連載小説「ミケランジェロがコタツで死体」(第6話/全8話)
本作は連載小説のうち、第6話です。
前回までを未読の方は、目次ページからぜひ、そちらを先にご覧ください。
■ 目次ページ
(第6話)
正直、鍵が閉まっている事は予想できていた。ママは家から離れる時、絶対に夏子の部屋に鍵をかける。それはもはや無意識に刷り込まれた習慣のようになっていた。今だけ鍵を閉め忘れるなんて都合が良すぎる。
だがそれでも、もう駄目かと思った危機を一時的でも乗り切れたことが嬉しくて、夏子に抱きついてみたのだった。どうせ人生悲しい事の方が多いのだ。喜べる時に喜んでおかないと勿体無い。
「ママは離れを探しに行ったみたいね」
冬子が自分の考えを確認するように呟いた。
「そうすると、三つある離れ全部を探して戻って来るまでに三十分て所かしら。そして戻って来たら、私たちはもう終わり」
冬子の「終わり」と言う言葉は、決して大袈裟には聞こえなかった。今度ママが戻って来ても、コタツに隠れるわけにはいかない。離れでも見つからなかったミケランジェロを探そうと必死のママは、当然コタツの中も調べるだろう。そうすればミケランジェロの死体と共に見つかる事になる。
だからと言って隠れなかったとしても、ミケランジェロの死体はすぐに見つけられるだろう。秋子達は、まず夏子の部屋に居た事でお仕置きをされ、その後でミケランジェロを殺したのは誰かと拷問される事になる。
つまり、母が戻ってくるまでに何らかの策を立てなければ、下手すると余命三十分と言う事になりかねない。そう言う事だった。
「秋子、さっきあなた、どうやって殺したかには興味ないのって聞いたわよね」
冬子に突然そう言われて、秋子は頷く。
「前言撤回、私も俄然興味が出てきたわ。密閉されたコタツの中のミケランジェロがどうやって八つ裂きにされたのか、考えてみる価値は十分にある」
「……どういう風の吹き回し?」
「いい事を思いついたの。謎を解いたらママのお仕置きを逃れられるかも知れない」
冬子は魔女のような笑みを顔に浮かべた。その笑顔を見つめながら、秋子は首をかしげた。ミケランジェロの謎を解く事がどうしてお仕置きから逃れる事に繋がるのだろう。疑問に思ったが、尋ねても教えてはくれないだろう。冬子はいつでも肝心な事を隠している。
正直なところ、秋子は冬子が犯人じゃないかと疑っていた。常に何かを隠しているのも怪しい。殺害方法の謎をどうでもいいと言っていたのも、自分が犯人だとバレるからじゃないかと思っていた。だが今、自分から謎解きをしようと言い出した。一体何を考えているのだろう。
「犯人はあんたじゃないのか、と言う目をしてるわね」
「……だってそうでしょ? ミケランジェロを殺そうと言い始めたのは冬子、あなたよね。そりゃ疑うわよ。違う人が犯人だとしたら、コタツを密閉しようとあなたが言い出してから、コタツの中のミケランジェロを殺すトリックを考え付いたって事になるわけ? あんな包丁とか用意する時間があった?」
そう言いながら、秋子は包丁が落ちている方向を指差した。ミケランジェロが殺されたのは、とても突発的な事件だとは思えない。コタツに閉じ込めようと言い出した時に、ずいぶん用意周到だと感じた事を思い出す。全ては最初から冬子が計画していた事。そう考えなければ納得がいかない。
「秋子が言いたい事も分かるわ。でもママじゃあるまいし、どうやって殺したのかも分からないのに、私を犯人扱いするつもり?」
「そのつもりは無いわ。ただ、状況を考えると怪しいって思ってるだけ」
そう言うと、冬子は「いい答えね」と笑った。
「だったら、犯人をはっきりさせるためにも謎を解けばいいわ。いや、解かなければいけない。そうしなければ私達死ぬかも知れないわよ?」
そう言われて、拒否する事など不可能だった。
秋子達は、とりあえず部屋を調べる事にした。特にコタツはしっかり調べた。コタツ布団に穴でも空いてないかと調べてみたが、怪しいところは見つからなかった。
「秋子、コタツの中も調べてみてよ」 冬子に言われて嫌々ながらもコタツの中に潜り込む。足をつく位置を間違え、うっかりミケランジェロの内臓を踏み潰してしまった。気持ちの悪い感触が足を這うようにして伝わってくる。コタツ汚すだけ汚して掃除もせずに死ぬなんて無責任だと、ミケランジェロに対して理不尽な怒りを覚えた。
「うーん、やっぱり何も無いみたい」
コタツの中はミケランジェロの部品と、至る所に飛び散った血と、後は包丁が落ちているだけだった。他には何も見当たらない。
「抜け穴とか無いの?」
「そんなもんあるか」
「分からないわよ、この家古いから武将とかが敵から逃れるための抜け穴作ってるかも」
