小説の場所
ログインせずにnoteを覗いてみた。
普段、小説を書いたり、読んだりしている。
noteでチェックするのも、だいたい小説を書いている人や、詩を書いている人のものだ。
そうしていると、それが自分の中では当たり前になっていて、
「noteって、そういう場所だよね」
みたいな気持ちになってしまう。
でも、ログアウトしてnoteを見てみると、
「創作とは一体なんだっけ?」
くらいの扱いだった。
たぶん、何かを発信すること。
ブログのようなものでも、日記でも、仕事の話でも、何でもいい。
そういうものを全部ひっくるめて「創作」と呼んでいる場所が、noteなんだろうなあと、しみじみ思った。
それにしても、物語を書くとか、詩を読むとか。
そういうことはやっぱり、世間から見れば、ずいぶん隅っこのほうにあることなんだろうなあ。
自分がいつもいる場所だけを見ていると、そこが世界の中心みたいに思えてしまう。
でも、一歩外から見ると、案外そんなことはない。
まあ、それはそれでいいのだと思う。
隅っこには、隅っこの楽しさがある。
編集後記
何かを定期的に書くというのは、思っていたより大変ですね。
創作論とか、AI論とか、自分の中にはそれなりの基準があります。
ただ、それを書いたところで、たぶんかなりの部分は自己満足です。
そして、それは作品で見せたらいいもの。
わざわざ語る必要もない。
それに、何かを書くということは、その時点の考えを言葉にして、少し固定してしまうこと。
それが、どうにも苦手です。
朝には「これがいい」と思っていても、夕方には「なんか違うな」と思うかもしれない。
違うと思ったら、やめればいい。
私はたぶん、朝令暮改を悪いことだと思っていない側の人間なんでしょうね。
考えが変わったなら、変えればいい。
それだけのことなんですけど。
そう考えると、定期的に何かを主張し続けるというのは、私にはあまり向いていないのかもしれません。
だから今日も、大したことは書いていません。
ログアウトしてnoteを見たら、思っていたより創作は隅っこにあった。
ただ、それだけの話です。
物語を書いてるほうがやっぱり楽ですね。
