『ニセコイ』幻の特別映像について
突然ですが、皆さんはアニメ『ニセコイ』において、マリーこと橘万里花が初めて登場したのがいつだったか、覚えていらっしゃいますでしょうか?

おそらく多くのアニメオタクは第14話「シュラバ」、あるいは平均的な全シャフトオタクであれば第13話「ホウカゴ」のラストシーンをすぐさま思い出すはずです。たしかに、これはテレビアニメとして正式に放送された文脈においては間違いのない正解です。しかし同時に、それは多面体の真実の、あくまで一面に過ぎないと、そういう話を今回しなくてはならないでしょう。
じつのところ、橘万里花のアニメ初登場は、テレビ放送以前に遡ることができます。2013年10月に開催された「ジャンプスーパーアニメツアー2013」にて上映された「特別映像」、関係者のあいだでは「パイロット版」と呼ばれている短編アニメが、その出発点です。この映像こそが、アニメ『ニセコイ』が最初に公に姿を現したものであり、橘万里花もこの映像内で初めてスクリーン上に登場しました。
ところが、この特別映像は、公式に配信されることもソフト化されることもありませんでした。結果として、実際にイベントへ足を運んだ一部の観客だけが目撃できた、いわば幻の映像となってしまったのです。自分自身も当時その場に居合わせることはできず、これまでに一度も映像を観る機会を得られていません。インターネット上にアップロードされることもなく、視聴手段は最初から、そして現在に至るまで、完全に失われたままです。
この特別映像の存在は、当時を知るシャフトファンのあいだで長らく語り継がれてきました。とりわけ、2010年代前半におけるシャフトの動向を熱心に追っていたオタクにとっては記憶に深く刻まれており、この話題を持ち出すと決まって「ああ、あのマリーの映像ね……」と返されるほど一定の共通認識として定着していました。
しかし、テレビ放送開始からすでに10年以上が経過し、そうしたかすかな記憶ですら徐々に風化しつつあります。もはや特別映像は伝聞と印象によってのみ語り継がれていく段階に入っていると言えるでしょう。
そこでこの記事では、この特別映像にあらためて焦点を当て、自分自身が把握している限りの情報を整理・共有しながら、その内容について可能な範囲で振り返ってみたいと思います。
特別映像とは何なのか
まず本題に入る前に、特別映像が初公開された場である「ジャンプスーパーアニメツアー2013」について、簡単に概要を整理しておきたいと思います。
「ジャンプスーパーアニメツアー」は、『週刊少年ジャンプ』掲載作品を原作とするアニメをフィーチャーした抽選制の招待イベントです。2013年には全国5都市を巡回し、10月6日の札幌を皮切りに、10月14日の名古屋、11月3日の福岡、11月9日の大阪、そして11月23日~24日の東京という日程で開催されました。
そして10月からはじまる「ジャンプスーパーアニメツアー2013」では、いち早くアニメ映像が見れるみたいです!やりました♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪今からまちきれませんね!ワクワクです٩(๑❛ᴗ❛๑)۶(ミミコ) #nisekoi
— 『ニセコイ』公式アカウント (@nisekoi_k) July 22, 2013
2013年のイベントでは、特別に制作されたアニメ4本の上映が行われ、そのラインナップには『暗殺教室』、『NARUTO -ナルト-』、『黒子のバスケ』、そして『ニセコイ』が含まれていました。いずれも当時の『週刊少年ジャンプ』誌上で高い人気を誇っていた連載作品であり、テレビアニメ化や劇場展開を見据えたプロモーションの一環として位置づけられていたと考えられます。
なかでも『ニセコイ』は、まだテレビ放送が始まる前の段階であったため、特別映像の存在そのものが、アニメ企画が進行中であることを示す、先行的なアナウンスとしての意味を帯びていました。

公式サイトのお知らせにもある通り、この特別映像は、原作者の古味直志先生がイベント用に描き下ろしたネームをもとにアニメ化されたものです。『週刊少年ジャンプ』2013年9月16日号では、イベントの告知とあわせて、その特別映像用の描き下ろしネームが誌面に一部掲載されていました。

