取引先の天才プログラマーが家族を連れて日本に来るというのでどこに連れていこうかと思ったら、俺が変なところに連れていかれたよ
人間というものは年を経るごとにどんどん変わっていくように見えるが、結構根底は変わらないんだよなあ。え、何のことかって? この男のことである。
十数年ぶりに届いたメール
ある日、随分懐かしい昔の仕事仲間からメールが来た。仕事仲間と言っても、若い頃に取引のあったアメリカ企業のソフトウェア開発者である。その頃一緒に携わっていたプロジェクトが終わってからは、私がその業界の担当を外れて、親交がなくなっていた。
一緒に仕事をしていた頃は、お互いによく行き来した。日本で製品をリリースする前には、私がヤツのオフィスのあるオレゴンへ行き、仕様確認や動作検証につきあった。納品後にトラブルがあれば、今度はヤツが日本に来て、客先で徹夜でデバッグ(ソフトウェアの不具合修正)をした。そんなふうに、仕事を通じて結構長い時間を共にした。
当時どちらも30代で、一時期は結構密なつきあいをしていた相手である。その頃はオンラインでの仕事もまだ黎明期で、何かあれば出張して顔を合わせて仕事をするという、不便でもあり人間的な良い時代でもあった。
ハリウッド映画から抜け出してきたようなオタク
そいつと初めて会ったのはベンダー・ミーティングだった。関連会社や代理店が世界中から集まり、何日かホテルのようなところに詰めて、市場分析や売上予測、新製品の企画や競合分析をしたりするような場である。
昼間は会議室に詰めてはいるものの、夜は毎日食事や酒を傍らに親睦を深める機会が用意されており、私も毎年楽しみにしていた。
そいつは、新しくリリースする製品のソフトウェア開発を担当しており、その年のミーティングの初日に行われた製品デモを担当していた。
ヤツは、ホテルのバンケット・ルーム(宴会場)の前方に設置されたプロジェクタのスクリーン前に立ち、金髪によれよれのTシャツにジョン・レノンのような銀縁の丸いメタルフレームをかけた姿で話していた。アメリカ人にしては珍しく細身の小柄で髪も長く、ちょっと見ると大学生のようにも見えた。
初日のミーティングが終わると、そのままそのホテル内の会場でディナー(と言っても雑談しながら立食)となったが、そこで言葉を交わしたのが最初の出会いだった。ヤツは酒も飲まず、コーラを飲みながら同僚に何か熱弁をふるっていた。
ジョン(仮名)はちょっと顎がしゃくれて、片側の口角だけ上げてにやっと笑う顔がクールといえばクールな、いわゆるギーク(おたく)を絵にかいたような奴だった。
映画でよく、キーボードをカチャカチャ叩きながら、北朝鮮かどっかのネットワーク・システムに侵入し、何を突破したのかしらないが、「イエス!」などとガッツポーズしているキャラクターがいると思うが、あんな感じだった。一言でいうと、やや変人の天才という感じだった。
実際にトラブル対策で日本に来てデバッグしていた時も、何かを試しては本当に「イエス!」なんて叫んで、こちらの顔を見て嬉しそうな顔をするので、「ハリウッド映画だけじゃなくて本当にこういうヤツいるんだな」と思ったことを覚えている。
そいつは、ソフトウェアの開発からハードの設計まで何でもできる男だったので、そのうちに製品開発の中心人物となり、さらにちょくちょく日本に来るようになった。
一番の専門がグラフィックボード(コンピュータの描画の基板)だったので、その頃 nVidia(エヌビディア)という企業の名前もそいつから聞いて「これなんて読むんだ?」なんて聞いたことを思い出した。まだ nVidia が小さな企業だった頃だ。
そしてそのうちに、ヤツもそれなりに酒も飲みだし、その少年のようだった風貌も年相応に老けていき、ゆっくりとおっさん化していったのである。
その後も会社としての取引は続いたのだが、私がその取引先の担当でなくなってからは、10年以上音沙汰がなかった。噂では、そいつも現場で製品開発を自分で担当することがなくなり、どっちかというと開発部門の管理者的な立場の仕事をしていると聞いていた。
あのギークが家族を連れてきた
そんな時に突然来た連絡だった。
「今度家族で日本に旅行で行くので、時間があればぜひ会おう」というのである。
