『過去』に縛られるより『今』を生きるに全振りすべき理由。
自慢話を語るのは、”昔”に敗北している”今”である。
私自身も過去の栄光に囚われ発言することは多々あるが認める。
こういう話は有読者も痛いほど分かるのではないだろうか。
上司に一度は言われたことがあるだろう。
『昔はこうだった。』
『俺が若い頃はもっと野心があった』
そして、そのような発言に誰しも思ったのではないか。
『だからなんなのか』と。
考えてみてほしい。
過去にこうだったと自慢げに話すその人の”今”は輝いているのかということ。
私も新人だった頃に20歳年上の上司に言われた。
『俺が若い頃は24時間働けますか?の時代だったんだぞ。今の子はどうだ?皆甘すぎる。』
そう私に言って昔話を自慢に話している上司は、はっきり言うが私よりも全然稼いでいなかったのだ。
その人は”過去”は凄かったのかもしれないが、私が見てるその人は”今”なのである。
今頑張っていないのに過去のことを持ち出されてもコチラはどう対処すればいいのか悩む。
その悩む時間は誰にとって特になるのであろうか。
勿論、全てを否定するわけではない。
過去に培ったアドバイスを未来への育成として伝授するのは、人の成長に繋がるからだ。
問題なのは、いつまでも言い続けるということ。
その人は、”今”を生きることを否定しているにすぎない。
人間とは”今”を生きていることが輝いていて素晴らしいのだ。
周りに過去の栄光にしがみついている人はいないだろうか?
そういう人がすぐ近くにいるのであれば、自分の時間を守るために、必要以上に影響を受けなくていい。
過去の栄光に囚われ過ぎると、
素直に褒めることができない。
『ありがとう』という感謝を伝えない。
自分より劣っている人間を道具としか思っていない。
自分より上の人には逆らわないが愚痴ばっかり言っている。
もしかしたら言い過ぎかもしれないが、そんな共通点はないだろうか?
その人もきっと同じことを言われたはずなのに、いつしか自分がそうなってしまっている。
極論を言えば、可哀そうな人間でもある。
そういう人が近くにいるのであれば、胸を張ってこう言ってあげてほしい。
『今は今です。』
そうやってハッキリ伝えてあげれば、ムッとしてその場を去るだろう。
だが、それでいいのだ。
人間が生きているのは”今”であって”過去”ではない。
過去の栄光は語ることは出来るが戻ることはできないのだ。
なので、大切なのは”今”にどれくらい生きることが出来るかだと私は考える。
過去ではなく、今日を語れる人でありたい。
自慢話ではなく、現在進行形で勝負したい。
なんなら、過去の栄光に縛られている人間を現在に生きれる手助けがしたいとも思う。
だから私は“今”を積み重ねる。