制作された映像の尺は作品ごとに異なりますが、『ニセコイ』の特別映像は、おおよそ2、3分程度の短編であったとされています。これは、当時イベントに参加したオタクへの個人的なヒアリングに基づく証言であり、公式の記録が存在しない以上、あくまで目安として考えてください。

ジャンプスーパーアニメツアー2013のパンフレット
とはいえ、この特別映像こそが、正式なアニメのPV公開される以前に世に出た、世界最速のアニメ『ニセコイ』であったことに変わりはありません。後に続く本放送とは異なり、まさしくパイロット的な位置づけにあたる映像です。
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なぜ「マリーの映像」と呼ばれるのか
そもそも、「ジャンプスーパーアニメツアー2013」で公開されたこの特別映像は、テレビ放送に先駆けて制作・上映された、アニメ『ニセコイ』の初公開映像にあたります。当然ながら、橘万里花に限らず、登場キャラクター全員にとってこれが「アニメ初登場」の場面であったはずです。にもかかわらず、なぜこの特別映像はシャフトオタクのあいだで「マリーの映像」と呼ばれているのでしょうか。
その理由は単純明快です。この特別映像には、いわゆるパイロット版としての役割に加えて、橘万里花の声優・キャストを初めて明かす「情報解禁映像」としての側面が強く込められていたからです。
一条楽(CV:内山昂輝)、桐崎千棘(CV:東山奈央)、小野寺小咲(CV:花澤香菜)、鶫誠士郎(CV:小松未可子)、宮本るり(CV:内山夕実)、舞子集(CV:梶裕貴)、そしてクロード(CV:子安武人)といった主要キャラクターのキャスト陣は、すでに公式にて段階的に発表されていました。しかしながら、橘万里花のキャストだけは、不自然にあえて伏せられたままとされていたのです。
この情報の不在は、原作ファンのあいだで少なからぬ関心と憶測を呼び起こしていました。誰がキャストに起用されるのか、そして橘万里花というキャラクターがどのように演じられるのか、どのように発表されるのか、その注目度は自然と高まっていったのです。
そして、ジャンプスーパーアニメツアー2013で上映された特別映像のなかで、橘万里花の声を阿澄佳奈が担当することが初めて明かされました。事前告知は一切なく、彼女の声が映像内で突然立ち上がるかたちとなったのです。ゆえに、この特別映像は「マリーの映像」として語り継がれるようになりました。
昨日に引き続き発表です!TVアニメ「ニセコイ」、音楽は神前暁さんに担当して頂きます!担当も古味先生も、以前から神前さんの楽曲が大好きだったので本当に嬉しかったです。今回のアニメツアーの特別映像でも音楽を手がけて頂きました!<担当>
— 『ニセコイ』公式アカウント (@nisekoi_k) October 8, 2013
なお、キャスト発表と同時に、音楽を神前暁が担当することも明らかにされました。この件については事情がやや複雑なため、この記事では詳細な説明は省きますが、神前は2014年に活動を一時休止しており、テレビアニメの放送開始時には当初の発表と異なり「音楽スーパーバイザー」としてクレジットされていました。しかし第7話以降はそのクレジットも消え、音楽は菊谷知樹に引き継がれています。状況は複雑ですが、少なくとも特別映像においては神前が音楽を担当していたことが、当時の公式ツイートによって確認されています。
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現在残っている映像について
先ほど、「インターネット上にアップロードされることもなかった」と書きましたが、正確を期すならば、厳密には一部の映像が現在も断片的に残っています。完全なかたちではないものの、特別映像の一部が別の文脈で再利用されたことにより、わずかながら痕跡を確認することができます。
それが確認できるのは、『ニセコイ』が後半に差し掛かり、2クール目に突入した際に公開された、後期PVにおいてです。
