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もう一人の私が現れた──なりすましアカウントと距離を取る

少し前に、私のなりすましと思われるアカウントが出ていました。

名前も同じ。
アイコンも同じ。
プロフィールも同じ。
ホーム画面も全く同じ。

ここまでそろうと、さすがに少し驚きます。

最初に知ったときは、「ああ、そういうこともあるのか」と思いました。
怒りが強く出たわけではありません。
ただ、何がしたいのだろう、とは思いました。

見たところ、私以外にもなりすましに遭われた方がいるようで、早く落ち着いてくれるといいなと思っています。

せっかく珍しい体験をしたので気持ちを切り替えて、今回はこの出来事を、いつもの「投資×心理」のように少し整理してみようと思います。

相場の話ではありませんが、こういうときの心の動きも、どこか少し似ている気がしたからです。

今日は、この「なりすましと距離を取る」話です。


心の動き──少し驚くと、想像が先に走りやすい

なりすましのアカウントは、記事まではまだ書かれていませんでした。

使われていたのは、名前、アイコン、プロフィール、ホーム画面です。
そこまで見た時点で、まずは「これは何だろう」と少し身構えました。

こういうとき、私は確認できたことより先に、少し先のことを考え始めます。

このあと記事まで真似されるのだろうか。
誰かが間違えてしまうのだろうか。
厄介なことにならないだろうか。

実際に何人かフォローされていたようなので、少し面倒なことにならなければいいな、とは思いました。

でも、そこで一気に気持ちが大きくなったというよりは、驚きと、軽い警戒と、少しのやりにくさが同時にあった感じです。

今思うと私は、なりすましそのものに強く反応したというより、
まだ起きていないことまで先回りして考えやすくなっていたのだと思います。

その裏側にある心理──見えている事実より、先の解釈が膨らみやすい

こういう場面では、事実解釈がすぐ混ざります。

事実としてあったのは、名前とアイコンとプロフィール、ホーム画面が私のものと同じだったこと。
まだ記事は出ていなかったこと。
そして、こちらが気づいたことです。

でも、そこに
「この先もっと広がるかもしれない」
「何か面倒なことになるかもしれない」

という解釈が重なると、気持ちは一気に落ち着かなくなります。

これは相場でも少し似ています。

実際に起きたことより先に、
「この下げはまだ続くのでは」
「ここから全部悪くなるのでは」

と想像が大きくなると、事実以上に心が動きやすくなります。

もちろん、先を考えること自体は悪くありません。
ただ、まだ起きていないことまで全部背負い始めると、必要以上に疲れます。

今回も少し似ていて、私はそこで、見えていることと、まだ見えていないことを分けたほうがよさそうだと思いました。

こわいところ──気持ちが先回りすると、自分でできることまで見えにくくなる

こういうときのこわいところは、出来事そのものより、
気持ちが先に膨らみすぎることだと思います。

相手が何を考えていたのかは分かりません。
記事まで真似するつもりだったのかも分かりません。
そこを想像し始めると、考えようと思えばいくらでも考えられます。

でも、その時間が長くなるほど、自分でできることはむしろ見えにくくなります。

相場でも、自分では動かせないものに意識を持っていかれすぎると、判断が少し荒れます。
ニュースそのものより、そこから膨らんだ解釈に疲れてしまうことがあります。

今回も、ずっとその先を想像していても、こちらでコントロールできることは増えません。
だったら、まずはできることだけやるほうがよさそうだと思いました。

対応策──想像を追いかけるより、できることに戻る

そこで私は、運営に報告しました。

やったこと自体は、それだけです。
特別なことをしたわけではありません。
他人のやることはコントロールできなくても、自分が取れる行動はある。
そう思うだけで、気持ちは少し落ち着きました。

私が今回、あらためて大事だと思ったのは、次の3つです。

① まず、確認できたことだけを見る
名前、アイコン、プロフィール、ホーム画面が同じだった。
まだ記事は出ていなかった。
まずはそこまでで止める。
これだけでも、気持ちが先に走りすぎにくくなります。

② 相手の意図を決めつけすぎない
悪質だったのか、軽い気持ちだったのか、先まで考えていたのか。
そこは正直、こちらには分かりません。
分からないところまで断定し始めると、事実より解釈のほうが大きくなります。

③ 自分にできることだけやる
今回は報告する。
必要なら周知する。
それ以上は、少し距離を取る。
相場でもそうですが、全部を抱えようとしないほうが、結局はぶれにくい気がします。

一言まとめ

今回の件では、少し驚きました。

まさか「もう一人の私」が現れるとは思っていませんでしたが、見た目が似ていても、そこで全部同じになるわけではないのだろうとも感じました。

どんな文章を書いてきたか。
どんなやり取りをしてきたか。
どんな空気で続けてきたか。

そういうものは、急には重ならないのかもしれません。

今回も、想像を大きくするより、事実を見て、できることをやる。
その順番でよかったのだと思っています。

それにしても、本人は一人で十分ですね(笑)
これからも、いつものように書いていこうと思います(^-^)

ここまで読んでくださった皆さまへ

今回は少し変わった話でしたが、気づいて知らせてくださった方、温かいコメントをくださった皆さまには、あらためて感謝しています。

少し驚くことが起きた日に、想像を広げすぎず、自分にできることへ戻る。
そんな感覚は、相場の外でも案外大事なのかもしれませんね(^-^)

■関連note

【お知らせ】なりすましと思われるアカウントについて