ヘッドスパへの誘い
「父ちゃんにもヘッドスパ、やって欲しい!」と妻が力説する。
結婚して以来、妻は美容室にほとんど行ったことがない。妻は髪を後ろで一本に束ね、前髪は自分で整えていた。後ろ髪が長くなると、僕が切ることさえあった。力士の断髪式みたいに。
その妻が昨年から頻繁に美容室に行くようになった。白髪染めを自分でするのが億劫になったのと、昨春卒業したクラスの生徒が美容室で働くようになったので、その生徒の働きぶりを見に行くためだ。
昨年末あたりに美容室でヘッドスパを勧められ、妻のお気に入りになった。
「もうねぇ、終わったら目がパッキーーーーン!!てなってさ、目がパッちり開いて、顔ひきしまるんだよねー。ホントいいわー。父ちゃんにもやってもらいたいわ。お金出すからさ、一緒に行こうよ!」
妻は毎回ヘッドスパから帰って来ると、興奮して僕に力説する。毎回だ。
僕は、美容室に行ったことは人生で一度もない。断然、床屋派だ。なんか、美容室は照れる。無理。
この20年ほどは、行きつけの床屋さんのみ。僕より10歳ほど年長の親父さんにいつも切ってもらっている。
親父さんが年老いてハサミを持てなくなるか、親父さんの手が震え、『ゴッドファーザー』の床屋のシーンの恐怖が脳裏をよぎるようになるまで、その床屋さんに通うと固く心に誓っているわけではないが、どうも他の床屋さんに行くのは気が引ける。
親父さんを裏切るような、やましいような感じがして他の店には行けない。
ましてや、美容室見たいなチャラチャラした場所へ行く選択肢は僕にはない。
「美容室はチャラチャラなんてしてないから。その美容室には、おじさんやおばさん、子供も来るし、父ちゃんが行っても大丈夫だよ。学校の先生も多いってさ」と妻は言う。
「あ、学校の先生の頭皮は硬いんだって」と妻がつけ足す。
「そっか、じゃ今度行ってみるかな・・・」と僕は答えた。
でも、マッサージされながら、
「先生の頭って硬いんですよ」
なんて言われたら、返す言葉が僕にはない。
美容室には絶対に行かない。
僕の頭は固い。