この後期PVのラストのほうに、橘万里花のキャラクター紹介パートが挿入されていますが、そこで使用されている映像素材が、ジャンプスーパーアニメツアー2013用に制作された特別映像からの流用であることは、まず間違いありません。「巨大な橘万里花が街中を破壊しながら一条楽のもとへ走り寄って勢いよく抱きつく」という一連の場面は、テレビアニメ本編はもとより、原作漫画にも登場しない完全なオリジナルです。

この後期PVに含まれる素材は断片的かつ再編集されたものであり、特別映像の全容を再構成するには明らかに不十分です。視覚的な証拠としては大変貴重で唯一無二のものではあるものの、橘万里花以外の姿が描かれていないので、何が起こっているのかさっぱりと分からないと思います。
この点を補う手がかりとして、もうひとつ重要なのが、2013年12月21日〜22日に開催された「ジャンプフェスタ2014」です。このイベントのアニプレックスブースでは、ジャンプスーパーアニメツアーで上映された特別映像が再び公開されていました(ちなみに、アニメの本PVがはじめて公開されたのもこのイベントにおいてでした)。
アニメツアーで上映された特別映像もみれちゃいます!〈担当〉 pic.twitter.com/iJwQ8hivWK
— 『ニセコイ』公式アカウント (@nisekoi_k) December 21, 2013
特筆すべきは、そのブースの展示背景に使用されていた大型パネルです。このパネルには、特別映像のスチル画像が多数使用されており、映像そのものが失われている現在においても、視覚的な構成要素を静止画のかたちで一望できる状態になっています。
Nisekoi Exhibits (Jump Festa 2014) http://t.co/aHTrM9jmio #nisekoi pic.twitter.com/VCPahKg6ER
— Cooterie (@Cooterie) January 25, 2014
カットの順序や映像内での配置、演出の細部までは不明ですが、そこに並べられたスチル群からは、特別映像の全体像、少なくともその構成意図や内容の大枠をかなり具体的に推測することが可能です。たとえば、画像の右上、桐崎千棘が梯子を登ってくるショットは映像の冒頭でしょうし、その後に小野寺小咲、そして鶫誠士郎といった順番でキャラクターが登場していくのでしょう。
これらのスチルは単なる場面紹介というよりも、各キャラクターの登場シーンを網羅的に示すものであり、キャラクター紹介を目的とした短編構成であることが読み取れます。後期PVに含まれていた橘万里花のカットもしっかりと存在します。
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内容に関する推測
ここまでくれば、特別映像の内容についても、ある程度その全体像を推測することが可能です。なかでも、最も重要な資料と見なせるのが、Yahoo!知恵袋に投稿されたある質問と、そのベストアンサーです。
以下は、その回答からの引用です。
おそらく現在のところ、一般(ジャンプアニメツアーの招待客以外)には非公開の映像なのではないでしょうか?
DVD等にも収録されていないであろう貴重な極秘映像です。
(すでにDVD&Blu-ray特典に収録されていたらすみませんm(_ _)m)
ジャンプアニメツアー2013にて公開された映像には、
1、まず、万里花に呼び出された楽が塔で待ちながら、「重大発表ってなんなんだ?」とつぶやく。
2、確かそこに、千棘が上ってきて、「アンタも呼ばれたの?」的な会話。
3、そこに小咲が登場。「重大発表」がなんか変な方向に誇張されてきた(万里花と楽が付き合う的な?)
4、鶫が現れ、「万里花と結婚するのかー!」みたいな感じのこと言ってたかな?
5、集とるり(るりは3で小咲と現れたかな?)が現れて、なんかどんどん話が大きく。(この時点で、楽たちがいるのはスタジオのセットであることが判明)
6、最後に万里花が現れて、「重大発表があります!」的なこと言う。周りは楽と結婚だかなんだで大騒ぎしてた?
