見られたくないものは、誰にでもある。
スマートフォンを開けば、
その人の毎日が、少しだけ見えてきます。
誰と連絡を取っているのか。
どんな写真を撮っているのか。
何を検索したのか。
どんな場所に行ったのか。
どんな人と、どんな言葉を交わしているのか。
でも、その中にはきっと、
誰にも見せていないものもあります。
見られたくない写真。
知られたくないメッセージ。
人には話していない仕事。
自分だけが知っている過去。
誰にも説明するつもりのない人間関係。
そういうものがあっても、
人には、誰にも話さなくていいことがあります。
家族だからといって、
すべてを知らなければならないわけでもありません。
大切な人だからこそ、
すべてを見せなければならないわけでもありません。
自分だけの時間があって、
自分だけの場所があって、
自分だけが知っていることがある。
それも、その人の人生の一部。
だから、
「もし自分に何かあったら、これを誰かに見られるのかな」
と考えてしまうことがあっても、
おかしいことではありません。
むしろ、
自分のことを大切にしているからこそ、
そう思うのかもしれません。
雨の日に傘を持つように、
何か起きてからではなく、
何も起きていないときに考えておく。
それだけでも、少し安心できることがあります。
すぐに何かを決める必要はありません。
全部整理する必要もありません。
ただ、
「これは、誰にも見せたくないな」
そう思うものが自分の中にあることを、
知っておく。
それだけでも、十分だと思います。
自分の人生には、
自分しか知らなくていいことがあってもいい。
そして、
それを大切にすることも、
自分自身を大切にすることなのだと思います。
