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はじめに|書くことをまた始めてみる、Andanteで|はじめてのnote

旅、映画、美術、演劇、ドラマなどの感想と、その他あらゆる考えごとを書き記すため本日note開設、それに至る経緯。


1. 本を読めなくなった

ある時期から本を読むことが出来なくなった。

元々、本を読むのに時間がかかる性質だった。ひとつのフレーズに引っ掛かって芋蔓式に考えごとを始めたり、小説であればひとつひとつの場面を頭の中で映像化しながら読み進めたりしてしまうせいだ。それでも、むしろその過程を愉しんでいた時期もあった。

しかし、ある時期から長い間、恒常的に何かに疲弊している年月が続き、その過程を愉しむ余裕が消えた。

より省エネで娯楽を得たいという、無意識下の選択だったのだろうと思う。それならば、初めから映像になっている映画やドラマをサブスクリプションで観るのは理にかなっているし、もっと省エネにドーパミンを得たければ、布団の中でスマホを眺めるだけで簡単に、そして中毒的に得ることが出来る。

本は自分の意志でページを捲らなければならないが、SNSは自動的に、無限におすすめポストが表示されるから。

たまに書店で目新しい本を見つけて買ってみたりもしたが、文字の上を視線が滑るだけで、内容がまるで頭に入って来ない。そんなことを何度か繰り返して、どうせ読みきれないからと本を買うこともなくなった。

2. 文章も書けなくなった

それに伴い、子供の頃から好きだったはずの文章を書くことも出来なくなった。

心の中にモヤモヤとした感情は溜まっていくのに、うまく表現できない。文章力(語彙力、表現力、そして特に構成力)が著しく低下したと自覚し、自分の中の源泉が枯渇したような感覚があって苦しかった。

3. 歪み(ひずみ)の限界と気付き

考えてみると、十代の頃から、あらゆる目標をそれなりに努力し達成しながら生きては来たけれど、それはただひたすら誰かに認められたいからで、そこにやりたいことなど一つもなく、得られたのは束の間の承認と安堵だけだった。

努力が可視化されれば、他人も、そして私自身も私の存在価値を認めるだろうと信じていた。でも他人の承認ばかりを求めて、自分の心を無視し続けたら、だんだん歪みは大きくなり、心よりも先に身体が限界を示した。

しかし、振り返ってみると、私が本心で望んでいたものは十代の頃からずっと変わらなかったように思う。「私が望めば、私はいつでも何処へでも行ける」ただそんな自由が欲しかった。いつの間にか見失い、手段が目的となった。

そんな長い間忘れていた私の本心を、つい最近ある人の言葉をきっかけに、ふと思い出した。大好きで尊敬するその人の話もいつかここで書きたいと思う。

4. 書けなくても書いていたこと

ところで振り返ってみると、本を読めない・文章を書けない時期でも書きたい欲求が湧くことが時々あった。

それは私の心を動かすもの(美術・映画・演劇・音楽・絶景など)に触れた時だった。それらに触れ、自分の感情が目覚め、動き、感じたことを表現したいという欲求。それを封印せず発散できる時、私は自分の心が確かに生きていると感じた。

じっくり余韻に浸り、ひとつひとつを噛み締めながら振り返る時間が、それらを実際に体験する時間と同じくらい、もしかするとそれ以上に私にとっては重要なのかもしれない。その過程を経て、体験は自分の中で完結、定着するし、心の中の陽の当たる暖かい場所に大切にしまっておける気がする。それが出来なければ、良いものに触れたとしてもすぐに日常に掻き消され、私の中ではずっと未完のままだ。

昨年末、ある映画の舞台挨拶とミュージカルを観るために韓国・ソウルを訪れた。どちらもそれぞれ私の大好きな俳優が出演しており、期待通り面白く素晴らしい作品で、鑑賞中は沢山のことを考え、涙を流した。書き残したいことが沢山あった……はずなのに、旅程が過密で余韻に浸る時間がなく、帰国後もすぐに日常に戻り忙殺されることとなった。

どんな場面が印象に残ったか、どんな場面で手に汗握り、どんな場面で大泣きしたか、その事実は思い出せるのに、当時の感情を当時の熱量のまま表現することはもう出来なかった。

ただ忙しくスケジュールを消化したような、作品を消費してしまったような、慌てて走りながら抱えていた大切なものを道端に落としてしまったような気持ちがして、勿体無く、残念どころか苦しささえ感じた。

5. note開設の動機・方針

私が望めば、いつでも何処へでも行ける、ただそんな自由が欲しい。
心を生かすものに触れ、感情を動かし、それを表現したい。

長くなったが、このような経緯と思索を経て、私の再出発のスタート地点としてnoteを開設し、この記事を書いた。

今後、いつまで続けるか、すぐに飽きてやめてしまうかは全く分からないけれど、のんびり気が向いた時に更新してみようと思う。

その上で、運用上の注意事項として下記2点を予め掲げておきたい。

1.美術・映画・演劇などの感想を書く前に、他人の感想を読まないこと。
(他人の感想を自分の感想と錯覚し混同してしまうから。解釈を拡げたい場合は自分でひと通り書いてから読むこと)

2.心は動かれたいのであって、乱されたいわけではない。仮に乱されることがあっても、私の許可なくそれをすることは出来ない。私の心を乱してもよい権利は私からしか与えられない。

ちなみに、「心を乱されたいのではない、動かされたい」というのは友人がジンを飲みながら放った言葉で、2025年名言オブザイヤーの最有力候補である。

Andante、歩く速さで、ゆっくり始めてみよう。

(2025.3.16 by andante_)

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