7、万里花それを否定(「そんなこと言いました?」的な感じで)。で、万里花の声優決定(CV.阿澄佳奈であること)の知らせ。
もうだいぶ時がたつので、記憶があいまいなところもありますが、大方このような流れだったと思います。
この記述内容は、他の断片的な証言や資料と照らし合わせても、構成や展開においてきわめて信憑性が高いと判断できます。おそらくこの回答者の方は、実際にイベントに参加して、現地で映像をご覧になられたのだと思います。
特に注目すべきは、「塔」、「千棘が上ってくる」、「スタジオのセット」といったキーワードです。一見すると奇抜な設定のようにも思えますが、これらはいずれも、先述のジャンプフェスタの展示に使用されていた大型パネルのスチルと見事に一致しており、ビジュアル面での裏付けがたしかに存在しています。
とりわけ、「塔」や「スタジオのセット」といった舞台設定は、ややメタフィクション的な印象を感じさせる要素でもあり、通常の本編演出とは明確に異なる方向性が見て取れます。
この点については、『ニセコイ』Blu-ray 第1巻に封入されている特製ライナーノーツに収録された新房昭之総監督のインタビューにおいて、特別映像に関する言及があり、そこに興味深い証言が含まれています。
最初に作られた「ニセコイ」の映像は、ジャンプスーパーアニメツアーで公開された特別映像かと思います。
新房:原作でアニメ化発表がされたときの漫画が元になっているのですが、原作とは場所を変えてみたらどうだろうと思ったんです。万里花が「重大発表がある」と言ってみんなを呼び出すのですが、「こんな場所に呼び出してなんだよ」と返すときの「こんな場所」を、たとえば撮影所にして「これからクランクインです」みたいなイメージを出せれば面白いかなと。最終的に出来上がったものは、特撮の撮影現場に紛れ込んじゃった、みたいなシチュエーションになっていますけれど(笑)。
この発言から読み取れるように、特別映像の構成は、原作においてアニメ化が発表された際のエピソードを下敷きにしつつ、その舞台設定を大胆に改変したものとなっています。先ほど「巨大な橘万里花が街中を破壊しながら一条楽のもとへ走り寄って勢いよく抱きつく」と後期PVの内容を要約しましたが、正確には万里花が巨大化しているのではなく、舞台となっている街が撮影現場のセットだったのです。
また、ここで言及されている「原作でアニメ化発表がされたときの漫画」とは、『週刊少年ジャンプ』誌上で『ニセコイ』のアニメ化が告知された際に掲載された告知のものを指しています。

単行本 第9巻にもおまけとして収録されています
原作の構成では、日常的な場面として描かれていたシーンを、あえて「撮影所」ないし「特撮スタジオ」といった非日常的な空間に置き換えることで、キャラクターたちがまるで「アニメそのものの出演者である」かのような、メタフィクショナルな構造が意図的に導入されています。いかにも新房シャフトらしい形式そのものへの強い意識が色濃く反映されていると言えるでしょう。
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その他の関連インタビュー
ここで、特別映像に関する重要な言及として、ファンブック的な性格を持つ『アニメヒロインミニアルバム ニセコイ 4seasons』に収録されたスタッフ座談会を紹介しておきたいと思います。
この『4seasons』シリーズは、『ニセコイ』に登場するヒロインたちをそれぞれフィーチャーした全4巻構成です。各巻には制作陣による座談会が収録されており、キャラクターの描き方やアニメ制作の裏話が語られています。
ここで挙げたいのは、vol.4「橘万里花」に収録されている座談会です。参加メンバーは、原作者の古味直志、新房昭之総監督、龍輪直征監督、キャラクターデザインの杉山延寛、そして集英社編集者の齊藤優といった、制作の中核を担った人物たちです。
この座談会の冒頭にて、特別映像について語られています。
担当サイトウ:新房さん的に万里花はどうですか?
