零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep6 前は横
ギルド長は帳面を見ながら言った。
「ガルドはまだか」
ミラは紙を一枚めくった。
「休みですね」
「ニルは暁のままか」
「ええ。リーダーもどこか楽しそうです」
「そうか。ガルドの怪我は治ってるんだよな?」
「ええ、多分。サルカが言ってました」
ミラは紙を帳面に閉じた。
「頭痛いな」
「面倒ですね」
ギルド長は机に肘をついた。
「そこは否定しろ」
「事実ですので」
「俺は宿に行かない方がいいな」
「そうですね。ガルドが逃げます」
ギルド長は帳面を閉じた。
窓の外で、誰かの笑い声がした。
ギルド長が階段の上に立った。
短く指笛を鳴らした。
片目の男が卓に木のジョッキを置いた。
木の椅子を引く音が一つ残って、すぐに止まった。
ギルド長は手すりに片手を置いた。
指が手すりを叩いた。
「今日から森の西には入るな。採取は手前までだ」
前の方で、若い冒険者が顔を上げた。
「西はどうするんですか」
「調べる」
それだけ言って、ギルド長は受付台に目をやった。
「西の調査は二パーティで組め。腕の立つやつを混ぜろ。単独は認めん」
ミラが帳面を開いた。
「該当する依頼は、受付で振り分けます。採取組は境の石より奥へ入らないこと。違反した場合、報酬は出ません」
誰かが舌打ちした。
「石の先に薬草があるんだよ」
ギルド長がそちらを見た。
「自分の首を持って帰れ」
ミラは紙を一枚めくった。
「以上です」
ギルドの扉を開けて暁の男たちが入ってきた。
ニルがリーダーの横にいた。
「西へは入るなってよ」
片目の男が言った。
「俺達は関係ねぇ。いつも東だ」
軽口の男が返した。
リナが首を傾げて口元を上げた。
「おはようございます」
リーダーが受付台の前に立った。
「西はどうした?」
「調査になりました」
「まだ赤いのはいるのか?」
リナが帳面をめくった。
「討伐はされていません」
「今、西へ入っているのは?」
「今日は蒼月さんです」
「なら、入らなくていいか」
「無理することはねぇ。あいつらは人も多い」
軽口の男が言った。
「お前は余計な事を言うな」
「今のは余計じゃねぇだろ」
周りが笑った。
「じゃあ、暁、今日は北寄りへ行ってくる」
リナが首を傾げて、口元を上げた。
「いってらっしゃい」
暁の男たちが扉の手前まで行ったとき、扉が開いてサルカが入ってきた。
「いいかい」
「どうした、サルカ」
「ニル、返してもらうよ」
「ニル、かーちゃん来たぞ」
軽口の男が言った。
「お前は黙ってろ」
「お前は黙ってろ、だろ?」
軽口の男がリーダーに声を重ねた。
壁際の長卓で木のジョッキを傾けていた男が笑った。
「ニルは好きにしてもらって構わない」
「そうかい。いいよね、ニル」
サルカはニルを見た。
「うん」
ニルはリーダーを見た。
「サルカ、何かあったらいつでも言ってくれ」
「そうかい?」
「あぁ」
「何かあっても困るけどね」
サルカが笑った。
サルカはニルの袖を掴んで受付台へ歩いた。
「な、リーダー、なんかあれだな」
「もともと俺達はこの集まりだ」
「まぁ、そうなんだけどな」
「それでいい」
暁のリーダーが扉を押した。
「リーナー」
サルカが受付台に歩いてきた。
リナは顔を上げた。
「あたしたちは好きにするよ」
「はい?」
「西はどうなのさ」
「調査です」
「そうかい。じゃあ西だね」
リナは一度だけニルを見た。
「わかりました。奥には入らないことになってます」
帳面にペン先が走った。
階上の手すりにギルド長が寄りかかって見ていた。
「何もしやしないよ」
サルカが見上げて言った。
「なにかされても……好きにしろ」
ギルド長が笑った。
「リナ、行ってくるよ」
サルカが言った。
ニルは頭を下げた。
ギルドの手前の曲がり角まで来て、ガルドは足を止めた。
扉の向こうから笑い声がした。
少しだけ壁に寄る。
扉が開いた。
ニルとサルカが並んで出てきた。
「ニル、ほら、行くよ」
「待って、サルカ、早い」
サルカが笑った。
ニルの口元も少し緩んでいた。
