551の豚まんがあるとき|『エモい食いもん』掲載エピソード
「551の豚まんがあるときー」と言われると、たとえ気乗りしなくてもワハハハと笑ってしまう私の出身は大阪である。同じジャンルに「邪魔すんで〜」「邪魔すんねやったら帰って〜」という新喜劇の鉄板ネタがあり、関西人なら誰でも発してしまうお決まりフレーズだ。
結婚当初、広島出身の夫が「邪魔すんで〜」と言いながら洗面所に入室してきたので、マスカラを塗りながら「邪魔すんねやったら帰って〜」と言ったところ、本当に言った! と感激されたことがある。
そうなんです、本当に言うんです。上の句が詠まれたら、下の句目掛けて飛び込んでしまう、競技かるた選手のような脊髄反射が、骨の髄まで染み付いているのがナニワの人間なんですわ。
そんなノリツッコミ帝国の住人がこよなく愛するのが、大阪名物・551の豚まんである。創業以来80年、大阪土産の最前線を走り続け、店舗前にできる行列さえも名物となっている豚まん。今、肉まんじゃなくて? と思った人は、すぐに考えを改めるとともに、大阪に来てまず一口頬張るのが賢明だろう。
個人的見解だが、「豚まん=551の豚まん」、「肉まん=551の豚まん以外の同じ形をしたやつ」と思っている。なぜ豚まんと呼ばれるようになったかというと、関西では肉=牛肉という文化があったため、豚肉ですよということを強調するために広まった呼び方のようである。ということは先ほどネットで調べていて知った。
とにかく大阪で「551の肉まん」などと口を滑らせると、さっきまで温厚だったお姉さんも「肉まんちゃう! 豚まんや!」と血相を変えてしまいかねないので注意が必要である。
さて、そんな美味しい美味しい豚まんを知らない人のために、もう少し魅力を説明したいと思う。まず、赤と白のコントラストが目を引く、店の構えから素晴らしい。
パキッとしたカラーの「551 HORAI」はどこからでもすぐに見つけることができ、特に迷宮のようなデパ地下などでは、いい意味で浮いているので道に迷わなくて済む。普段Googleマップ先生に頼りっきりの方向音痴からすると、とても有り難い自己主張の強さだ。
そして何なく店舗にたどり着いたところで、つい見てしまうのが豚まん包みの実演である。流れるような手捌きでもちもちの皮に餡が詰められていく様子は、見ていて気持ちが良い。一分間に4つ包めるようになったら一人前と言われているらしく、あっという間にただの皮と餡が大阪名物に変わっていくのが面白い。こうして行列の待ち時間まで楽しませてくれるところにも、笑いの本場のエンターテイメント性を感じる。
と言いつつ、行列なんぞスンと捌いてしまうのがこの店の持つポテンシャルの高さだ。せっかちな関西人に合わせるようにテキパキと、かつ丁寧に接客をしてくれ、「今日はちまきがおすすめですがいかがですか」なんて追加の営業もしてくれる。
あまりにスムーズなので、うっかり「ではお願いします」と言いそうになるから恐ろしい。とはいえ断っても申し訳なくならないほど淡々としているので、こちらも気持ちが楽である。
こうしていつも五分足らずで豚まんを手に入れ、「豚まん買ったよ」と家族LINEで得意げに報告するまでがセットだ。わざわざ報告するのは「え、嬉しい! センスあるう!」など、絶対に称賛される自信があるからである。
とここで、551の豚まん唯一の難点と対峙する必要がある。それは店舗の構えだけでなく、匂いまでめちゃくちゃ目立つということだ。持ち帰り途中の電車が通勤ラッシュなどと被れば、車内に豚まん臭を充満させることになり肩身が狭い。実際にその匂い爆弾を抱えた乗客がいれば、私は全車両の中からでも、すぐに見つけ出す自信がある。
なので自身が豚まんを買って帰る際は、なるべく通勤ラッシュを避け、電車の端っこの方で「豚まんを持ってません顔」をしながら膝下あたりで紙袋を抱えるようにしている。
また、よく観光客が帰りの新幹線で食―べよ♪と購入をし、車内でオープンザボックスをしている時があるが、その後「えっ、これこんなに匂うの?」と気まずくなっている人をこれまで何度も見たので、この行為もおすすめしない。想像の五倍以上は匂うと思っておくのが良いだろう。強さレベルで言うと、テイクアウトのマクドナルド以上である。
