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最初の一歩はバンジージャンプ。 |読書の秋2025『漫画家やめたい』


分岐点は、一件のメッセージだった。
「迷ってるなら久しぶりに軽くバスケットでもして直接話さない?」

その提案は、友人に自分の悩みを打ち明けた
翌日のことだった。

その友人とは2年も顔をあわせていない。
ただ思い当たるのがその人しかいなくて、

絞り出すように連絡して、わざわざ自分のために時間を使ってくれることが嬉しかった。

普段なら絶対に断っていた。
「社会人になってまで運動したくないよ。」って。

復職するのか、転職するのか。
ただ、人生の選択肢を決めるのに、少し寄り道したくなった。

心が弱っていたから。苦しかったから。

疲れたけど楽しくて。
その寄り道した「雑談」で、救われる人もいる。

なんだか、他人事とは思えなくて、その本を手に取った。

もしも「雑談会」をする前の、吉本ユータヌキ先生に声をかけるとして、

「共感しました。」なんて薄っぺらい言葉で声をかけたら、
きっと先生も、わたしまでモヤモヤしてしまうだろうと思ってしまった。

「悩み」なんて、結局本人しかわからないのだから。

「よく迷ったらすぐ相談!」って言われるけど、そんな簡単にできるわけなくて。
溜め込んでしまう。

人と比較してしまう他人軸っていうのも、
意識しないようにしていても、気づいたら、どこからか心の隙間に入ってくる感覚。

わたしの心の動きをなぞられているような。
そんな気がした。

特に印象的なのは、
オンライン会議での打ち合わせのシーン。
相手はマルチタスクで作業していて、自分の話をちゃんと聞いてもらえない。

一生懸命話したのに。

「どうしてだよ! 不公平じゃないか?
こっちはしっかりと目を見て話してるのに。
ちゃんと1on1で話を聞けぇ‼︎」
って思ってたら、次のページでしっかり「雑談会」前の先生の感情と重なっていた。

でも、「雑談会」を経て、少しずつ先生の中の考え方や感情が整理されていく。

「5分でいいんで手を止めて、話を聞いてもらえませんか?」

ちょっとだけ震えながら話すその一言が、どれだけ大変だっただろうか。
読んでいて「やったぁ‼︎」ってなって。
まるで、バンジージャンプをするような気持ちになる。

飛べるイメージはあるのに、体は動かなくなるような。
でも、飛んでしまったら気持ちよくて。
あれ?意外と大丈夫だったと。

正直なところ、読むまでは、
「雑談会とかコーチングってなんか怖い。自分の悩みは自分でしか払拭できないんだよ!」
という斜に構えた態度だった。

ただ、本書で語られてる「雑談会」。
コーチングというものは、

「こうあるべきだ」や「謎の説教」など一度もなかった。

まるで写し鏡のように、
「導く」のではなく「問い。」の石を投げる。

悩みの波紋が揺らいで、
やわらかい雑談の中から、自分の納得を探して、泳いでいく。

「吉本さんはどうしたいんですか?」

コーチングのプロ中山さんの「問い」からはじまり、消しゴムに落ち込む自分を描いて、自分自身に問いかけていく。

雑談の中から、いつも答えはご自身で出されていましたね。

悩みは誰にも理解されない。

それでも、たった一つの問いかけで自分を整理していくことができる。
そんな作品でした。

本気の雑談は、悩みの箱の鍵を、
じぶんで探せるようになる。

最後になりますが、
素敵な作品ありがとうございます。

本当に「共感しました。」