気まぐれな押しボタン
整形外科は、ビルの二階にあった。
肩が痛くなってから、エレベーターに乗る動作ひとつにも慎重になった。腕を少し上げるだけで、関節の奥に針のような痛みが走る。だから今日も、私は左手で診察券を握りしめたまま、なるべく右肩を動かさないようにして、エレベーターの前に立っていた。
先に親子がいた。

母親らしい女性と、小学校低学年くらいの男の子。男の子は落ち着かない様子で、壁の案内板を眺めたり、床の模様を靴先でなぞったりしていた。四階には学習塾らしい名前が出ている。二階が整形外科、四階が塾。子どもがいるなら、たぶん四階なのだろう。私はそう思っただけで、特に関心はなかった。
エレベーターが来た。
扉が開く。親子が先に乗り込み、私はその後に続いた。肩をぶつけないよう、身体を少し斜めにして入ろうとした、その瞬間だった。
男の子の指が、閉まるボタンを押した。
扉が動いた。
あ、と思う間もなく、身体が挟まれた。肩に鋭い痛みが走った。骨の奥を、熱い線で引っかかれたような痛みだった。
「痛っ」
声が漏れた。
母親がすぐに振り返った。
「すみません! すみません、大丈夫ですか?」

男の子は、きょとんとしていた。何が起きたのか、まだわかっていない顔だった。私は一瞬、その子を見た。注意しようと思った。ボタンは遊びで押すものじゃない、と言えばよかった。ここは病院で、身体の悪い人も乗るんだ、と。
でも、言葉は出なかった。
子どもがやったことだ。親も謝っている。大ごとにするほどではない。そう考える自分がいた。けれど、肩は痛かった。私はその痛みを抱えたまま、ただ「大丈夫です」と言った。
本当は、大丈夫ではなかった。
二階で降りると、受付の前に立ちながら、さっきの出来事が何度も頭の中で再生された。閉まる扉。男の子の指。母親の謝罪。そして、何も言えなかった自分。
診察を待つ椅子に座ると、怒りが遅れてやってきた。

子どもだから仕方ない。親が謝ったからもういい。そう思いたいのに、胸の奥に硬いものが残っている。肩の痛みより、その硬さのほうがずっと厄介だった。
私は昔から、強く言い返すのが苦手だった。
理不尽なことをされても、その場では言葉が出ない。あとになってから、ああ言えばよかった、なぜ黙っていたんだ、と自分を責める。以前勤めていた会社でもそうだった。おかしいと思うことは山ほどあった。傷つく言葉も、納得できない扱いもあった。それでも、その場では飲み込んだ。飲み込んだものは消えず、身体のどこかに残った。
今日のエレベーターの扉は、その古い場所を押したのだと思う。
四階の学習塾に言うべきだろうか、と一瞬考えた。あの親子は、たぶんそこに行ったのだろう。けれど、本当にそうかはわからない。クレームを言ったところで、肩の痛みが消えるわけでもない。むしろ、また自分の中でこの出来事を大きくしてしまう気がした。
診察が終わって、ビルを出た。
外の光は少し白く、午後の歩道には人がまばらだった。肩をゆっくり回してみる。痛みはある。けれど、ひどくなっているわけではなかった。
私は立ち止まり、小さく息を吐いた。
許したわけではない。
忘れたわけでもない。
ただ、これ以上この出来事に、自分の一日を渡したくなかった。
子どものしたことだから、大ごとにはしない。親も謝った。だから外には出さない。けれど、痛かったことと、腹が立ったことは本当だ。その場で言えなかった自分を、これ以上責めるのはやめよう。
そう思うと、肩の奥の痛みとは別に、胸のあたりが少しだけ緩んだ。
エレベーターの扉は、もう閉まっている。
けれど私は、その前に立ち尽くしたままではいない。

