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名前のない厨房から


この校舎の最初の一歩を踏むことになるのが、私の仕事の始まりなのかもしれない。

廊下はまだ暗い。電灯をつけるのも私だ。スイッチを押すたびに蛍光灯が一本ずつ目を覚ます。その順番さえ、もう体が知っている。

給食室に入り、白衣に袖を通す。エプロンの紐を後ろで結ぶとき、今日が何日かをふと考えた。残り、四十三日。数えるつもりはなかった。けれど数は出てきた。紐を結ぶ手が、少し遅くなった気がした。気のせいかもしれない。それとも、体が先に知っているのかもしれない。


大鍋に水を張る。出汁用の昆布を沈める。

八時になると校門の外が騒がしくなる。声が聞こえるわけではない。ただ、空気が変わる。子どもたちが来た、とわかる。給食室には窓がひとつしかなく、それも曇りガラスだ。私は一度も子どもたちの登校する姿を見たことがない。それでも、わかる。

十年もすれば、学校は体の一部になる。二十年もすれば、もう区別がつかなくなる。

昆布を引き上げ、鰹節を入れる。この三十秒が好きだ。出汁が変わる瞬間は、いつも少し緊張する。二十年経っても、そこだけは慣れない。大鍋の縁から蒸気が上がる。眼鏡が曇る。冬はこれが嫌いだった。今は、これがないと物足りない。


今日のメニューは豚汁と鯖の味噌煮、ひじきの煮物。献立表は一ヶ月前から決まっているが、当日の朝に見ると、いつも初めて知ったような気持ちになる。

包丁を動かしながら、今日は何人分か頭の中で確認する。五百十二人。一人も欠けずに来てくれれば、五百十二人分なくなる。

十二時を過ぎると、廊下に足音が増える。当番の子どもたちが食缶を取りに来る。給食室の窓口から手だけが伸びてくる。顔は見えない。「重いから気をつけて」と言うと、「はーい」と返ってくる。声の主が何年生かも、わからない。二十年いて、名前を呼ばれたことがない。「給食のおばさん」で十分だし、それで構わない。構わないのだが、今日はなぜかそのことを考えた。


食缶が戻ってくる。中を確認する。空だった。全部、空だった。

私の名前を知らない子が、私の作ったものを食べた。私の顔を見たことがない子が、今日もお腹を満たして、昼休みに走り出した。

それでいい、と思う。それがいい、とさえ思う。



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