遊び心に創造がある
ご訪問いただきありがとうございます。
風の家アトリエの岸真由美です。
刺し子ふきんの図案を自分で描いて
縫ってみました。

定規やテンプレートは使わず、
意味を持たない自由な線や形を描きました。
色糸も最初から決めず、
「次はこれ」と目に入った糸を選びながら、
その時々の感覚に任せてチクチク。
使った色糸は全部で16色です。
色糸はオリムパスのsashikolameです。
自分で図案を描いたのは今回が初めてでした。
図案に触れていると、
「もっと私らしく」
「もっと遊び心満載で」
そんな声が内側から聞こえてきました。
その感覚が嬉しくて、
決まりを作らず自由に縫い進めていたら、
今までの刺し子とは
まったく違う感覚が生まれてきました。
不思議なことに、
このふきんをチクチクしている最中や
縫い終わった後に、
「次はこんなのをやってみたい」
「こんな表現も面白そう」
というアイデアが次々と浮かんでくるのです。
自分で作っていた枠が少しずつゆるみ、
視界が広がっていくような感覚です。
新しいことに挑戦できそうな、
そんな自由さが出てきました。
遊び心の隙間に、
創造はあるのかもしれません。
子どもは本来、
こうした創造性を自然に持っています。
けれど大人になると、
・役に立つか
・お金になるか
・意味があるか
・賞賛されたい
そんな基準で物事を選ぶことが増えていきます。
すると、せっかく浮かんだアイデアも、
「意味がないから」と採用しなくなってしまう
場合が多くあります。
今回の刺し子は、
意味を持たない模様です。
誰かによく思われようとして
作ったものでもありません。
ただ楽しくて、
ただやってみたかった。
その自由な時間の中で、
「次はこうしてみよう」
という小さな『好き』が次々と顔を出し、
楽しみがやさしく広がっていきました。
振り返ってみると、
・身体の状態を整えること。
・神経を安定させること。
・感情の波を観察すること。
そんなことを続けてきたからこそ
脳や神経が安心できる状態になり
探索する力が自然と
動き始めたのかもしれません。
遊び心や創造性、好奇心は、
心身にある程度の余裕がないと
出てきにくいものです。
身体感覚を大切にしながら、
身体との対話を続けていたら、
思考や感情が静かになり、
気づけば「創造したい」という気持ちが
生まれていました。
創造は努力の先にあるというより、
遊び心の中にあるのだと思います。
ところで、この刺し子ふきんですが、
実は最初はこちらの向きで図案を描き
縫い出しました。

縫っている時は、
ただ縫うことに集中しています。
完成してから何気なく90度回転させてみたら、
こちらの向きの方がしっくりきました。

実は昔から、
何も考えずに描いた落書きのような絵を、
完成後に90度や180度
回転させることがよくあります。
そうすると不思議と、
全体が安定して見えることがあるのです。
私はどうやら、
空間認識が独特なようです。
この感覚は、抽象画家や、芸術タイプには
多くいるようです。
私の場合は、
最初に意味や構造を決めるよりも
流れや動き感覚やリズムから
入るタイプのようです。
多くの人は
・空は上
・地面は下
・木は立つ
というように、
全体像や向きを決めながら認識していきます。
けれど私は、
まず一部分に触れる。
・そこから全体が見えてくる。
・後から意味や構造が見えてくる。
そんな認識の仕方をしているようです。
だから、
「何を表現するか」
よりも、
「どんな感覚が流れているか」
を形にする方が得意なのかもしれません。
この感覚は、
日頃続けている身体対話にも通じています。
例えば肩が凝っている時。
肩だけを見るのではなく、
呼吸はどうだろう。
重心はどうだろう。
身体全体では何が起きているだろう。
そんなふうに見ていくと、
肩の問題だと思っていたことが、
実は身体全体の使い方だったと
気づくことがあります。
ひとつの場所から全体を見る。
視点を回転させる。
創作も身体も、
私の中ではどこか似ているのです。
最初から答えを決めるのではなく、
進みながら見つけていく。
必要に応じて方向を変えていく。
そんなやり方だからこそ、
身体の声も聞けるし
創作の流れも聞けるし
暮らしの変化にも対応出来るタイプ
なのだと思いました。
今回の刺し子ふきんは、
「遊び心の中に創造がある」
そんなことを改めて
教えてくれた一枚になりました。

