恥の多い人生
コンビニでコーヒーを買った。ホットコーヒーだ。
コーヒーのサイズが言えない。恥ずかしくて店員さんに伝えられない。
「レギュラーで」。その一言が言えない。
「小さいので…」と言ってしまう。
「レギュラー」と言うのがそのコンビニでは正解なんだけど、「ホットコーヒー、レギュラーで」と言うのが、ちょっと恥ずかしい。
「ホットコーヒー」は恥ずかしくないけれど、
「レギュラー」と言うのが恥ずかしい。
「レギュラーって野球の選手かよ!」って思ってしまう。
なんでわざわざ英語なのかと思う。
スタバでは「ショート」とか「トール」って言うんですよね。
イオンシネマは「Sサイズ」とか「Mサイズ」と言うんですよね。
店によって呼び方が違うから紛らわしい。
呼び方を統一してほしい。
「スモール?ショート?レギュラー?リザーブ?」
「ロング?セミロング?ラージヒル?ノーマルヒル?」
「トール?トーラー?トーリスト?」
一瞬、何が何だか分からなくなる。
店のどこかに飲みもののサイズは書いてあるのだろうけど、地図を見ずに歩き続けて道に迷う方向音痴の僕に、あらかじめ飲みもののサイズの呼び方を確認するなんてできっこない。
「どれが正解?間違ったらカッコ悪りーしなぁ…」
店員さんの前で焦る。
「この田舎ジジイ、こんな簡単な英語も知らないのか?」と、店員さんに馬鹿にされたくないという、自分の自信のなさが恥ずかしい。
「いやいや、君よりは英単語、たくさん知っていますから!」
店員さんを見下す自分が恥ずかしい。
結局、田舎の英語を知らないオジイさんを演じ、
「小さいので…」と言ってしまう。
コーヒーのサイズも、生ビールみたいに大・中・小ならいいのに。
「コヒ中!」みたいに…
ホットコーヒーのボタンを押す。そのコンビニでは「軽め・普通・濃いめ」が選べる。
「濃いめ」を押す。
なんか「薄め」「普通」は損をしている気がして「濃いめ」を押してしまう。
別に濃いコーヒーが飲みたいわけではない。
「濃いめ」を押してしまう吝嗇な自分が恥ずかしい。
誰も見ていないのを確認して「濃いめ」を素早く押す自分が恥ずかしい。
恥の多い人生を送って来ましたではなく、恥の多い人生を送っています。
これからもますます恥の多い人生でしょう。
生きるって恥ずかしいことの連続なのかもしれません。
望むところです。
自動ドアが開きお客さんが入ってきた。
五十代ぐらいの痩せた女性。細身の黒いパンツに黒いシャツ。ちょっとオシャレなマダムって感じだ。
僕と目が合う。
まつ毛が異常に大きくて顔からはみ出している。
明らかなラージサイズのつけまつ毛。
そのつけまつ毛、大きすぎませんか?
せめてレギュラーのつけまつ毛にしませんか?
恥ずかしくないんですか?
見ている自分が恥ずかしくなって僕は目をそらす。
次の瞬間、ズルッ、ズドン!!と大きな鈍い音がする。
僕の足下で、その女性が床の上に寝ている。
濡れた床で滑って転んだらしい。
ホームベースに滑り込みしているみたいな格好だ。
「大丈夫?」
僕は声をかける。
「大丈夫です」
女性はとても恥ずかしそうに答える。
彼女は立ち上がり、ホームに暴走してタッチアウトのジャッジを宣告された選手のように恥ずかしそうに店の奥に去って行く。
僕はレジにその女性がやって来てまた顔を合わせるのが恥ずかしいので、急いでコーヒーに蓋をしてコンビニを出る。
僕は勝ち逃げをしたようでとても恥ずかしい気持ちになった。

