梨を剥いたら、愛が見えた
「梨、食べる人~?」
実家にいた高校生までの間、夕食後の食器洗いを終えた母がキッチンカウンターの向こうから呼びかけてくれる瞬間が好きだった。
「はーい」
わたしと妹が返事をすると、梨と果物包丁を持った母がダイニングテーブルのいつもの席に着き、目の前に広げたスーパーのチラシの上で梨を剥いてくれる。わたしと妹もそれぞれいつもの席に着き、母の包丁さばきを眺める。くるくると剥かれて一本の線になった皮に歓声をあげたり、待ちきれずに、少し厚めに剥かれた皮をかじろうと手を伸ばしたりしているうちに、きれいに8等分された瑞々しい梨がチラシの上に並ぶ。「お父さん呼んできて」と言われ、自室で読書をしている父に声をかけに行く。
「お父さーん、梨食べるよー」
「はーい」
家族四人そろってダイニングテーブルに着き、一人二切れずつ梨を食べる。
「今日の梨は甘いね」
「この間の梨はちょっと酸味があったもんね」
「何の本読みよったん?」
「もう一個剥こっか」
実家を出てから独身でいた間は、果物を食べる機会が極端に減った。
身も蓋もない言い方をすれば、自分のためだけにわざわざ包丁を出して皮を剥くのが面倒だったからだ。
「梨、食べる人~?」という母の声と、家族四人、いつもの席でデザートの果物を食べるあの時間を恋しく思ったのも一度や二度ではなかったと思う。
それが、結婚してからは果物を食べる機会が増え始めた。
おいしそうな梨がスーパーに並んでいると、夫と一緒に食べたいなと思って買ってしまう。今度はわたしが夫に、
「梨、食べる人~?」
と、キッチンカウンターのこちらから声をかけている。
母からの愛と、夫への愛に思いを馳せながら梨を剥き、夫と二人、ダイニングテーブルのそれぞれ決まった椅子に向かい合って座って食べる。おいしそうに梨を食べる夫を眺めながら、母もわたしたちをこんな気持ちで眺めていたのかなと考える。実家で果物を食べていた時間は幸せで特別な時間だったんだなと、人並みの感想だけれど、あらためて実感する。
今年の9月から10月、里帰り出産のために実家に帰った。
今住んでいる場所から車で40分程しか離れていないから頻繁に実家には帰っていたけれど、約1ヶ月半もの間実家で暮らすのは高校卒業以来。
大きなお腹のわたしに母が、「梨、食べる人~?」と声をかけてくれる。
当然返事は「はーい」だ。
産前の半月ほどをそうやって過ごし、我が子が無事に生まれてくれた。
数年後には、わたしも息子に「梨、食べる人~?」と言っているだろうと思う。今はベビー布団で寝息をたてている息子も、そのときにはダイニングテーブルに“いつもの席”を確保して、言ってくれるかもしれない。
「はーい」
そのとき、わたしもきっといつもの席で、夫と息子のために梨を剥いているのだろう。
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