「気持ち悪い」をゆるせた日
母がわたしに「気持ち悪い」と吐き捨てたのはわたしが中学1年か2年のときだ。
わたしは当時髪をいろんなかたちに結ぶことにはまっていた。
いろんな色のゴムで、いろんなピンを使って。
それで、「これはかわいい!」と思う髪型を見つけたのだ。
頭頂部をあほみたいにただちょんまげにしたような髪型だったと思う。
なにがかわいいのかわからないが、当時のわたしとしては大発見だったのだろう。
それでその髪型のまま、リビングに行った。
そうしたら、「気持ち悪い」と、本当に気持ち悪そうに言われた。
世界中の蔑みを詰め込んだような言い方で。
そのあとのことは記憶がなく、ひどく傷ついたことだけおぼえている。
なぜこんなことを思い出したかというと、友人が、自分の子どもに対して「気持ち悪い」と思った瞬間のことを話してくれたのだ。
その気持ちを否定せずに、ただ感じたこと。
でも、子どもには伝えなかったこと。
その話を聞いたら、まさかと思うけれど、過去のわたしが癒された。
すごいなあと思う。人とかかわり合って生きることの醍醐味がここにある。
なぜそのような癒しが起こったのか。
とても複雑だからこそ、考えてみたいと思う。
そもそも、親が子を「気持ち悪い」と思う感覚は、わかる気がする。
子どもの成長を目の当たりにするのは、同性であれ異性であれ、拒否感が出る瞬間というのがあるだろう、と。
自分自身(親自身)が成長の過程で傷ついていれば尚更である。
たとえば自分の成長や性徴を否定される体験があれば、おなじような感覚を子どもにも持つものではないか。
母は、外でよその人を見て、
「あの人化粧が濃いから不細工なんだと思う」
とか言う人だ。
今ではたしなめられるようになった。
「そんなこと言わないよ」
と子どもに言い聞かせるように。
母は悪びれることなく笑う。
でも、わりと最近まで、そういう言動の数々にひたすら傷つき、ときに憎しみを抱いていた。
そういう言動は、子どもの頃からわたし自身にも向けられつづけていたのだから。
母は、美人だ。
もう60代半ばなので容貌はまあそれなりにしても、今でも肌つや目のつやはいい。
実家で昔の写真を発見したとき、あまりにもうつくしいので衝撃を受けた。
わたしも「かわいい」「きれい」などと言われて生きてきたほうではあるが、母はわたしの比ではないのではないかと思う。
だが、非常に内弁慶な人で、外側に向けた自分に自信のないところがある。
だから、こじれているのだ。
昔はねじれていると思っていた。でも、お互いに年齢を重ねてきて、決してねじれているわけではないのだなとわかってきた。
だから、人の見た目であるとか、うわべの部分に対して、とても厳しい言葉を発する。
そんなことをしたって自分の価値が高まるわけではないのに、そうせずにいられないのだろう。
そのひとつだったのだとも思う。
あの「気持ち悪い」という言葉は。
わたしが人に「きれいだね」などと褒められると「いい気になるんじゃない」「きれいじゃない」みたいなことを言うのだが、それでも「気持ち悪い」ほどの威力ではなかった。
気持ち悪い。
親が子どもに言うべきではない言葉であるどころか、人が人に言うべきではない言葉だ。
それでもわたしは、友人の話を聞いて、「ああもういいや」と心底感じた。
なぜか。
それは、上に書いたように、親が子を気持ち悪いと思う感覚は、わかるから。
そしてなにより、わたしはその一言で、母の弱さを知れたのだと気づいたから。
友人がすばらしいのは、「母とはかくあるべし」というたくさんのことで自分を縛っていたことに気づいたことだ。
子を「気持ち悪い」と感じることも自分に禁じていた。
だけど、だから、今回はじめて、「気持ち悪い」いう思いに留まってみた。
そのうえで、子どもにはそれを伝えなかった。
すごいことだと思う。
誰ひとり傷つかなかった。
断っておくが、友人は子どもたちを本当に愛している。
だからこそ、伝えなかったし、それでもきちんと感じることを選んだのだと思う。
わたしはその中1か2のときから25年越しで、母にふれた気がした。
気持ち悪かったんだね。
それを言っちゃったんだね。
世界中の蔑みを結集させて。
いいよー。
もうわたし、大丈夫だから。
その後統合失調症になったわたしは、わたし自身を本当に蔑んでいたけれど、わたしはわたしを気持ち悪いとはもう思っていないし、いまだにこじれた母のそのままを尊重したい。
人って本当に複雑ないきもので、でも、愛以外のなにがあるだろうか。
すべてが愛だった。「気持ち悪い」と言われたことすら。
今日はわたしの「気持ち悪い」をゆるせた記念日。
いつか、自分が大事な誰かを「気持ち悪い」と思ってしまうかもしれないことすら。
ぜんぶある。
この世界には。
その、すべてが、愛を知るためにある。
