見出し画像

なぜ「深い絵」は抽象になりやすいのか?ロスコ、ロペス、等伯から考える

美術の世界ではよく、

・抽象画は難しい
・具象画は分かりやすい

といった話が出ることがあります。


しかし実際に作品を見ていると、
抽象、具象の二項対立では説明できない体験が
起こることがあります。

たとえば、

・言葉にできない静けさに包まれる
・空間の感じ方が変わる
・重心や呼吸が変わる

といった体験です。


私はこうした作品を、
「深度の深い作品(=深い意識状態へ誘う作品)」
と呼んでいます。


そして美術史を眺めていると、
このような深い作品は
抽象画にも具象画にも存在する

ことが分かります。

その象徴的な例が
マーク・ロスコ(Mark Rothko)
アントニオ・ロペス(Antonio López García)です。

---

抽象のロスコ、具象のロペス


20世紀を代表する抽象画家であるロスコ。

彼の代表作は
巨大な色の矩形だけの絵画シリーズですが、
実物の前に立つと多くの人が

・空間が変わる
・身体の感覚が変わる
・静かで厳かな深さを感じる

といった体験をします。


ロスコはモチーフをほぼ完全に排除し、
色の空間そのものを作ることで
深い体験を生み出しました。


一方で、スペインの画家ロペスは
徹底した具象画家です。

彼は

・マドリードの街
・生活感のある室内
・親しい人物(家族など)

といった身近なモチーフを描き続けています。

しかし彼の作品を見ていると
それらは「街」「部屋」「人物」
という意味を超えて、

ただそこに存在しているもの

として現れてきます。


つまりロペスは
具象画を描きながら
モチーフの意味を消してしまう

画家なのです。

---

深い作品が成立する条件


ロスコとロペスは方法が全く違いますが、
起きていることは似ています。

どちらも、
モチーフの意味が消えるのです。


ロスコは、
具象的モチーフを排除することで
意味を最初から発生させない。

ロペスは、
徹底した観察によって
モチーフの意味を溶かしてしまう。


結果として観客は、

何かを理解する
何かを解釈する

という状態から離れ、

存在そのものと向き合う状態

になります。


つまり、
抽象でも具象でも深い絵は成立する。


ただし条件があります。

それは

① モチーフの意味が過剰に働かないこと
② 作者自身が意味付けを手放していること


この二つです。

---

東洋の深い具象絵画


この条件で美術史を見直すと、
非常に興味深いことが分かります。

東洋美術の中には、
かなり早い段階から
具象を用いた深い深度の作品が
存在していました。


その代表例が

長谷川等伯 の「松林図屏風」

です。

この作品は一見すると
松林を描いた風景画です。

しかし実際には

・松はわずかしか描かれていない
・画面の大部分は霧
・空間そのものが主役

になっています。


観る人は、

「松を見る」
という状態から
「空間に入る」
という状態に移ります。

つまり松林図屏風は、
具象を入口にして空間を体験させる作品です。

これはロスコやロペスと同じく、
深い深度を生み出す構造を持っています。

---

なぜ20世紀以降は抽象が増えたのか


ではなぜ、近代以降は
深い作品が抽象画に多く現れるように
なったのでしょうか?

その理由の一つとして考えられるのが、
社会のグローバル化です。


具象画は基本的に
文化的な記号 を扱います。


例えば

・松
・リンゴ
・牛

といったモチーフは
文化圏によって意味が変わります


社会がローカルであった時代には、
モチーフの意味は比較的共有されていました。

しかし近代以降、
社会は急速にグローバル化します。


すると、
一つのモチーフに複数の意味が重なる
ようになります。

その結果、具象画を見ると

・文化
・記憶
・物語

などが次々と呼び起こされ、
思考が働きやすくなる

深い絵画体験には
思考が静まることが重要なので、
そういった意味で

グローバル社会において
抽象は有利な方法になった


と考えられます。

---

深い絵を生み出す方法は時代によって変化する


ここまで見てきたように、
深い絵は抽象にも具象にも存在します。

ただし、

深い絵を生み出す方法は
時代によって変化します。

例えば、

・古の東洋では空白や霧によって深さを作った
・近代では抽象化によって意味を減らした
・現代のある画家は具象のまま意味を溶かした

など。

つまり、

深い絵は特定のスタイルに
属するものではなく、

時代や社会の条件に応じて、
絶えず方法を変えながら現れてきたもの

なのです。


そしておそらくこれからも、
その方法は変化し続けるでしょう。


▶ 抽象画による個展を開催します。


深度/Depth  香久山雨 個展

2026.3.27(金) - 3.29(日) 10:30-18:30
銀座 HIKO HIKO GALLERY
東京都中央区銀座4-13-11 太田興産銀座M&Sビル2階


いいなと思ったら応援しよう!