「水星の魔女」はよしながふみの「大奥」に似ている
水星の魔女、凄まじい終わり方をしたな…。
シーズン1の最終回ってだけで次はシーズン2が4月から放送されるようだけれど。
ガンダムで女の子二人が主役なのなんか新たなシーンが展開されたようですごいいいなと思って12話まで観てきた。
スレッタが母親に洗脳されて戦争へ人を殺すことやそれが戦争に参加することだということに戸惑いや躊躇いをなくしてしまった姿のグロテスクさを感じた。
そこまで観ていてなんとなく思ったのだけど、なんか構図がよしながふみの「大奥」っぽいなと思った。
「大奥」っていう仕組みじゃなくて、構造が。
今までガンダムは男性のキャラが主人公であることが多かったわけで、男性がやっていたことを性別を変えて女性にしたことで仕組みの歪さというか、やっていることの非人道的なところを照射する仕組みになっているのかなと個人的には思ったんだよな。
父親と息子だったら、父親のやることに「おいおい!」って突っ込みは集まったとしても、結局は父親を乗り越える息子になることが目指すところというか、強くなること(力を増すこと)を推奨される。
しかし母親が娘にという形でもって、その構図が歪んでいることというか男だろうが女だろうが相手を力で支配することはダメだろ…というところに初めて見る側が気づくみたいな。
母親という自分を無限に受容してくれる、自分の存在を脅かすことのない安全地帯として描かれることの多い存在に夢を持たせず、むしろ脅威になり得るのは父も母も関係ないことを示しているというか。
シーズン2をどういう形で迎えるのか、スレッタやミオリネや他の子たちがどうなるか。
どう着地するのか。4月が今から待ち遠しい。
