森じいさん(完全版)
山間の一角にひっそりと居を構え、世間の喧騒とは無縁の生活を送る。深い思慮を湛えた瞳で自然と対話し、村人から知恵袋と仰がれる……。
そんな賢者のような老人の話ではない。
戦術=「気持ち」
ポゼッション? ん、何それ?
悪意ゼロ、純度100%のパッションだけでベンチに座る指揮官。
そう、それこそが我らの「森じい」である。
「永嗣は俺が育てた!」
それが彼の口癖だった。ワールドカップに出場した本物のスターを教え子と言い張る。
「始まったよ。そんなわけないから。ボールの蹴り方すら怪しいし。」 と、部員たちは目で訴える。
これだけ心の声がダダ漏れでも当の本人に気付く様子はない。
その頃の私はというと、6月に市大の準々決勝で敗退し、引退。無気力状態であった。
最終回サヨナラ負けのショックを引きずる中、市内でも強豪であるサッカー部の試合を見に行った。
試合には無事勝利、我が中学は県大会への切符を掴むこととなる。
だが、試合内容は、これ以上ないくらいお粗末なものだった。
いや、訂正しよう。試合内容というよりは、指揮官の戦術、試合中の指示、声かけである。正直、日本代表の某監督のほうがマシに感じてしまうくらいに。
「おーい!裏街道、裏街道!アレックスなら今仕掛けたぞ」
「気持ち、気持ち!おーーい、気持ち!魂、魂!」
当時流行った「裏街道」というワード。
後にプロへ進む背番号10番(確かボランチだった気がする)にもトンチンカンな指示を連呼する様は、はっきりと覚えている。
「あいつ、裏街道と気持ちしか言ってなくね?」
「あと、サンキューな」
なんてことを一緒に観戦した友達と笑いながら話していた。
だが正直、私は森じいのことを嫌いじゃなかった。というか、結構好きだった。
でも、もし自分が現役の部員で、三年間をこの男の「パッション戦術」に預けなきゃいけないとしたら、話は別だがね。
そんな森じいをもう少しだけ深掘りしてみようと思う。
森じいは年の割に、その……なんというか……。 とにかく「浅いし、薄い」につきる。
プージャーは一丁前に着こなす。 戦術は「気持ち」だけ。 口を開けば永嗣の自慢。 そして、夕日と汗が光る寂しい頭頂部。ちなみにこの先生、ラグビー部出身らしい。そこだけは頑なに隠そうとしていた。先生なりの配慮なのか、素人感を悟られないようにしていたのかは不明。
でも、いい先生だった。 サッカー部以外の生徒は、みんなそう思っていた。
「あーー、森先生だー!」と、黄色い声を上げる一般生徒。 「ざっけんな、森じい! 練習メニュー考えてこい!」と、怒号を飛ばすサッカー部。
学校内での「聖人」と「無能」の落差が、たまらなく可笑しかった。
ある日の練習中、校庭で腰を屈めてラインを引く森じいを見つけた。 背後ガラ空き。守備意識ゼロ。 僕たちは肺いっぱいに空気を吸い込み、全力のパスを送ることにした。
スゥーーー……、
「この、ハゲーーー!!」
放たれた言葉は、スコールズのフィードのように鋭く森じいの後頭部に突き刺さる。
青春なんて、綺麗な一言で片付けるには味気ない。 そこには、僕たちの親しみと怒り、敬意と侮蔑をブレンドした、森じい直伝の「気持ち」がこもっていた。
使い方が違うよ、豊田センセ。
絶叫は、秘書室のような閉じられた空間で響かせるもんじゃない。だだっ広い校庭でこそ活きるんだ。