冬子がそう言うので探し直してみるが、今度は電源コードに足を引っ掛けて、ミケランジェロの内臓の上に手をついてしまう。先ほどよりははっきりと感触が伝わってきた。もうやだ。
「やっぱり穴なんて無いって」
引っ掛けた時にコタツの差込口から外れてしまったコードを元に戻しながら、秋子は言った。
「そうでしょうね。家がどれだけ古くても、電気式のコタツがそんなに古いわけないもの」
「……分かってて探させたわけ?」
「さあ?」
冬子が白々しい顔で肩をすくめる。絶対にワザとだと思った。 結局、手がかりになりそうな物は何も見つからなかった。そう広い部屋じゃない。これ以上調べても無駄のようだ。警察でも居れば包丁の指紋を調べたり出来るかも知れないが、猫が殺されたからと言って捜査してくれるとは思えない。
「何も見つからないね……」
窓の方を調べていた春子が呟く。その顔が少しだけ明るく見えるのは気のせいだろうか。
「ホント、どうやったらミケランジェロ殺せるんだろう。普通に考えたら、絶対無理じゃない?」
コタツを密閉するためにコードを押さえて居た時、秋子に見えていたのは春子の左半身、冬子の右半身、夏子の顔だけだ。死角になる方の手で何かをしていたとしても見えない。
だが、コタツを密閉するところはちゃんと見ていた。見えない方の手も中に入れる事は出来るわけがない。 それにしても、こうして皆で手がかりを探したり殺害方法を考えたりしているのもおかしな感じね、と秋子は思った。外部の人間が関わっているとは考えにくい。おそらくこの中に犯人は居るのだ。確かに一人だけ調べるのを嫌がったりすると疑われるだろうから、仕方が無い事かも知れないが。
「春子はどう思う?」
手がかりを探すのを止めて、春子に聞いてみる。手を動かしてだめなら、頭を動かすしかない。いや、先に頭を動かすべきだったのかも知れないけれど。
「え?」
突然質問をされた春子は戸惑ったように秋子の方を向いた。
「だから、殺害方法。ミケランジェロ、どうやって殺されたんだと思う?」
「あ、うん……えっと、コタツにそういう機能が付いてたとか……ほら、最近の家電って高機能だもん」
「どんな高機能だ」
コタツをどれだけ進化させても、猫を八つ裂きにする機能は搭載されないだろう。冬子が呆れたように「時間が無いんだから、ボケてる場合じゃないわよあなた達」と言った。なぜか秋子までボケた事にされている。
「じゃあ冬子、あんたはどう思うの?」
「そうね、前に読んだ推理小説で見たトリックなんだけど……」
「え、なになに?」
こちらは春子と違ってまともな事を言ってくれそうだと、期待して続きを促す。
「実は閉じ込められていた間に死んだわけじゃない、ってのはどう?」
「どういう事?」
「つまり、閉じ込められていた時はまだ生きていた。ママが来て、コタツのコードを解いて私たちが中に入った瞬間に、ミケランジェロは殺されたってわけ」
「……あの一瞬に、ミケランジェロを八つ裂きにしたってわけ?」
「……」
「どんな達人だそれ」
「秋子、あなた居合の免許皆伝とかじゃない?」
「そんなわけあるか」
ミケランジェロは、バラバラにされていた。夏子によると八個の肉片に切り分けられていたようだ。か弱い八歳の少女で無くても、そう簡単に出来る事じゃない。ある程度の時間はかかっているはずだ。当然冬子の言っていた方法は不可能だ。
一応どう思うか聞いてみようと夏子の方を見てみたが、いつも通りの笑顔は目に見えない蝶々を追うように空中をぼんやり眺めていた。場にそぐわない平和な姿を見て、秋子は聞くのをやめた。
「ママが出て行ってから15分ね……予想では後15分ほどでママは帰ってくる。時間が無いわね」
冬子が言った。秋子の謎解きに対する気持ちは、好奇心と強迫観念が入り混じった奇妙な物だった。だが時間が経つごとに、どうやって殺されたか知りたいと言う気持ちよりも、解かなければ殺されると言う恐怖に満たされていく。そこから目を逸らしても、蟲が肌の上を這うように、恐怖はゆっくり心の中心に近づいて来た。
手がかりを探そうと部屋を探し回った。何とかコタツの中のミケランジェロを殺す方法は無いかと頭も絞った。だがそれでも何も進展は無い。ママが帰ってくる時間が近づいて来るだけだ。そもそも、謎を解けばママのお仕置きを逃れられると言うのは、冬子が言っているだけの話だ。謎を解こうとするよりも、この部屋から逃げる方法を考えた方がいいのでは無いだろうか。
だが、この部屋は夏子を閉じ込めるための構造になっていて、その役割をもう何年も果たしている。扉は頑丈に作られ、窓には鉄格子がはめてある。ここから逃げ出す方法など、考えるまでも無く、無い。完全に手詰まりだ。
だがその時、冬子がコタツを指差した。
