晴れた日の遠回り
晴れていた。
それだけの理由で、自転車のハンドルをいつもとは違う方向へ切った。
いつもなら近くのコンビニで弁当を買って帰る。それで十分だった。でも、その日は空があまりにも青くて、「少しだけ遠くへ行こう」と思った。
業務スーパーまで足を伸ばした。
店内は安さを求める人たちで賑わっていた。カゴを押しながら、コンビニのような一人分の弁当を探す。しかし、見当たらない。
何度か売り場を往復し、結局カゴに入ったのは、スナック菓子や甘いものばかりだった。
レジを済ませ、袋の重みを感じながら店を出る。
「また、こんなものを体に入れるのか」
その言葉は誰かに責められたわけではない。自分が自分に向かって言った言葉だった。
健康に気をつけたい。痛みを少しでも減らしたい。そう思っているのに、現実は思うようにいかない。
自転車をこぎながら、袋の中身がやけに重く感じた。
それ以上に重かったのは、右肩だった。
昨日から痛みが強くなっていたが、今日は別物だった。
腕を横から上げようとすると、ある角度までは動く。しかし、その先へ行こうとした瞬間、見えない壁が立ちはだかる。
痛い。
というより、「そこで終わりです」と体そのものに宣告されるような感覚だった。
何度試しても同じだった。
腕は、それ以上、上がらない。
少し前まで、痛みはあっても生活はできていた。けれど今日は違う。
シャツを着替えるだけで苦戦する。
棚の上に手を伸ばせない。
髪を整える動作さえ億劫になる。
人は腕を上げることを、こんなにも当たり前に繰り返しているのだと、失って初めて知る。
家に帰ると、買ってきたお菓子を机に並べた。
食べたいわけではない。
食べるしかないと思って買っただけだった。
窓の外は、まだ明るい。
せっかく晴れていたのに。
少し遠くまで行けたのに。
その小さな冒険の終わりに待っていたのは、健康的な食事でも、気分転換でもなく、肩の激痛と、少しの自己嫌悪だった。
それでも、不思議なことが一つあった。
今日は家から出られた。
晴れた空を見て、自転車を走らせようと思えた。
それだけは、本当だった。
人生は、何かを手に入れた日よりも、何も手に入らなかった日のほうが、あとになって長く心に残ることがある。
遠回りをした日。
思いどおりの食事は買えず、肩はさらに動かなくなった。
それでも、その一日は確かに存在した。
帰り道、夕暮れの風が頬をなでた。
腕は上がらなかった。
でも顔だけは、少しだけ空を見上げることができた。
