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連載小説「ミケランジェロがコタツで死体」(最終話)

 本作は連載小説のうち、第8話です。
 前回までを未読の方は、目次ページからぜひ、そちらを先にご覧ください。

 ■ 目次ページ

(最終話)

「夏子がもう1人居るのね」

 秋子は冬子をまっすぐ見ながら言った。

「秋子、それどういう意味?」
「そのままの意味よ」

 確かに普通に聞いたら、比喩か何かだと思うだろう。ただ、秋子は本当にそのままの意味でその言葉を口にした。

「夏子は2人居る。そう考えると、ミケランジェロを殺すのなんて簡単よね」

 ミケランジェロを閉じ込めようとした時、コタツから引きずり出された夏子の他に、もう一人の夏子がミケランジェロと一緒にコタツの中に居たのだ。
 その夏子には、最後にミケランジェロが姿を見せてコタツの中に戻った時から秋子達がコタツの中に入るまで、十分な時間があった。そして、その間にミケランジェロを八つ裂きにした。

 コードを解いて秋子がコタツの中に飛び込んだ時、頭をぶつけた相手は元々中に居た夏子だったのだ。それまで見ていた夏子はそのまま外に居て、だからママが部屋に来た時に何も驚かなかった。その状況を作ったのは冬子だから、彼女も共犯だろう。

「ご名答。大した探偵ぶりね、参っちゃうわ」

 そう答えたのは、赤い服を着た夏子だった。何も考えていないような幸せな笑顔はすっかり消え去り、黒い服を着た冬子と顔を合わせて苦笑いしている。

「頭がおかしくなってたってのは演技だったのね」

 そう言うと、夏子は「やっぱりバレてた?」と言いながら舌を出した。秋子は小さく頷く。

「気付いたのはついさっきよ。ミケランジェロを抱きしめている顔が、いつもと全く違った。そこで初めて夏子に疑いを持ったわ。いつもの夏子なら、ミケランジェロを殺すなんて思えないもの。それから春子の服が赤く染まって夏子みたいに見えた時、服さえ赤ければ中身が違っても夏子に見えるって気付いたの」

 冬子が夏子を「ほら、あなたが気を抜くから」と叱った。

「いつから、夏子は2人居るの?」

 夏子に聞くと「分裂するわけじゃないんだから、当然最初から居るんだけどね」と笑われた。

「まあ、名前を付けられた時って言ってもいいかな。まだ赤ん坊だったから、最初は意識してなかったけどね。ママは、自分の娘が何人居るかも分からなかったみたい。それで色違いの服着せて見分けようとしたんだけど、赤い服を二人に着せてしまった。でも赤が二人居るなんて数えられないから、白、黒、赤、黄があるから四人。そう思って、名前も春夏秋冬ってつけたみたいね」

 そこで夏子は言葉を切った。代わりに冬子が続きを話し始める。

「物心ついて、夏子が二人居るって事を理解した時、これはいつか使えるって思ったわ。だから私は、二人居る事をママには教えないままでいようって夏子に言ったの」
「そう。だけど、大きくなるにつれて段々無理が出てきた。本当は二人だからね。もう片方がやった事や言った事が記憶に無いから、矛盾した事言ってしまったりして、バレそうになった事が何回もあったの」
「そんな時に、ちょうど夏子が箪笥に仕舞われるお仕置きを喰らった。チャンスだと思ったわ。だから私は箪笥の外から囁いた。狂った振りをしなさいってね」

 確かに今の夏子なら、おかしな行動や矛盾した会話をしても、誰も疑問に思わないだろう。そうして、何年も狂ったフリをしてきたのか。
 その後も冬子と夏子は、楽しそうに今日の事件の裏側を喋った。冬子は先に一度家に帰って来ていた事。そこで夏子から、春子が今日計画を実行しそうだと聞いた事。コタツの中に閉じ込められた時、夏子は中でコードを外していたから熱くなかった事。春子が包丁を持った時、わざわざミケランジェロの死体を刺さる位置に動かした事。わざとコタツの染みを指差して、秋子に春子を疑わせようとした事。

