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ブラジル戦の1-2。私たちは歴史的な「最初の一歩」を目撃したのかもしれない【エッセイ】

 今朝未明に行われた、2026年北中米ワールドカップ・決勝トーナメントのブラジル戦。

 私は2時に起きて見た。

 前半29分、佐野海舟選手の鮮烈なミドルシュートがネットを揺らして先制した瞬間、日本中が文字通りひっくり返った。

 私も思わず「おおっ」と声をあげ、寝ている息子を起こしてしまうところだった。

 結果は後半に王国の猛攻に晒され、アディショナルタイムの痛恨の失点で1-2の逆転負け。

 グループステージのオランダ戦(2-2)もそうだったが、試合の大部分は自陣に引きこもって防戦一方。

 ひいき目なしに見れば「実力で上回っていた」とは言えないのかなと、素人ながらに感じた。

(もちろん、日本の勝利を願って観てましたよ)

 けれど、あの防戦一方の展開を観ながら、私たちの心の中にはかつてない「ある違和感」が確かに芽生えていなかっただろうか。

 それは、「もしかしたら、本当に勝てるんじゃないか?」という、リアルな予感だ。

 昔の日本なら、ブラジル相手に防戦一方になればそのままメンタルも体力も崩壊して大量失点していた。

 しかし今の日本は、世界トップクラスの猛攻をギリギリまで組織で耐え凌ぎ、一瞬の隙をつきカウンターを決めることができる。

 「勝てるわけがない」という絶望の壁が、いま、「勝てるかもしれない」という地続きの希望に変わったのだ。

 この「かもしれない」へのパラダイムシフトこそが、実はあらゆる歴史がひっくり返る直前の予兆である。

 陸上界には、有名なメンタルブロックの歴史がある。

 長年、日本人の身体能力では「100メートル9秒台の壁」を越えるのは絶対に不可能だと言われていた。暗黙の了解として、みんなが心のどこかで諦めていた。

 しかし2017年、桐生祥秀選手が「9秒98」の切符を掴み取ってその壁をぶち破ると、世界は一変した。サニブラウン選手、小池選手、山縣選手……まるで堰(せき)を切ったように、次々と9秒台に突入する選手が現れたのだ。

 これを俗に「ロジャー・バニスター効果」と呼ぶ。

 人間は、「絶対に無理だ」と思っている暗闇の中では足がすくむ。

 しかし、誰か一人が「ほら、あそこに出口があるよ」と実際に通り抜けてみせることで、周囲の脳のブレーキが外れ、「あいつにできるなら、自分にだって」というモードに世界が書き換わる。

 何事においても、「0を1にする最初の一歩」が一番キツく、最も価値がある。

 2人目以降は、先駆者が作ったルートを見て走ればいい。だが、1人目は「絶対に不可能だ」という周囲の冷ややかな視線や、自分自身の疑念と孤独に戦いながら、前例のない暗闇を独りで切り拓かなければならない。

 今回のワールドカップで、日本代表が私たちに見せてくれたのは、まさにその「歴史的な1人目」になるための、重く、価値ある一歩だったのではないだろうか。

 「勝てるわけがない」が「勝てるかもしれない」になったら、もう勝ったも同然なのだ。あとは時間の問題に過ぎない。

 そして、このロジックは何もサッカーやスポーツに限った話ではない。

 ビジネスでも、個人の挑戦でも、そして「創作」の世界でも、まったく同じことが言える。

 私も今、「勝てるかもしれない」を信じながら小説を書いている。誰かにとっての「最初の一歩」を、この手で書きたいから。

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