そのメールには、「俺、今こんな感じ」という感じの写真がついていた。皺が増えていたが、それほど印象は変わらなかった。相変わらず丸い銀縁眼鏡をかけていた。奥さんと娘もつれてくるという。娘はジョンの血をついで天才で「飛び級」したとかいう話も聞いたことがあったが、さぞや大きくなっているだろう。
最近は、Googleマップなどあるので、日本の観光地はよっぽど外国人の方が詳しい。ヤツが待ち合わせ場所に指定した浅草の裏通りにあるカフェに行くと、そこには澄ました顔で抹茶ラテなどを飲むヤツの姿があった。
合理的でこざっぱりした服を着ているところは変わっていないが、さすが管理職、服には皺がなく、ずいぶん身なりが良くなっていた。そして奥さんはジョンよりかなり長身でがっちりした体格の良い優しそうな人だった。
娘はジョンをそのまま女の子にしたような小柄な子だったが全く物怖じせずに良くしゃべる。確かに聡明そうだった。
***
せっかく日本に来たのだからと、私たちはその浅草の裏通り近くで、屋台のように路上にテーブルを出している居酒屋が立ち並ぶエリアに行き、そこで食事をすることにした。
少なくとも、私の知っているアメリカ人は良く食う。体格の良い奥さんは勿論のこと、ジョンと娘も小柄なくせに食欲旺盛だった。
どこかの有名シェフが「量も味のうち」と言っていたが、アメリカ人にとってはこれホントなんだろうなあと思う。アメリカで食事の後にデザートなんか頼むと、食えるはずのない量のケーキの角切りがアイスクリームにまぶされてバケツみたいなボールに入ってきたりすることがある。それを「オー!」なんつって驚くのも味のうちという感じの文化である。
そんな国から初めて日本に来たジョンの奥さんは、小さめの皿に出された取り分け用の料理を「これ私の分かしら」という顔ですぐ全部ひとりで食べてしまったりしていた。
たしかに大食大国のアメリカに比べると、「これ全員で食べるんですよ」とちょっと言いにくいくらい小盛だったのでこれは無理もなかった。でも味は良かったようで美味しく食べてくれていたので良かった。
次の皿がくると奥さんが手をつける前に、娘が先につまんで食べて他の人にも勧め、うまいこと日本のしきたりを行動で説明してくれているようだった。天才というだけでなく空気を読むのも上手いようで感心した。
一通り食事をしながら話が一段落すると、奥さんと娘はアニメグッズを売っている店に行くとのことだった。ジョンもオタク系ではあったが、アニメには興味がないようで、そこからは二手に分かれて行動することになった。
秋葉原へ向かう奥さんと娘を見送ると、私とジョンは地下鉄に乗って新宿に向かった。昔、こうしてジョンとよく一緒に電車で移動したのを思い出した。
ジョンは声がでかいので夜の電車の中などで話をしていると非常に目立ち(というかうるさいので)、ある夜に酔っ払いのおっさんに、「あんたうるさいんだよ」なんてからまれたことがあった。ジョンは何か好意的なことを言われたのだと思い、笑顔で親指を立てて応えていた。
電車の中でその時のことを思い出し、ジョンに覚えているかと聞くと、「昨日の昼間、娘も初めて日本の電車に乗ったのだが、小さな声で『お父さん、な、なんでこんなに静かなの、なんかあったの』と言っていた」と言うのだった。日本の電車内が静かで、初めてきた外国人がビビるというのは、よく聞く話である。
しかし、その日の新宿に向かう電車はもう夜だったのでなんだか騒がしかった。
東京ディープナイト
ここ数日で、日本料理は一通り食ったとのことだったので、まずは新大久保のなじみの店に連れて行き、韓国料理をつまみながら飲んだ。二軒目をどこにしようかと考えていると、ジョンがニコニコしながらスマホを取り出した。実は入念に下調べしてきたらしく、行きたい場所のリストがあるという。そのひとつが、「新宿ゴールデン街」だった。
数年ぶりに足を踏み入れたゴールデン街は、私の記憶にある姿とは一変していた。かつての文化人が集う湿り気を帯びた路地は、様々なユーチューバーが紹介したこともあり、今や世界中の観光客が押し寄せる「東京・昭和テーマパーク」と化していた。すれ違う人々の七割がたは外国人で、欧米人、ラテン、アジアとダイバーシティを絵にかいたような構成で、昔の文化人が集まるゴールデン街をイメージしていた私は面食らった。
