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食事が作業になっていないか?


スマホに奪われた「味わう時間」

左手にスマホ。右手にはお箸。
視線はずっと画面にロックオンされたまま、加工食品だらけの食事を無意識に口へ運ぶ。
ランチタイムにこんな光景を見るたびに思う。

このご飯、本当に美味しいのかな?

そもそも、味を感じられてる?
ちゃんと噛めてる?
添加物のかたまりを飲み込むだけの作業になってない?
余計なお世話だってわかっていながらそんな風に思ってしまう。

かつてのわたしも「ながら食べ」依存

正直に言うと、昔の私は完全にこれだった。
推しの動画や陰謀論・都市伝説のコンテンツ…。
刺激が強くておもしろくて、止まらなくなるの。
もうドーパミン出まくり。

だから、食べてるものの食感なんて全然わかってなかった。
量はしっかり食べてるのに、おなかも心も満たされなくて つい食べ過ぎてしまう。
ご飯2杯とかデザートのアイスは必須。
これでおなかは満たされても、心はずっと物足りなくて
動画をだらだら見続けるのが日常だった。

ある気づきがすべてを変えた

そんな私が“ながら食べ”を一切やめたきっかけ。
それは「食事は命をいただいている」ということが腑に落ちた瞬間。

私たちの命は、他の命が繋いでくれている。
その当たり前を、心で理解したとき、全てが変わった。

最近は「いただきます。」の前に
「命を繋いでくれてありがとう」
と心の中でゆっくり唱えてる。

その様子を見た子供が 「いただきます長くない!?なにやってるの?」
って、最初はそう言ってたんだけど
この前ちょっと気持ちがせかせかしていて
さくっと「いただきます。」だけ言ったら
お母さんらしくない、なんて言われちゃって。
その後じっくり感謝してから食べてたら 「やっぱりその方がお母さんらしい」だってさ。
いつの間にか自分の大事な軸の一部になってた。

あなたはどれくらい「命」を感じてる?

毎日の食事、ただの流れ作業になっていませんか。
命をくれる存在への“ありがとう”は届いていますか。

ゆっくり噛んで、味わって、感謝して食べると
栄養だけじゃなく、植物や動物が力を貸してくれるような気がする。

仕事に家事に忙しい現代だから、毎回じゃなくていい。
一日に一度だけでいい。
命を感じる食事の時間をつくれたら、
きっと心も体も健康になれると思う。