随意運動がもたらす不協和音を慮って。
脱ぎ捨てられたスパンコールに気が付いた。上着が舞台を鳴らすまで、音楽が止まっていたことにも気づかなかった。円錐形の照明の真ん中、二十四億光年よりもっともっとだだっぴろい闇の真ん中で、彼女はただ、立っていた。上気した頬に髪が一筋落ちる。それを反転するように彼女は跳ねた――裸足が舞台を滑る音。ただただ呼吸の荒い音。るたたんたんるたたった、たるらんるたたん――五本の指まで正確に白い舞台を蹴る。彼女自身が音楽だった。軽かった。硬かった。柔らかくもあった。高慢で、従順で、それでいて下品だった。ああしかしそれは、美しすぎるためだった。足の微かな緊張、腕の一振り……一挙手一投足ごとに、背筋を舌でなぞられるようだった。私は情事を思い出し、そのたびに忘れていった……
拍手がひとつ鳴った。意味が分からなかった。続けてばらばらと鳴り響いた。もっと意味が分からなかった。乙女は息を弾ませて、打ち捨てられた上着を拾い上げていた。そのむき出しの背は無数の太陽でできているように、微かに汗ばんでいた。肩甲骨が見えなくなった。スパンコールの全てが、うちひしがれているように見えた。枯れたひまわりの芯よりもみずぼらしく、円錐の照明を反射していた。ミラーボールは無に等しかった。ただ、彼女の周りだけが明るかった。
彼女は我々の方に向きかけた。紅潮した頬と数本のおくれ毛が見えた。そして彼女はツンと上を向き、照明の先へ行きかけた……その時、ああその時! どれほど私が彼女を崇拝したことか。彼女がこちらを向かなかったなら、きっと私はこうして言葉にはしていなかった。全財産をなげうってでも、彼女の左手のかけられたポールを買い取って溶鉱炉にぶち込んでいただろう……
不意打ちだった。弾けるような笑顔だった。そして円錐の果ての闇へと消えていった……手が振られていた。
私は失望した。訳も分からず、失望していた。劇場を出ると夜明けまで、路地裏の訳の分からない落書きばかり見て過ごした。それらは声の見えない呪文のようだった。言葉もなく唸っているようだった。唸りやめるたびに私は歩を右に進めた……だいぶ遠いところまで来てしまった。あれから、ストリップには行かない。笑顔なんて見せなければよかったんだ。
