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『ミノタウロスの皿』――それでも、私たちは食べる

それは、遠い星の話ではない。
これは、どこにでもある日常の、少し角度を変えただけの物語だ。



男はすべてを失っていた。
宇宙船は壊れ、仲間は死に、水も食料も尽きた。
ただ、終わりを待つだけだった。

そのとき、彼は“救われた”。

目を覚ました先にいたのは、ミノアという少女だった。
柔らかな光の中で笑うその姿は、あまりにも穏やかで、あまりにも美しかった。
男は、やっと生き延びたのだと思った。

丘を歩き、水辺に座り、言葉を交わす。
それは、失われた世界の代わりのように、やさしい時間だった。

だが、世界は静かにひっくり返る。



その星では、牛のような種族が支配していた。
そして人間に似た種族は、“家畜”だった。

ミノアも、そのひとりだった。

彼女は選ばれていた。
ただの食料としてではない。
最高の栄誉として。

「ミノタウロスの皿」
それは、祝祭の中心に据えられるための運命だった。



男は理解できなかった。
いや、理解したくなかった。

「逃げよう」と言った。
「地球へ行こう」と言った。
「君は死ぬんだ」と言った。

けれど、ミノアは笑った。

なぜそんなことを言うの?
とでも言うように。

彼女にとって、それは恐怖ではなかった。
それは誇りだった。

“おいしく食べられること”が、自分の存在の証だった。



男は叫ぶ。
怒る。
説得する。
銃を持つ。

だが、何一つ届かない。

誰も悪いことをしていない。
誰も疑問を持っていない。
誰もそれを残酷だと思っていない。

ただ、それが“世界”だった。



祝祭の日。

音楽が鳴り、歓声が上がり、命が差し出される。

男は泣きながら銃を構える。
けれど、その引き金は、どこにも向けられない。

なぜなら彼は気づいてしまったからだ。

ここで起きていることは、
自分が否定できるものではない、と。



地球へ帰ったあと。

男は泣いている。

ミノアのことを思い出して。
あの笑顔を思い出して。
あの世界を思い出して。

そしてそのまま、肉を口に運ぶ。



この物語が残酷なのは、誰かが悪いからではない。

誰も悪くないまま、
すべてが成立してしまっていることだ。

そしてもっと残酷なのは、
それが“他人の世界”では終わらないことだ。



私たちは、知っている。

命があることを。
痛みがあることを。
恐れがあることを。

それでも、線を引く。

ここまでは守るべき命で、
ここからは仕方のない命だと。

理由はあとからつける。
文化だから。
習慣だから。
必要だから。

だが本当は、もっと静かな場所で決まっている。

“慣れているかどうか”で。



ズン類は、相手の立場で考えられない存在だったのか。

それとも――

私たちもまた、同じ場所に立っているのか。



『ミノタウロスの皿』は、答えを与えない。

ただ、問いだけを残す。

あなたが見ているその世界は、本当にそのままの形なのか。
あなたが当然だと思っているその構造は、本当に疑う余地がないのか。

そして最後に、静かに突きつけてくる。



それでも、あなたは食べるのか。



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