二人はそのまま通りへ消えた。
ガルドはしばらく動かなかった。
後ろから声がした。
「道を忘れましたかな?」
バルトじいが立っていた。
「いや」
「お前さん、もういいのか」
「まだ痛みはある」
「じゃあ、生きとるな。どーだ、入らんか」
ガルドはバルトじいの後をついてギルドに入った。
「おはようございます」
リナが顔を上げた。
「ニルさん達なら、今、出ましたよ」
ガルドの手が止まった。
「あぁ」
「入れ違いでしたね」
「そうなのか」
ギルドカードを置く。
「入れ違いか」
階上から壁を叩く音がした。
ガルドが顔を向けた。
ギルド長が手の甲を見せて指を二度曲げた。
ガルドは階段を上がった。
そして、頭を下げた。
「話を聞くだけだ」
ギルド長は机に寄りかかった。
隣にいたミラが階段を降りた。
「痛みは?」
「動ける」
「痛みは?」
「ある」
「そうか」
ギルド長がガルドの目を見た。
「やれると思ったか?」
ガルドは下を向いた。
「一人で、やりたかった」
ギルド長は手すりまで歩いた。
振り向いて背を預けた。
「だからBなんだ」
ガルドは動かなかった。
「行っていいぞ」
ガルドは下を向いたまま階段を降りた。
大剣の留め具が小さく鳴った。
茂みの奥で、枝が折れた。
ゴブリンが二体、低く身をかがめて出てきた。
一体が錆びた短剣を握っていた。
もう一体は折れた棍棒を引きずっていた。
サルカが肩を回した。
「あたしがやるかい?」
「大丈夫」
ニルが前に出た。
「おや」
サルカが目を細めた。
ゴブリンが左右に開いた。
ニルはその間へ入った。
短剣が振られる前に、杖の先が左のゴブリンの膝を払った。
体が横へ崩れた。
ニルはそのまま足を止めなかった。
棍棒が落ちてくる下を、体を流して抜けた。
杖を持つ手が返った。
後ろから、背中へ一刺し。
ゴブリンの息が詰まった。
倒れた一体が起き上がろうとした。
ニルは待った。
ゴブリンが起き上がった。
膝が伸びかけた。
ニルが踏み出した。
ローブが揺れた。
杖が喉に入った。
ニルが杖を抜くとゴブリンは前のめりに倒れた。
土が少し跳ねた。
二体とも動かなくなった。
サルカが、声を出して笑った。
「ニル、なんだい、それは」
「届いた」
サルカはまだ笑っていた。
「魔法使いの動きじゃないねぇ」
「僕は魔法使い」
「あぁ、そうだったね」
ニルは杖を拭きながら言った。
「杖は硬い」
サルカは目を開いて、それからまた声を出して笑った。
それから二人はしばらく歩いた。
「もう居ないみたいだねぇ」
「うん」
折れた枝が、道の端に散っていた。
サルカはしゃがんで、土に残った跡を見た。
深い足跡が、森の奥へ続いている。
少し先で、幹から折れた若い木が倒れていた。
「これは、いやだねぇ」
ニルは前を見た。
木の間を、オークが一体、歩いていた。
棍棒を肩に担いでいる。
「ニル、面白いもの見せてあげるよ」
サルカはニルの肩に腕を回した。
「いいかい。あたしの横にいるんだよ」
「うん」
サルカとニルはオークの正面をゆっくりと歩いた。
オークが顔を上げた。
サルカが指で宙に円を描いた。
オークが棍棒を振り下ろした。
サルカは片足を引かなかった。
「お前の前は横だよ」
次の瞬間、オークの横腹がへこんだ。
巨体が草を削って転がった。
「どうだい、面白いだろう」
サルカが笑った。
しばらく待っていた。
オークがゆっくりと立ち上がった。
そして吠えた。
足元がぐらついていた。
「ニルの魔法も見せておくれよ」
「うん」
サルカがもう一度指で宙に円を描いた。
サルカが言った。
「正面は真後ろだよ」
「うん」
ニルがオークの正面に立った。
オークは首を回していた。
ニルは指を伸ばして、オークの腹に触った。
「ゼロ」
音が消えた。
オークの腕が止まった。
体がわずかに揺れた。
それから、真後ろに倒れた。
地面が鳴った。
サルカはオークを見下ろした。
「ニル、今度はなんだい?」
「中、止めた」
「止めた?」
サルカはオークの首を触った。
「冷たいね」
「オークはお肉。だから冷やした」
サルカは体を曲げて笑った。
「お前さん、ほんとに魔法使いかい」
「うん」