 そんな事を、時折冗談を交えながら、無邪気にネタばらししてくれた。
 だが、そんな2人を秋子は奇妙に思った。

「ねぇ、冬子、夏子。あんた達これからどうするつもり?」

 まだ楽しそうに喋り続けている二人を遮って、秋子は言った。

「どうするつもり、って何が?」
「ママよ。ママが帰って来たら、ミケランジェロが死んでいる事がバレるわ。そうなったら、さっきまで春子に言っていた事を、あんた達がされるのよ」

 死ぬかも知れないお仕置き。想像しただけで春子が壊れてしまったお仕置き。犯人だとバレたら、それを食らうのは冬子達だ。そんな事は本人達も分かっているはず。なのになぜそんな余裕で居られるのだろう。

「ああ、その話か」

 冬子は、まるで天気の話でもするような軽い調子で答えた。

「最初に言ったでしょ。ママには絶対バレないって。阪神にまで誓ったはずよ」
「あの誓いはコタツに閉じ込めて熱で殺そうって言ってた時の話でしょ?」
「私は最初からこうなる事知ってたのよ」

 そう言って、冬子は呆れたような目で秋子を見た。

「まあ、その話は後ね。もうすぐママが帰ってくる。とりあえずここを出ましょう。服着替えるの忘れないでね。血が付いているのを見られたら、お仕置きされるわ」
「いや、ここから出られないから私達はここに居るんでしょ?」

 そう言ってみたが、冬子は「呆れた、自分で夏子が2人居るって言ったんでしょ」と、ため息をついた。先ほどからずいぶん馬鹿にされている気がする。

「夏子、鍵開けて」

 冬子は目の前の夏子ではなく、扉の方に向かってそう言った。それと同時に、鍵が開けられる音がした。冬子が自慢げに笑って、片目を瞑って見せる。秋子はそんな仕草を見て、魔女なだけじゃなくて小悪魔にもなれそうね、と思った。



 服を着替えてから、秋子は居間に戻って来た。食卓にはすでに冬子と春子が座っていた。夏子は閉じ込められている事になっているので、部屋に残っている。恐らく「2人とも」だ。

「春子着替えさせるの大変だったわ」

 冬子がそう言った。春子は虚ろな目をして、口から涎を垂らしている。完全に壊れてしまった。でもまあ、何も分からないのならそれはそれで幸せよね。

「で、結局どうするつもりなの?」

 秋子はそう聞いてみたが、冬子は「ママが来れば分かるわ」と言って答えてくれない。こういう時の冬子にどれだけ聞いても無駄だと言うのは分かっている。秋子は質問を変えた。

「なんでミケランジェロを殺したの?」
「ママを殺す予行練習と下準備」

 冬子は、今度は即答してくれた。今朝、古い呪文の後に「ママも死ね」と言っていたのを思い出す。

「今日みたいに、夏子が二人居るのを利用して、ママを殺そうと思ってたの。外で夏子のアリバイ作って、その間にもう一人の夏子が殺す。ママは数が数えられない事隠しているからね。警察なんかが調べても、絶対夏子が二人居るなんて思わないわ。問題はあなた達二人だけ。春子なんか元々、夏子が2人居るって知ってるからね。今日は自分がやったと思い込んでたから、全くそこに頭が回らなかったみたいだけど」 

 よく考えたらそれはそうだ。一緒に育って来たのだから、夏子が二人居る事など春子は知っているに決まっている。ただ、秋子自身は全く気付いていなかった。

「だから、春子にはお仕置きを受けてもらって、死ぬか、おかしくなってもらう。後は秋子、あなたよ。あなたが夏子が2人居るなんて事に気付くのかどうか。それが知りたくてやったの」

