見出し画像

小さな返事を砂浜に

海辺には、ときどき不思議なものが落ちている。

丸く削れた石。
波に磨かれて半透明になった貝殻。
誰かが忘れていった木の実。
それから、どう見ても昨日までそこになかった、大きな水の痕跡。

レグノアは、砂浜の端でぴたりと足を止めた。

「……なに、これ」

小さな足跡をつけながら、そろそろと近づく。
そこには、まるで大きな雲が一度だけ地面に降りてきて、また空へ帰っていったような跡が残っていた。

海の水たまりとは少し違う。
雨のあととも違う。
波が運んできたにしては、静かすぎる。

レグノアはしゃがみこんで、じっと砂を見つめた。

彼女は探すのが好きだった。
草の向き。
石の湿り気。
風が残していった匂い。
小さな違和感をひとつ見つけるたびに、世界がほんの少し広くなる気がした。

だから今日も、ただ散歩をしていただけではなかった。
海辺に何か変わったことはないか。
昨日と今日で、波の機嫌は違うのか。
森から続く足跡は、どこで消えるのか。

そんなことを考えながら歩いていたら、この大きな水の痕跡を見つけたのだ。

「……大きすぎるよね」

レグノアは空を見上げた。
雲がゆっくり流れている。
白くて、やわらかくて、手を伸ばしても届かないもの。

もしかして、雲が降りてきたのだろうか。

そう考えた瞬間、レグノアは自分で少し笑ってしまった。

「そんなわけないか」

でも、ないとも言い切れない。
世界にはまだ、自分の知らないものがたくさんある。
森の奥にだって、まだ入ったことのない場所がある。
海の向こうなんて、考えただけで胸の奥がそわそわする。

レグノアは水の痕跡のまわりを、ゆっくり一周した。
足跡のようなものは見当たらない。
引きずった跡もない。
ただ、そこだけ砂がしっとりと深く沈んでいる。

まるで、誰かが静かにここへ来て、静かに去っていったみたいだった。

「見てたの?」

背後から声がした。

レグノアが振り返ると、トルヴァンが立っていた。
探検家らしく、今日もどこか少し遠くまで歩いてきた顔をしている。
足には細かな砂がつき、目は海の向こうではなく、レグノアの見つけた跡を見ていた。