この夜をきっかけに、私自身も後にこの街へ足を運ぶようになるのだが、それはまた別の話である。
細い急階段を登った先にあるジャズバーの扉を開けると、使い込まれたカウンターと初老の渋いマスターが私たちを迎えた。
「お二人ですか?」
その一言に、ジョンは「クールだ……」とため息をついている。その昭和の探偵ドラマに出てきそうなバーの雰囲気に私も思わずしびれた。
そこで隣り合わせた多国籍な客たちと話をしたが、良識がある人々ばかりだった。そして、次に行った店は若者がテキーラのショットを順番に煽っているような店だった。ゴールデン街と一口で言っても様々な店があるようだった。
日本旅行の真の目的
ゴールデン街の混沌をひとしきり味わったところで、そろそろ時間かなと思い隣を見ると、ジョンは急に声を潜めて、何かを告白するようにこう言った。
「実は、もう一軒どうしても行きたいところがあるんだが、ひとりで行く勇気がないので連れてってくれないか。実はそこが今回の本命で……」
ジョンの目をみると、かつて現場で難解なバグを解決していた時のような真剣な光を帯びていた。いったいどこに行きたいというのか。
彼がおもむろに差し出した画面には、女子プロレスラーや筋肉自慢女子たちが接客するというガールズ・バーの店名、「マッスル・ガールズ」の文字が躍っていた。その店は、池袋にあるという。
色々予習しすぎである。ユーチューバーも変なものばかり紹介しないで欲しい。既にかなり酔いが回っているヤツは、もはやかつてのクールな天才ではなかった。
「じゃ、行ってみる?」と私がいうと、一気に晴れやかな表情になり、嬉しそうに Yes! Let's muscle! などと英語の文法もでたらめな掛け声を上げるのだった。
そして、私たちはそのままの勢いで、レッツ・マッスルしたのである。私もこんな機会でなければきっと行くことのなかっただろう場所なので非常に勉強になった次第である。
店の中は健全な雰囲気で盛り上がっていた。女性バーテンダーが果物を素手で握りつぶして抽出した果汁でカクテルを作ってくれたりしている。また、突然店の中で誰かが高速懸垂を始めたりする。そんな店内で、ジョンのような「強い女性」にあこがれる男たちが、筋肉の祭典に酔いしれているのである。
ジョンは、「日本の優しい女性と筋肉。こんな素晴らしいコンビネーションは世界中のどこを探しても他にはないでしょう」とかつての新製品リリースの時のプレゼンのようなセリフを口にしながら、目を輝かせていた。よく考えてみると、ジョンの奥さんもなかなかの体格だった。ジョンの好みは、三十年前から一貫していたというわけだ。そう考えると、あのよく食う奥さんをジョンが選んだのも納得がいった。
禁断のアスレチック・パーク
時計の針が深夜を回る頃、私はジョンをホテルに送り届けた。ホテルに着いてジョンがロビーから部屋に電話をすると奥さんと娘ももう部屋に戻っていた。もう滞在中は会えないだろうから、ロビーの横のバーに降りてきてもらい、少し話をした。
奥さんが「You guys had a good time?(楽しんできた?)」というので、「Yeah, we went to a…(いやあ、実は…)」と言いかけたところで、ジョンの鋭いエルボーが私の脇腹をとらえた。
そうか、やっぱり言うとまずいのかと思い、「……ちょっとしたアスレチック・パークのようなところがあってね。いい運動になったよ」と苦しまぎれに付け加えると、奥さんはジョンの顔をみた。
ジョンは、何か大きなセキュリティ・リスクを感知したのだろうか。奥さんからやや目をそらし、真面目な顔のままで「日本みたいな国は他にないよ」と独り言のように言うと、全身から「よけいなこともう言わないでオーラ」を発しながら、カウンターに置かれたカシューナッツをポリポリと食べ続けていたのである。
若干しわは増えていたが、そのとぼけた横顔は、徹夜でコードを直しては、翌朝に何事もなかったようにクールにドリンクバーのコーラを飲んでいた頃と少しも変わっていなかった。
(了)
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