満月|待たされたことよりも、来てくれたことのほうが大きかった。
電車が止まって30分。
開いたままのドアをじっと見る。バスだ。混みあう車内。両手でつり革をつかんでいる。窓から外を見ているうちにコスタリカの空を思い出した。
20歳のころ、友人に誘われて2週間の旅に出た。旅先はコスタリカである。その理由は、軍隊を持たない国であること、また国土の4分の1が国立公園または自然保護区であることだったように思う。
首都サンホセ(San Jose)の安宿を拠点にした旅が始まった。
30年も前のこと、訪れた場所の地名はほとんど忘れてしまっている。はっきりと覚えているのはプンタレーナス(Puntarenas)とカウイータ(Cahuita)の2カ所だけである。
プンタレーナス(Puntarenas)
プンタレーナスは太平洋に面している港町である。海沿いのレストランで特大のエビ料理を食べた。
次の日、サンホセに戻る途中で小さな村に一泊することにした。
バスは山道を上っていく。薄暗くなってきた。バスが止まった。エンジントラブルのようだ。待つほかない。外に出る。メキシコでも同じようなトラブルがあった。あのときは、山道の途中のカーブに墓標がたくさん立っていた。
バスが動き出した。目的地に着いたときはもう真っ暗だった。ゲストハウスのオーナーがバス停で待っていてくれた。部屋に案内されたあと、すぐキッチンに来るよう声をかけられる。ビーンズがたっぷり入ったサラダボールを出してくれた。
ご馳走になったあと、散歩に誘われた。足元に気をつけるよう言われて、下を向きつつ10分ほど歩く。なんと、そこには満天の星空がいた。
「うわぁ!星と星の間に空があるみたいや!」
カウイータ(Cahuita)
人気スポットの一つであるカウイータを訪れた。
到着してすぐ、海へと向かった。目の前にある広がるカリブ海は人が少なく、貸し切りのような状態であった。この辺りはサメが出る場所であることをあとから知った。
国立公園を歩くと、聞いたことのない動物の鳴き声が響き渡っている。生き物たちが平然と暮らす森にお邪魔しているような気分になるのである。
明日の朝、6時のバスでサンホセへ戻る。いつものように筋トレをしてからベッドに入った。
バスが少し遅れているようだ。水を飲み、サンドウィッチを食べながら気楽に構えていた。
予定の時刻より30分ほど経ったころ、何人かが話し始めた。バスは来るのだろうか。旅人同士で話してもよくわからない。地元の人に聞く。
「サンホセ行きのバス、来るよね?」
「バスは毎日来るから、来るはず」
「本当に?」
「心配だったらタクシーを呼べばいい」
2時間が過ぎた。バスは来ないかもしれない。あきらめてもう1泊してはどうか。いや、明日は違う場所へ向かう予定なのだ。今日のうちにサンホセへ戻っておきたい。タクシーを呼ぶグループも出てきた。
5時間が過ぎ、ついには7時間が経った。
バス待ち仲間が出来上がっていて、バスケットやサッカーを楽しんでいる。スナックを食べながら、音楽を聴いている人もいる。
「どうする?もうタクシー呼ぶ?間に合わへんくなるで」
「せやなぁ」
と、そのとき向こうからバスのエンジン音が響いてきた。
待たされたことよりも、来てくれたことのほうが大きかった。仲間たちと抱き合った。乗り込む。車内は混んでいる。エアコンはない。窓は全開だ。カウイータに大きく手を振った。
昼間は畑で汗をかいた。例年、黒大豆が中心だが、今年はミニトマトをたくさん育てている。そのほか、キュウリ、オクラ、トウモロコシ、サツマイモ、スイカ、カボチャ、コットンなど、ざっと9種類のお世話をしている。
日陰で休んでいると、コシアカツバメが飛び交っていることに気がついた。飛行中は深く切れ込んだ尾が目立つ。ミニトマトの支柱にちょこんと乗っかっては、またすぐに飛び上がる。あっちにも、こっちにもいる。
「グェッ」と聞こえた。音がする方へ目をやると、カエルを咥えたカラスヘビが足元をスルスルッと抜けて行った。
明日は満月である。
夕食後、娘を誘って家の外に出る。少し歩いて振り返ると、木々の上に満月がいる。
「もうそろそろ」と言いかけると、娘が学校のことを話し始めた。