「トルヴァン。これ、知ってる?」

「知ってるような、知らないような」

「どっち?」

「探検家はね、すぐに答えを出さないんだ」

レグノアはむっとした。
でも、トルヴァンがそう言うと、ただのごまかしではないように聞こえるから不思議だった。

トルヴァンは水の痕跡のそばまで歩き、しゃがみこんだ。
しばらく砂を見て、指先でそっと触れた。

「大きいね」

「うん」

「怖い?」

「……少し。でも、それより気になる」

トルヴァンはにっと笑った。

「レグノアらしい」

風が吹いた。
砂の上を、小さな粒がさらさらと流れていく。
その音はとても細く、でも耳を澄ますと、海の音の中にもちゃんと残っていた。

「ねえ、トルヴァン。大きな生きものが来たのかな」

「かもしれない」

「でも、姿は見てない」

「見えないものほど、本物ってこともある」

レグノアはその言葉を、すぐには飲み込めなかった。

見えないもの。
触れないもの。
答えの出ないもの。

探究心の強いレグノアにとって、わからないものは追いかけるものだった。
調べて、探して、見つけて、名前をつけたくなるものだった。

けれど、トルヴァンの言葉は少し違った。
見えないままでも、そこにある。
確かめきれなくても、心に残る。
そういうものが、本物であることもある。

レグノアは水の痕跡をもう一度見た。

もし本当に、ここに誰かが来ていたのなら。
その誰かは、たぶんとても大きい。
そして、とても静かだ。

大きな存在なのに、足音を立てずにやってきて、ただ海辺に痕跡だけを残して帰っていった。
それは少し、手紙のようでもあった。

「……返事、した方がいいかな」

レグノアがぽつりと言うと、トルヴァンは顔を上げた。

「いいと思う」

「何を書けばいい?」

「言葉じゃなくてもいいんじゃない?」

「言葉じゃなくて?」

「相手が言葉で来てないなら、こっちも別のもので返せばいい」

レグノアはしばらく考えた。
砂浜を見渡す。
石。
枝。
海藻。
割れた貝。
波に洗われて、白く光る小さな貝殻。

その中から、レグノアはひとつの貝殻を拾った。
手のひらに乗るほど小さく、内側がほんの少しだけ虹色に光っている。

派手ではない。
大きくもない。
でも、静かにきれいだった。

レグノアはそれを、水の痕跡のそばにそっと置いた。

「これでいいかな」

「うん。いい返事だと思う」

「小さすぎない?」

「小さいから、ちゃんと届くこともある」

トルヴァンはそう言って、海を見た。

レグノアも同じ方を見た。
波が寄せて、返していく。
遠くで光が揺れている。
その向こうに、まだ会ったことのない誰かがいるような気がした。

名前も知らない。
姿も知らない。
けれど、今日ここにいたかもしれない誰か。

レグノアは胸の奥が、ほんの少し温かくなるのを感じた。

「また来るかな」

「来るかもしれないし、来ないかもしれない」

「探検家って、ほんとに答えを出さないね」

「でも、待つ楽しみは増える」

レグノアは笑った。
さっきよりも、少しだけ肩の力が抜けていた。

わからないことは、すぐに追いかけなくてもいいのかもしれない。
答えを見つけるために走る日があってもいい。
でも、答えの方から近づいてくるまで、貝殻を置いて待つ日があってもいい。

小さな返事。
小さな足跡。
小さな勇気。

それらは、大きな世界に比べれば本当に小さい。
けれど、小さいからこそ、見つけた誰かの心にそっと届くことがある。

夕方の光が砂浜を淡く染めはじめたころ、レグノアは帰ることにした。

何度も振り返りながら、貝殻がまだそこにあることを確かめる。
波にさらわれないように。
誰かに踏まれないように。
けれど、最後には振り返るのをやめた。

返事は、置いた。
あとは、相手にまかせればいい。

森へ続く道の入口で、レグノアはもう一度だけ空を見上げた。
雲は相変わらず高いところを流れている。

でも今日は、それが少しだけ近く感じた。

見えないものほど、本物ってこともある。

トルヴァンの言葉が、波の音に混ざって胸の中で繰り返された。

レグノアは小さくうなずき、砂のついた足で森へ帰っていった。
その背中は、行きよりも少し軽かった。

そして海辺には、虹色の貝殻がひとつ。
まだ会えていない誰かへ向けて、静かに光っていた。



関連リンク

レグノア(オグロイワワラビー)パスケース
【小さな足跡の探検家|オグロイワワラビー・レグノアのパスケース】
https://www.creema.jp/item/20858579/detail


トルヴァン(ハナブトオオトカゲ)パスケース
【冒険心あふれる守り手|ハナブトオオトカゲ・トルヴァンのパスケース】
https://www.creema.jp/item/9577125/detail



セレシア(シロナガスクジラ)パスケース
【《翔びたくて》パスケース/定期入れ/シロナガスクジラ】
https://www.creema.jp/item/10391605/detail


バルネモフ(オオアリクイ)パスケース
【水辺の影絵|パスケース(オオアリクイ/バルネモフ)】
https://www.creema.jp/item/10020134/detail




#オグロイワワラビー
#レグノア
#パスケース
#定期入れ
#ハンドメイド雑貨
#動物モチーフ
#動物イラスト
#海辺の物語
#森の物語
#小さな冒険
#探検家
#物語のある雑貨
#大人かわいい
#通勤アイテム
#通学アイテム
#ギフトにおすすめ
#Creema
#HOLM
#オリジナルキャラクター
#ほっこり雑貨

いいなと思ったら応援しよう!