零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep12 ご要件は何ですか
バルトじいが長卓へ来た。
「お前さんたち、休みか」
「あぁ。ニルも俺も、たまにはな」
「で、なんでギルドに来た」
ガルドが受付台の奥へ視線を向けた。
「なんじゃ、見てるだけか」
ニルが帽子を直した。
「ガルドは弱気」
「弱気だぁ?」
「リーダーが言ってた」
「何だよそれ」
奥の卓でサルカが陶杯を揺らしながら笑った。
バルトじいが収納袋を床に置きながら言った。
「サルカも休みか」
「あたしはやりたいことしかやらないよ」
バルトじいがガルドの向かいに座った。
「お前さん、大変な奴らに囲まれてるのう」
「慣れだ」
「慣れるのか」
バルトじいが笑った。
ギルドの扉が開いた。
暁の男が走り込んだ。
「ワイバーンだ」
ギルド長が階上の手すりから身を乗り出した。
「詳しく」
「リーダーが負傷した」
「ほかには」
「今、戻ってるところだ」
「歩けるのか」
「肩借りてる。リーダーは二日は無理だ」
「なら、戻ったやつから寝かせろ。ひどいやつは治療院に回せ」
リナが書類箱を棚から取っていた。
「リナ、地図だ」
「はい」
リナが箱から地図を取り出した。
暁の男が地図を見て指を置いた。
「北から西へ抜ける道だ。西のこの岩の辺りだ」
ギルド長が階上から降りてきた。
地図を見てから、酒場を見た。奥の席も、壁際も空いていた。
「お前達だけか」
「みんな出払ってる」
「職員は森の東へ。出てるやつらを戻せ」
「はい」
職員の男が棚から靴を取り出して、履き替えた。
ガルドが立ち上がった。
「西は俺が行く」
ニルも椅子から降りた。
「僕も行く」
バルトじいが陶杯を卓に置いた。
「休みは終わりじゃな」
ギルド長がバルトじいを見た。
「何かできるのか」
「馬のほうが走るよりましじゃろ。馬と馬車を預かっててのう。森の入り口までなら出せる」
ギルド長の口元が緩んだ。
そのまま手首を払った。
バルトじいは扉を開けて外へ出た。
サルカが立ち上がってニルに言った。
「あたしもいいかい」
ニルはガルドを見た。
「あぁ、頼む」
ガルドが大剣を背負って扉へ歩いた。
ギルドの前に馬車が停まった。
「これ、馬車なのか? 荷車つけただけじゃねぇか」
「馬で引けば馬車じゃよ」
バルトじいが笑った。
「あたしも乗るのかい……」
「うん」
ニルとサルカが地面を蹴って飛び乗った。
ガルドが荷台に手をかけた。板がきしんだ。
ニルとサルカが両側から引いた。
「荷物だな」
サルカが端にしゃがんだ。
「荷物だねぇ」
「うん」
バルトじいが手綱を持った手首を返した。
馬が歩き出し、荷車が揺れた。
荷車が石を踏んだ。ガルドの身体が少し浮いた。
「尻が痛えな」
よろずやの店主が店員に腕を引かれて表に出てきた。笑いながら手を振っていた。
サルカが荷車の縁から下を見た。
「……降りていいかい」
ニルは答えなかった。
町の門を過ぎてしばらくすると、バルトじいが手綱を引いた。
荷車の板がきしんで鳴った。
ガルドが荷車から降りて、体を回した。
ニルとサルカは飛び降りた。
「なんか疲れたね、ニル」
ニルは帽子を直して頷いた。
バルトじいは馬の首を撫でていた。
「わしは帰るとするかのう」
「バルトじい、あとで使い古しでいいなら、あたしの馬車持っていきな」
「動くのか」
「動かすんだよ」
バルトじいは笑いながら馬を引いて帰っていった。
サルカが草を踏みながらガルドを見た。
「ガルド、どうするんだい」
「考えてねぇ。岩まで行けば、なにか分かるだろ」
しばらく歩くと茂みが揺れた。
ガルドが足を止めた。
柄に指をかける。
「何してるんだい」
歪の天の女たちが出てきた。弓を背負った女が言った。
「今日は何もいないねぇ。ネズミもいないよ」
