かんまち文庫
近くに古本屋さんができた。
小川町という地域の上町と呼ばれる通りの本屋なので「かんまち文庫」と名付けられ、町おこしに尽力する友人が経営している。
店内は落ち着いた木材の本棚や壁に囲まれ、正面にカウンターがあり、照明は優しいオレンジ色。一見カフェのようだ。蔵書3万冊という莫大な本を一冊ずつ点検し、少しずつ店先に並べている店主。カウンターで編み物をするご近所さん。
ガラス引き戸越しに、その空間が見える。晴天の空がそのガラスに映り込んで、その空間が捻じ曲がって見える。
入り口にはたくさんの文庫本が、100円、300円などと貼られた木箱の中におさまっている。すぐ隣には地元で取れたトマトやきゅうり、白菜や大根や水菜なんかが50円や100円で売られている。
ガラス引き戸を開けて中へ入る。小気味よい音で戸が滑って開く。
店主にあいさつをする。木の匂い。石油ストーブのぬくもり。やかんが沸く音。大きな本を磨き上げては、パソコンの画面で何かを打ち込む店主。
静かにその時間を愉しんでいることが窺える。
店の時空の流れは、外よりもどこかゆっくりで、忙しない仕事から一息つくのにちょうどいい。愛しい紙の本。背表紙をなでる。『熊本の歴史』『東京の歴史』『大阪の歴史』など、各地の歴史の本が並べられている。自分の故郷である大阪を、少し思い出す。
店主とかんまち文庫が新聞の記事になってから、多くの人が訪れたそうだ。「コーヒーはありますか?」とカフェと勘違いしてきた人もいるらしい。
時に幼稚園のお迎えに行ったママさんが通りかかり、地元のお爺さんが散歩がてらに寄って立ち読みをしていたり、人々の拠り所になっているようだ。

古い木の本棚に、大きな黄色い晩白柚が並べられている。ご近所さんが譲ってくれたのだそうだ。果物や野菜を持ってきてくれるご近所さんが多すぎて食べきれない時は、時折、お客さんに無料で持って行ってもらっているそうだ。
街の玄関口、街の小さな止まり木。
私もこの場所に惹きつけられた一人として、先日、ささやかなZineを作って店主に納品させてもらった。まだインクの匂いが残った冊子が、長い時を吸い込んだ古い本たちの中にひっそりと並ぶのを見て、少しだけこの街の一部になれたような気がした。
小川町の商店街は過去の過去の活況の余韻だけを残して、空き家や空き地が目立っている。
平日も週末も変わらず寂しげだった上町通りは、かんまち文庫や、店主とその仲間たちが商店街で企てる週末の秘密基地のようなスポットのおかげで、活気が戻ってきている。
そのメンバーのもう一人は、商店街の空き家をリノベーションして、レトロなホステルを経営している。
外国人客も時折訪れる。私の友人が台湾から訪れたのだけれど、「こういう、観光地とかではないオーディナリーな日本を見てみたかったんだよ!」と興奮気味に語っていた。私はぼんやりとそれを聞いて、嬉しいような気持ちを抱きながらも「オーディナリー(普通)」とは少し、違うような気がした。
例年行われている夏祭りや獅子舞などの伝統イベントでは、普段閑散としている上町通りとは打って変わって賑わいを増す。
子連れの家族、若いカップル、学生。高齢化が進んでいる地域と言われるけれど、祭りに来る人たちの多くは子どもや若者だったりする。普段、道を歩いていても見かけることのない顔ぶれなので、隣町や市内から来ているようだ。

もっともっと、訪れてほしい。賑わいが戻ってきてほしい。そういう気持ちとは裏腹に、この朝の静けさ、この夜の暗闇、誰もいない田んぼ道がいいんだよなと思う。
また、過去の商業街のような姿に戻ることはないこともなんとなくわかる。何年も栄華を極めたショッピングモールでさえも、ネットショッピングが普及し始めた今、中の店舗が閉店になったりしている。
変わらないであってほしいと思う裏腹、不変は避けられないことを知っている。
そんな忙しない時の流れの中で、ぐにゃりと歪んだ引き戸の向こうに、安らぎを求める。
上町通りが、少しずつ、好きになっていく。