サルカは笑い続けた。
二人はしばらく歩いた。
「帰るよ、ニル」
「うん」
サルカがニルの手を掴んだ。
「冷たいねぇ」
サルカがニルを見た。
「魔法使うと、僕の中も少し止まる」
「そうなのかい?」
「少しだから戻る」
「それならいいんだけどさ」
ニルが立ち止まった。
サルカを見た。
「サルカは冷えない?」
「あたしは冷えないね」
「そう」
「立つ場所が少しわからなくなるね」
「そう」
「たくさん使うと町が消えるけどね」
「町?」
「町だよ」
「そう」
ニルは帽子のつばに指をかけた。
いつもより深くかぶった。
森の鳥が一斉に飛んだ。
軽口の男が足を止めた。
「な、な、リーダー」
リーダーが振り向いた。
「なんだ」
「やっぱり北寄りに来てよかったろ」
「どうした、いきなり」
「今の鳥、あれ、サルカだ」
「鳥?」
軽口の男が人さし指を立てた。
「今飛んだろ」
「あぁ」
「鳥があんな感じになる時は何かあるんだ」
「そうなのか?」
「サルカは西に来てる」
「根拠はあるのか?」
「俺の勘だ」
リーダーが左の空を見た。
「ニルを連れてるなら、西には寄らないだろ」
「ニルもなんかある」
「なんかって?」
「なんかだよ」
「いいから前見て歩け」
「でもよ」
「はっきり言う」
「なんだよ」
「俺もなんとなくそんな気は、する。だから歩け」
「なら、うん、そうだな」
「リーダー」
リーダーは歩きながら言った。
「今度は何だ」
「あの沢、伝って歩くと早え。これも俺が勘で見つけた道だ」
リーダーが振り向いた。
「よし、沢伝いに行くぞ」
扉が開いた。
「リナー、帰ったよー」
リナは受付台に立っていた。
髪を二度なでた。
サルカが受付台に寄った。
「報告書、書いておくれ」
「討伐数は」
「オーク一体。ゴブリン二体」
リナは帳面を開いた。
ニルが言った。
「サルカが前を横にした」
「はい」
「僕が中を止めた」
「はい」
リナはペンを置いた。
「もう一回、最初からお願いします」
サルカがニルに一歩寄った。
口元が緩んでいた。
「前を横にした」
サルカが言った。
「僕が中を止めた」
ニルが言った。
リナは帳面に目を落とした。
ペン先が紙に触れたまま、動かなかった。
リナは後ろを振り向いた。
奥からミレイが出てきて、受付台に手を置いた。
「討伐。オーク、一体。ゴブリン、二体」
「これでいいんですか?」
リナが聞いた。
ミレイは帳面を見た。
「ほかに何か書ける?」
「じゃあ解体屋に置いてくるからさ。あとは頼んだよー」
サルカは振り返った。
「ニル、行くよ」
「うん」
手前の卓で、軽口の男が木のジョッキを置いた。
「バルトじい」
「なんじゃ」
「今のわかったか?」
バルトじいは木のジョッキを持ち上げた。
「わしに聞くな」
階上でギルド長が手すりから身を乗り出していた。
軽口の男と目が合った。
「俺を見るな」
ギルド長が笑った。
通りの店の灯りが道を薄く照らしていた。
土の道が靴底で小さく鳴った。
ミレイは布の包を胸の前で抱えていた。
パンの匂いが上がってきた。
前の方に見える町外れの宿には灯りがついていた。
ミレイは扉の前に立った。
小さな羽虫が一匹飛んでいた。
取っ手を握ると、扉の隙間からスープの匂いがした。
扉を開けた。
「誰だい」
おばちゃんが皿を重ねていた。
ミレイは頭を下げた。
「ガルドさんは」
「居るよ。呼ぼうか? ずっと部屋に居てもう邪魔でさぁ。あんたからも、なにか言ってやっておくれよ」
「あの、私は、これを」
「呼ぼうか?」
「渡していただけたら」
ミレイは包を差し出した。
「なんだい、これは」
「あの、余り物です」
「そうかい」
「名前は?」
「あ、いいです。お願いします」
おばちゃんはミレイの顔を見た。
ミレイはまた頭を下げた。
「しょうがないねぇ。渡しとけばいいんだね」
「お願いします」
おばちゃんは包を受け取った。
ミレイは頭を下げて、宿を出た。
おばちゃんは包の匂いを嗅いだ。
「余り物ねぇ」
ミレイが宿を少し離れたとき、背中に声が聞こえた。
「ガルド! ガルド! なんか預かったよ」
ミレイは振り返って窓の灯りを見て、また歩き出した。