 ミケランジェロも殺したかったしね、と冬子は付け足す。ミケランジェロを殺す事、春子の口を封じる事、秋子が気付くかどうか試す事。いわゆる一石三鳥と言う奴だ。 

「ずいぶん用意周到ね」
「この歳で捕まったりしたくないもの。まあ、あなたが謎を解いちゃったから計画は台無しだけどね。ただ、勘違いしないで」

 冬子はそう言うと、とても優しい顔をして目を瞑った。

「ミケランジェロもママも、憎いから殺したかったんじゃないわ。私は誰も憎みたくない。誰でも愛したい。だから殺すの」
「その愛はちょっと捻くれ過ぎじゃない?」
「愛の形は人それぞれって言うでしょ」

 冬子は臆面も無く言ってのける。そう堂々と言われては、肩を竦めるぐらいしか出来なかった。

「さあ、無駄話はおしまい。ママが帰ってくるわよ」

 冬子がそう言うと同時に、ドアが開く音がした。ママが、玄関の方から歩いてくる。

「あら、春子、秋子、冬子。帰ってたの?」

 ママがそう言って上機嫌に笑う。 秋子は正直、ママが現れたら緊張するだろうな、と思っていた。だが、実際は緊張するよりも、唖然としてしまった。今日初めて開いた口が広がらないと言う経験したと思ったら、もう2回目だ。

「ミケランジェロ……」

 秋子がそう呟いたのに反応するように、ママの腕に抱かれたミケランジェロが甘えるような声を出す。

「ああ、さっきまで姿が見えなかったから慌てたんだけど、離れに居たわ」

 ママはそう言って、ミケランジェロの喉を撫でた。ミケランジェロも気持ち良さそうに擦り寄っていく。

「どうなってんの?」

 小声でそう聞いてみると、冬子は「だからママにはバレないって言ったでしょ」と答えた。

「いや、バレないって言うか、何でミケランジェロが生きてるのよ」
「秋子、本当に鈍いわね。なんであなたなんかに見破られたのかしら」

 冬子が大袈裟にため息をつく。

「いい? 夏子が2人居る事を春子は知ってた。なのになんで秋子は知らないの?」
「そんなの、冬子も知っているでしょ?」

 分かってる事をわざわざ聞くな。そう思って秋子は顔をしかめた。

「ママと一緒で、私も数を数えられないからに決まってるじゃない」

 そうだ。秋子も数を数えられない。0と1の差は分かっても、1と2以上の差は判別できない。だから、夏子が2人居る事に今まで気付かなかった。

「そうでしょ。だから、それと同じじゃない。ミケランジェロは最初から2匹居るの」

 冬子に言われて、ミケランジェロが拾われてきた日を思い出す。名前を決める時、春子が「ミケランジェロとミッケ、どっちも採用しよう」と言っていた。あれは2匹居たからだったのか。壊れている春子の方を見て、秋子は心の中で謝る。ごめん、あの時アホかコイツと思ってた。

「さあ、そろそろ夕飯の準備をしましょう。今夜はご馳走を作るわ」

 上機嫌のママが夏子の部屋の扉を開け放ちながら言った。部屋の中から1人もしくは2人の夏子が幸せそうな顔をして出てくる。頭がおかしい仲間が増えたと思ったのか、春子が涎を垂らしながら楽しそうに笑う。

 秋子は小声で「騙されるな春子、夏子のイカれ具合は偽者だ」と呟く。それを聞いた冬子が「そう思うでしょ?」と笑った。
 どういうことだろう? そう思っていると春子が一瞬、まるで魔女のような笑顔を見せた。それは一瞬だったが、壊れたはずの春子が見せるはずの無い笑顔。

 春子も壊れたフリをしていたのか? もしくは服が違うだけで中身は・・・。

 冬子はママを殺す「下準備」とも言っていた。次の「ママ殺し」に向けて、冬子は何かまた仕込んでいるのかも知れない。
 まあいいか、と秋子は思う。ママが殺されたら、また私が謎を解いてやる。その時こそノーベル賞は私のものよ。

 4、5人の娘と母親の美味しい食卓。「幸せな家庭」を眺めながら、ミケランジェロが「ニャー」と、呑気に鳴いた。

(了)

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