「ねえ、ミケランジェロが殺された状況を再現してみない? 秋子、ミケランジェロの役としてコタツの中に閉じ込められて。殺される側の視線に立ったら何か分かるかも」
秋子はすぐに「絶対嫌だ」と答えた。血と肉片のパーティ会場みたいになっているコタツ内に閉じ込められるのが単純に嫌だったし、何よりまだ冬子を疑っていたからだ。殺される所までミケランジェロ役をやらされかねない。絶対にやる気など無かった。
ただ、冬子の指差した先にあった物が目に入った。 あれ? 最初はちょっとした疑問を抱いただけだった。だが徐々に、当たり前のように在るそれに、違和感が湧き上がってくる。
「冬子」
名前を呼ぶと、今度は春子にミケランジェロ役をやるように言っていた冬子が振り返った。
「何? ミケランジェロ役やる気になったの?」
「違うわ。冬子の指差している先、あれって何?」
「当然、コタツだけど?」
「そうじゃなくて、そこに付いてる染みみたいなのよ」
冬子が視線を動かす。指差した先のコタツ布団には、円形に染みのような物が浮かび上がっていた。内側は血だらけだが、さっきまで外側にはほとんど血は付いていなかったはずだ。だがその部分は濡れて、赤が翳るように濃くなっている。
「ああ、内側に付いてた血が染み出して来たんでしょう?」
冬子が当たり前のように言う。
そう、その通りだ。あれは内側の血が染み出して来た物だ。液体が布に触れれば、裏側に染み出すのは当然の事だ。 だけど。さっきまで秋子達は、コタツを密室として扱って来たのでは無かったか?
密室とはすなわち、内と外が隔絶されていると言う事。内側から外側には干渉出来ないし、その逆も同じだ。それなのに、内側の血は外側に染み出して来た。
もしかすると、大きな勘違いをしていたのかも知れない。血が染み出て来たように、密室を構成する壁がコタツ布団ならば、内側に干渉出来る。密室とは言えないのだ。
「ねえ、コタツを密閉した直後の事覚えてる?」
秋子はゆっくりと喋り始めた。
「私がコタツ布団の一面が緩んでるって言った直後、中からミケランジェロがぶつかって来たよね」
「ええ、覚えてるわ」
冬子が答える。春子は、固い表情で秋子を見ていた。夏子は話自体聞いていないみたいだった。まだ蝶々を追っている。
「それってつまり、内側から外側に干渉出来るって事よね。逆も同じ事。私達はコタツが密閉されているだけで密室扱いしてたけど、部屋の壁と違ってコタツ布団は布だから、中に干渉出来るの。そう、例えば……」
そこで言葉を切って、春子の目を見つめる。春子はママから隠れている時のようにガクガクと体を震わせ、今にも泣きそうな顔になっていた。
「春子の押さえていた面ぐらい布が緩んでいれば、包み込むようにして、内側にある包丁を握れたって事よね」
春子の横の面を担当していた冬子や夏子でも、手を伸ばせば緩んでいた面に手は届くかも知れない。だがそんな事をすれば、当然春子の目に入る。つまり誰にも気付かれずに今秋子が言った事を実行できるのは、その面でコードを押さえていた春子だけだ。
しばらくの間、沈黙が訪れた。冬子と秋子が見つめる先で、ただ春子は俯いて、黙っていた。夏子だけは小さな声で「寒ければ、春でもコタツに手を伸ばす」と言っていたが、歌うような優しい音は、ただ空気を揺らすだけで沈黙を破りはしない。
沈黙を破ったのは、春子の泣き声だった。
「……そうだよぉ……私がやったの……私がミケ……ランジェロを殺したのぉぉ」
擦れた声でそう言いながら、膝から泣き崩れた。地面に突っ伏し、泣き続けた。
「冬ちゃんがぁ……死んでなくても別にいいなんて……言うからぁ……私が、包丁でちゃんとぉ……殺したのぉ……」
突っ伏しているからか、その声は地面から這い出すような響きを持っていた。暗い暗い地下から湧き上がるような、秘めた怨念を感じさせる。
「名探偵さん、ご苦労さん」
何気ない韻を踏みながら、冬子が秋子の肩を軽く叩く。そして「これで事件解決ね」と笑顔を見せた。まるで、推理小説のラストシーン。だが、秋子はポカンと口を開けて固まっていた。
ちょっと待って。え? 何? これで解決? 頭の中が混乱してうまく喋れない。確かに秋子自身が言った推理だ。それが当たって、春子が罪を認めている。これ以上ない事件解決、ハッピーエンドだ。
でもちょっと待って。 目の前では冬子が微笑んでいる。夏子は元々幸せそうに笑っている。そして『犯人』は突っ伏して泣いている。ちょっと待って、なんなの、この世界は。夢のような非現実感を感じる。こんな場面、さっきまで想像してもいなかった。
秋子は心の中で叫んだ。私は冗談で言ってみただけなのに!
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