サルカが一歩出た。
「ギルドに戻りな。暁がワイバーンとやりあったよ」
茂みが風で揺れた。
弓の女が茂みを見た。それから女たちと顔を見合わせた。
「生きてるんだね」
「治療院さ」
「サルカたちはどうするのさ」
「どうしようかねぇ」
サルカがニルとガルドに目をやった。
歪の天の女たちは、森の入り口へ歩いた。
ガルドたちはそのまま奥へ進んだ。
ニルは上を見ながら歩いた。
時々、草の根を踏んで体が揺れた。
「鳥がいない」
サルカが足を止めた。空を見て目を細めた。
「いないねぇ」
ガルドが大剣の肩紐を締め直した。
「そろそろ、岩かい?」
サルカが地図を広げて辺りを見回した。
「こっちの道だねぇ」
左に曲がった。
少し行くと視界が開けた。向こうに大きな岩があった。
「周りに何もないじゃないか」
もう一つの岩の向こうで、何かが動いた。
馬ではなかった。胴は馬より太く、首は人の胴ほどあった。
畳んだ翼が、岩肌に擦れていた。
ガルドが足を止めた。
「あれか」
ニルが杖を握り直した。
「大きい」
サルカが少し首を傾けた。
「嫌な大きさだねぇ」
ガルドがサルカを見た。
「どうする」
サルカがニルを見た。
「ニル、止められるかい?」
「半分くらい」
「そうかい」
サルカが二人を見た。
「あたしが落としてもいいんだけどさ、あんたたちもおかしくなっちまうからねぇ」
「おかしくならねぇやり方はないのか」
「ガルドが斬るかい?」
「斬れるのか?」
「手前の岩まで行って、気づかせるんだよ。ニルが半分止める。あたしが上に落とす。下に落ちてきたら斬りな」
「上に? 落ちるのか」
「わからなかったらいいよ。下で待ってな」
サルカがニルに目をやった。
「ニルは無理するんじゃないよ」
「大丈夫」
ニルが帽子を深く被り直した。
「いいかい、手前の岩まで走るよ」
ワイバーンが翼を広げて首を回した。
ニルが飛び出した。サルカが後を追う。ガルドがその後を走った。
ガルドが深く息を吸った。
「近くで見ると、あの羽気持ちわりぃな」
「あたしは全部嫌だねぇ」
「うん」
サルカが岩陰から顔を出して、ワイバーンに目をやった。
「ガルド、ワイバーンの気を引きな。こっちに来たら、ニルに任せな」
ガルドが岩陰から出た。
手を振りながら、何度か跳ねた。
「何してるんだい?」
サルカが言った。
ガルドが戻ってきた。
「あいつ気が付かねぇ」
サルカが笑った。
「珍しい生き物に驚いてたんじゃないのかい?」
「お前なぁ、あれは怖ぇんだよ」
ガルドは足元の石をいくつか拾った。
「石って」
ニルが口元を緩めた。
「ほかにねぇんだよ!」
ガルドはワイバーンの方へ歩いた。
「こっちだ、この羽つき!」
怒鳴りながら石を投げた。
首元にいくつか石が当たった。
ワイバーンがゆっくりと首を起こした。翼を広げた。
ガルドは飛び跳ねた。最後の石を投げた。
ワイバーンの口先に当たった。
ガルドが走り出すと、ワイバーンの首が追った。
それから、翼をゆっくり上下させて地面を蹴った。
「来やがった!」
ガルドが大剣の留め具を鳴らしながら、岩の手前まで来た。
ニルが岩陰から飛び出した。
入れ違いに、ガルドが岩陰へ転がり込んだ。
ワイバーンが低く岩へ向かってくる。土が舞い上がって、小石が飛んだ。
ワイバーンがニルの前まで来た。
爪が開いた。
ニルは半歩下がって、指を伸ばした。
「ゼロ」
翼の音が消えた。
ワイバーンの片翼が止まった。体が斜めに傾いた。
ニルはもう二歩下がっていた。
サルカが岩陰から出た。宙に指で円を描いた。
「お前は上に落ちるんだよ」
低い声だった。
ワイバーンの体が、上へ落ちた。
傾いたまま、空へずれた。土埃が舞った。
ワイバーンが一度吠えた。斜めに回りながら落ちてくる。
「ガルド!」
ニルが声を張った。
