手足の爪に歴史あり
小学生の時、私の誕生日に、同級生の女の子が2本のネイルカラーをプレゼントしてくれた。
なんとおませでオシャレなんだろう、と思った。もしかして、今どきの小学生には珍しくないのかしら。
2本は無難なピンク系、ではなく、憂いを感じる水色のパールと白の組み合わせ。
プレゼントを渡すときに彼女が添えてくれたひとことは、今思い出しても少しドキドキする。
「Amyちゃんは爪が綺麗だからね」
ピアノ演奏に支障のないよう、短く切り揃えた爪にはもったいない程の、素敵な贈り物だった。
当時は塗り方のコツを知らないから、べちゃっと広がったりスジが残ったり、その綺麗な色を美しく見せることはできなかった。
中学時代の爪の思い出は、足の方。何が原因だったか、爪を一部切除することになった。麻酔の注射を打たれながら、
私:「先生。注射針、指の裏まで突き抜けてませんか?」
医師:「うん、突き抜ける寸前くらい。笑」
という会話があったのを覚えている。想像より痛くなかった。大人になって受けた仙骨注射の痛みに比べればカワイイものだ。
高校時代の記憶は同級生の爪。
「こっちとコッチ、どっちが良いと思う?」と机の上に差し出された友人の手には、隣同士の指に異なるカラーが試し塗りされていた。ローズピンクとベージュピンクあたりだろうか。そういうワンシーンって案外鮮明に覚えているものだな。
大学生の頃は何故か一生懸命、爪に色を塗っていた。安いネイルカラーでも丁寧に塗ればまあまあの仕上がりに。
アルバイトで勤めていた塾の生徒から、
「センセー、色が剥がれかけてるの見たことないけど偉いね」などと言われる。女の子はよく見ているのだ。
私は細部が気になってしまう性格につき、塗りながら少しでも気泡が入ったりヨレたりすると、一度落としてベースから塗り直す。よく睡眠時間を削って乾かした。ヨレたり剥がれかけたりするくらいなら、全く塗らない方が落ち着く。
就職した。職場の先輩の、完璧な厚みのジェルネイルに憧れる。そして先輩の通うネイルサロンに連れて行ってもらった。マンションの一室を利用した個人経営のサロン。後に出会うどのお店より、圧倒的な技術と居心地の良さを提供してくださるネイリストさんだった。
そのネイリストさんがアメリカに移住されて以降、自分で探しあてたお店はどこも…うん。
特に、左右の手を別々のネイリストさんに担当されるのは苦手だった。仕上がりが左右で違うと、非常に気になる。
入店直後に「あ、ここは自分と合わないお店かも」と感じたら、落としにくいジェルではなく、自分で簡単に落とせるポリッシュにオーダーを変更した。
結局ジェルネイルは、1ヶ月近く爪を切らずに過ごす点が性に合わないと分かり、数回の利用に留まった。
30代でピアノを再開して困ったことがある。爪を一定以上に短くカットできなくなっていたことだ。特に人差し指。もう少し短くしたいなぁという地点で、爪と指の間の肉が「これ以上は無理ですよ」と主張してくる。
もともと長い爪ではない。でもピアノを弾くためにはさらに短くしたい。
時間をかけて、少しずつ、少しずつ短くしていった。
今はまた短い爪がデフォルトになり、色も塗らず、こざっぱりと心地よい。
なお、ピアノを再開するまでよく使っていたカラーはこのあたり。

右:大人っぽく軽い仕上がりに

kissという名称とハート型がちょっぴり気恥ずかしいが、廉価で優秀。現在は廃盤。フットネイルにこれ以上しっくりくる赤が見つからず困っている。
またいつか、手の指に色を乗せる日は来るのだろうか。その時は、ピアノを辞めているのだろうか。
塗らなくても、時々ボトルの蓋を開けて、独特のツンとする匂いを嗅ぎたくなってしまう。
近年は「マニキュア」という呼称はもう古いと感じる方もいるそう。昭和・平成的には、艶やかな響きだと思うのだけど。マニキュアの語源はラテン語の「manus(手)」と「cura(手入れ)」とのこと。
80近い母が今も時々手の指に色を塗るのを見て、いいなと思う。
その時やはり、ネイルでもポリッシュでもなく、「マニキュア」の香りがする。
手足の爪に歴史あり。