やはり551の豚まんは家で心置きなく食べるのが一番。少し甘めでむっちりとした生地は、手に持つだけでギトギトになってしまうほど肉汁がじゅんわりと溢れ出る。保存料は一切使わず、豚ミンチと玉ねぎだけのシンプル勝負。次から次へと口に運びたくなる美味しさ、鼻腔をくすぐる唯一無二の香り。大きくてむちっとしていて食べ応え十分なくせに、気づいたら最後のひとくちになっている憎めないやつ。
ほら、もうあなたも食べたくなっているでしょう。
二〇二四年の年末、夫の実家・広島への帰省土産に私は頭を悩ませていた。二世帯住宅で彼の祖父母も住んでいるため、できるだけ世代を問わずみんなが好きなものを持っていきたい。それも関西でしか売っていないものがいいな、と思っていたところに豚まんの存在を思い出した。
551の豚まんは、美味しさのクオリティを保つための諸々の理由から、セントラルキッチンから車で150分圏内のエリアにしか出店をしないらしい。その日の気候によって発酵の具合を確認するらしく、この徹底したこだわりが我が大阪土産として誇らしい。
よし、これを持っていこう。
帰省当日、私は意気揚々と新大阪駅にあるチルド専門の551の店舗に立ち寄り、豚まんを10個購入した。そう、このチルド商品を選ぶというところが、豚まんプロとしてワンランク上の買い方である。チルド商品は大阪駅と新大阪駅で売っており、香りもそこまでせずに日持ちもするのでお土産にぴったりなのだ。これでセンスがある嫁としての肩書きを手に入れたも同然。何の不安もなく、新幹線に乗り込んだ。
広島の義実家に着いてさっそく、「551 HORAI」と大きく書かれた紙袋を手渡した。どうでしょう! いいお土産ですよねぇ! と鼻の穴を膨らませていると、案の定、家族からの反応は抜群だった。「みんな好きよねえ」とお義母さんが嬉しそうに言ってくれたのを見て、この年末年始三日間の滞在は安泰だと確信した。
「期限内に食べきれないものは、豚まんの底についている薄い板を剥がしてラップに包んでから冷凍すると長持ちしますよ」と、祖母が大量の豚まんを冷凍庫にストックしていた姿を思い出し、少し誇らしげに説明。続いて「解凍するときは表面を水で濡らし、ふんわりとラップをかけて電子レンジでチンをすると美味しさが蘇ります」と551のベテラン店員のように伝えた。
個人的には、何にもせずレンジで雑に解凍し、生地が少しギュッとなってしまうのも好きだし、熱くなりすぎた皮をラップで二重に巻いて爪を立てるようにして持ち、それでもまだ熱い豚まんをはふはふと口に運ぶのも堪らない。大人になってカラシの美味しさを知ったが、そのままでも美味しいし、そういえば祖父はウスターソースをぶっかけて食べていたっけ。そんなことも言いたかったけど、嫁としての謙虚さを守るためにやめた。
豚まんのおかげか否か、温かくもてなしてもらった帰省もあっという間に終わりの日、帰りに「むすび むさし」のお弁当を持たせてくれた。
それは広島県民に愛されるソウルフードのひとつで、おむすびがメインのお弁当だった。「帰りの新幹線で食べてね」と、それを手渡してくれたときの表情は、私が広島にやって来た日に豚まんの紙袋を誇らしげに渡した時と同じようだった。
新幹線に乗り込みさっそく弁当を開くと、夫は「そうそう、俺はこの若鶏の弁当が好きなんよね」と、すりすりとおしぼりで手を拭きながらテンションが上がっていて、「お弁当のむすびの中身は練り梅・かつお・昆布・お新香・しば漬けからランダムでふたつ入ってるんだけど、この遊び心がいいよねえ」と自慢げに教えてくれた。
どれどれ、とひとくち食べてみると、冷めていてもしっかりと一つひとつが粒立っていて驚いた。ただのおむすびのように見えるのに、これはただのおむすびではない。
夫の言う通り、どんな具が入っているか分からないワクワク感も、程よい塩味も素晴らしい。これは人におすすめしたくなるのも納得だ。
豚まんもむさしも、全国どこでも食べられるものではないから、また故郷に帰ってきたくなるのかもしれない。
夫と並んで頬張りながら、こっちは新幹線で食べても匂わないからいいもんだなあと思った。