ガルドは岩陰から出て、大剣を抜いた。両手で柄を締めた。
「ニル、こっちだよ」
サルカがニルを呼んだ。
ニルは岩陰に走った。
ワイバーンが斜めのまま岩の手前に来た。
ガルドが大剣を立てた。
顔が目の前を通った。
ガルドは一歩下がって、下から大剣を突き刺した。そのまま腰を入れた。
腕が流れた。
ガルドは肩の革鎧を大剣の背に当てた。そのまま踏み込んだ。
肩の革が剥けて、下のプレートが出た。
刃がワイバーンの胸まで裂いた。
ガルドの頭を翼がかすめた。
ガルドの喉が鳴った。
ワイバーンが地面に落ちた。
跳ねた尾がガルドの革鎧に当たった。留め具が飛んだ。
ガルドが弾かれて後ろへ飛んだ。
土埃が舞い上がって、辺りが霞んだ。
ガルドは立ち上がると、手で土埃を払った。
サルカとニルも岩陰から出てきた。
「ガルド、まだ少し生きてる」
「わりぃ、止められるか。もう剣が握れねぇ」
ガルドの革手袋が切れて、手首からぶら下がっていた。手のひらから血が垂れていた。
「わかった」
ニルがワイバーンの首に触れた。
「ゼロ」
ワイバーンの動きが止まった。
ガルドはその場に座り込んだ。肩で大きく息をした。
「ニル、なんだい、その血は」
サルカがニルの手を引き寄せた。
「切れてるじゃないか」
指先が割れて、血が流れていた。
「冷えて割れた」
ニルが流れる血を見て、手を二度振った。
サルカがローブから布を取り出して、ニルの指に巻いた。
ガルドがワイバーンの顔を見ていた。
「サルカ、これ袋に入らねぇよな」
サルカは布を縛って、ガルドに目をやった。
「入る分だけ切ればいいだろ」
「角だけで大丈夫かなぁ」
ニルがサルカを見た。
「サルカ」
「なんだい」
「痛くなってきた」
サルカの肩が下がった。
「バルトじい、帰すんじゃなかったね」
ガルドは、ひびの入った角を何度も蹴って折った。収納袋に入れた。
「帰るか」
サルカがガルドに布を渡した。
「巻いときな」
ガルドが前を歩いた。サルカはニルを見ながら歩いた。ニルは手を抱えていた。
「痛むかい」
「うん」
そのまま歩いた。
影が長くなった。
森の入り口にバルトじいがいた。
サルカが一歩出た。
「待っててくれたのかい?」
「薬草をな、採ってたんじゃ」
「乗っていっていいかい?」
バルトじいが笑った。
「いい馬車じゃろ」
「そうだね」
サルカが笑った。
町の門を馬車がくぐると、鳥が飛んでいた。
サルカが上を見て言った。
「飛んでるねぇ」
ガルドも上を見た。
「あぁ、飛んでるな」
ニルは手を押さえていた。
ギルドの前に馬車が停まった。
ガルドが先に降りた。ニルに肘を出した。
ニルはガルドの袖をつかんで、縁に足をかけて降りた。
サルカは反対側から飛び降りた。
「バルトじい、明日にでも町の外れに来たらいい。馬車を用意しておくよ」
「朝でいいかの」
「昼だね」
バルトじいは馬の横を歩いて帰った。
ギルドの扉から、笑い声は漏れていなかった。
扉を開けて入った。
軽口の男が駆け寄った。
「お前ら、どこまで入った。森の入り口まで行ったけど、いやしねぇ」
「奥の岩まで行った」
「奥。まだいたか、あのでけぇの」
「あぁ、こいつだ」
ガルドは収納袋の紐をほどいて、角の先を出した。
「やったのか」
「あぁ」
軽口の男が階上に声を張った。
「ガルドがやったぞ」
ギルド長が降りてきた。
「受付で出せ」
ガルドが先に行った。サルカがニルと後を歩いた。
受付台の板に角を置いた。
ギルド長が角を持ち上げた。
「これだけか」
「わりぃな、首は無理だった」
ガルドは右手を出した。
ギルド長がそれを見た。
「布、外してみろ」
手の皮が剥けて、ところどころえぐれていた。
「終わったら治療院、行ってこい」
ガルドが布を巻き直した。
「場所はどこだ」
「地図の岩だ」
ギルド長が受付の奥へ声を飛ばした。
「回収班、行けるか」
職員の男たちが立ち上がった。
「ほかに動けるのは」
「奥、見てくる」
足音が増えた。
リナが奥の机に地図を開いた。職員の男が覗き込んだ。
ギルド長が受付台に目をやった。
「終わらせてこい」
そう言って階上へ戻った。
ガルドたちが受付台の前に並んだ。
「おかえりなさい」
リナが首を傾けて、口元を上げた。
帳面を開いて、紙を置いた。
ニルが言った。
「ガルドが石を投げて、跳ねた。僕が半分止めた。サルカが上に落として、ガルドが斬った。僕が最後に中を止めた」
「斬ったのはガルドさんですね」
サルカが笑った。
「あぁ、俺が斬った。三人で倒した。とどめはニルだ」
ミレイが目を閉じた。左手を小さく握った。
長卓で軽口の男と片目の男が木のジョッキを傾けていた。
片目の男が言った。
「今のわかったか?」
軽口の男がジョッキを見て言った。
「もう俺は考えねぇことにした」
「それがいいな」
二人は木のジョッキを合わせた。
奥の長卓には、歪の天の女たちと蒼月の男たちがいた。
弓の女がパンを千切っていた。
「あいつら、落としちまうとはねぇ」
蒼月の男が木のジョッキを置いた。
「俺達なんか職員に連れられて帰っただけだからな」
周りが笑った。
ギルドの扉が開いて、バルトじいが入った。
片目の男が呼んだ。
「バルトじい、こっちだ」
軽口の男が手を挙げた。
「こっち、腸詰めとパン、エール三つだ」
続けて言った。
「まだ飲めるだろ」
片目の男が頷いた。
バルトじいが身を乗り出した。
「いいのか?」
「活躍したらしいじゃねぇか」
軽口の男が笑った。
バルトじいは収納袋を担ぎ直した。
「忘れとった。暇じゃから採って来たんじゃ」
そのまま受付台へ歩いた。
リナが受付台に立った。
「おつかれさまです」
バルトじいは木箱に薬草を入れた。
リナは受付台に硬貨を並べた。
バルトじいは硬貨を袋に入れて、口を縛った。
「馬が草を欲しがってな」
リナが口元を緩めた。
階上で手すりが鳴った。
「ガルド!」
ガルドは階段を上がった。
「失くすな」
ギルド長が金属のカードをガルドに差し出した。
ガルドが受け取った。
「もういいぞ」
ギルド長は机に寄りかかった。
ミラが陶杯を机の端に置いた。ギルド長を見た。
ギルド長が頷いた。
ミラの口元が緩んだ。
ミラはギルド長の隣に寄りかかった。少し肩が当たっていた。
ガルドはカードを見ながら、一歩一歩階段を降りた。
そのまま、受付台を過ぎたところで足を止めた。
ニルがガルドの手を見た。
「パーティ」
ガルドは黙って頷いた。
「なんだい」
サルカがガルドの手元のカードを覗いた。
「よかったじゃないか」
口元を緩めた。
手前の長卓が静かになった。男たちがガルドを見ていた。
ガルドが額に手を当てて、上を向いた。それから動かなくなった。
サルカが受付台の奥へ目をやった。
ミレイと目が合った。
サルカが棚の布に目をやると、ミレイが立ち上がった。布をサルカに渡した。
サルカはガルドの頭に布を被せた。
「今日は暑くて参るねぇ。汗だくじゃないか」
そう言って、受付台の端に寄りかかった。
リナがサルカを見た。
サルカが口元を緩めた。
ミレイは机に顔を伏せていた。眼鏡は外していた。手に小さな白い布があった。
「わしも暑くて死にそうじゃよ」
バルトじいが笑った。
「バルトじい、こっちだ」
軽口の男が呼んだ。
バルトじいが椅子を引いた。
三人が木のジョッキを合わせた。
奥の卓で皿が鳴った。木のジョッキが鳴った。
「エール二つ」
「こっちは肉だ」
誰かが言った。
「はーい」
店員が厨房へ入った。
ギルドの扉が開いた。
誰かが言った。
「リナ、お客さんだ」
リナが受付台に立った。
指で髪を二度撫でた。
首を傾げて、口元を上げた。
「ご要件は何ですか」
ギルド編 完