新房昭之:いいキャラですよね。アニメツアー用に一番最初に作ったパイロット版から目立ってナンボのキャラでしたから。
古味直志:セットを壊しながら登場しますしね。「万里花を分かっていただけている」と思って嬉しかったです。
新房昭之:万里花みたいに「私が私が」という押しがあそこまで強いと面白いから、動かすのが楽しいですよ。それでいて病弱なのは反則だと思いますね。
ここでも、「セットを壊しながら登場する」という言及がなされている通りで、このやりとりからは、特別映像における橘万里花のキャラクター設計が読み取れます。舞台装置を破壊しながら登場するという演出は、視覚的インパクトによって彼女の存在感を際立たせるものであり、作品世界の枠組みに強引に割って入るような勢いを感じさせます。
さらに、これは『ニセコイ』の公式関連書籍ではありませんが、同時期に刊行された『アニメ〈物語〉シリーズヒロイン本 其ノ伍 戦場ヶ原ひたぎ』も併せて紹介しておきたいと思います。
この書籍は、シャフト作品の原作者同士による対談を収録したシリーズで、当該巻には西尾維新と古味直志の対談が掲載されています。両者がそれぞれ自作のアニメ化について語り合うなかで、『ニセコイ』の特別映像についても具体的な言及がなされています。
西尾:僕はお話をつくるときに頭の中に映像があるタイプではなく、『化物語』は中でも活字に重きを置いた小説だったから、「これは映像化不可能です」みたいなことを言ってたんですよ。でもあっさりと、しかも見事に映像化されてしまい、かなり恥ずかしい思いをする事態に陥りました(笑)。でも『ニセコイ』のアニメを観て、シャフトさんの幅広さを感じましたし、『化物語』みたいな小説は、シャフトさんも決してつくりやすくはなかっただろうな、とは再認識しました。……とはいえ『ニセコイ』も相当特殊な部類なのかもしれないですけど(笑)。
古味:確かに特色は出ていると思います。やっぱり普通のアニメとは違いますよね。僕が一番最初に観た『ニセコイ』の映像は、短いPV(ジャンプスーパーアニメツアー2013で公開された特別映像)だったのですが、もうその時点ですごかったです。僕が描いた「アニメ化のお知らせ」的な短い漫画を映像にしていただいたのですが、セリフは一字一句変わっていないのに、とんでもないことになっていました(笑)。僕のネームでは、みんながどこかの公園に集められて、そこでアニメ化を知らされるという内容だったのですが、映像になると、どこかの撮影のセットが舞台になっていて、みんなビルを壊しながら集まって会話をするという(笑)。
西尾:それはすごい。実際にどんな映像なのか、すごく気になります(笑)。
当初のネームでは公園に集められて会話をするという設定だったが、映像になると撮影のセットになっていた、という旨がはっきりと語られています。これは、特別映像の内容を理解する上で貴重な証言です。ストーリーの構成自体は、アニメ化発表の際の漫画とほとんど似通っているというのが、分かると思います。
ただし、ここで古味先生が発言している「みんなビルを壊しながら集まって会話をする」という描写の仕方は、実際には記憶違いか、あるいは誇張表現であると考えられます。先述したスタッフ座談会や展示パネル、各種証言を総合的に考える限り、実際にセットを破壊しながら登場するのは橘万里花のみであり、他のキャラクターたちは通常の導入で登場していたと個人的に推察しています。これはほぼほぼ間違いないでしょう。
それでもなお、「ビルを壊す」という破壊的なイメージが古味先生の第一印象として強く残っていたことは注目に値します。実際、それくらいインパクトのあるものであったことは間違いでしょうし、それがこの特別映像の一番大事な部分でもありました。わずか数分の短編映像でありながら、原作者に「セリフは一字一句変わっていないのに、とんでもないことになっていました」と言わしめたその映像の力は、まさにシャフトアニメならではの評価と言えます。
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喜喜美々子という存在
ところで特別映像のおそらくラストカット、その集合絵に注目してみると、そこにひとつの謎が含まれていることに気づきましたでしょうか。

背景のセットはすでに大きく崩壊し、舞台は瓦礫と化した状態で、キャラクターたちが思い思いのポーズを取っているのですが、画面の右端に小さく描かれた見慣れないキャラクターがいるのです。
赤髪の小柄な女性と思しき人物が、カメラを構えた姿勢で、半ば観客のように皆を見つめていますが、画面構成の中でも非常に目立たない位置に配置されており、しかも台詞やキャラクター名も一切ないため、一見すると脇役以下の存在にも見えるかもしれません。
なかでも注目すべきは、彼女がカメラを手にしている点です。他の登場人物たちとはまったく異なる立ち位置、すなわち、劇中の出来事を外側から見つめる「観察者」としての役割を帯びているかのような構図が読み取れます。映像の内容自体がメタフィクショナルな要素を帯びていることはすでに述べた通りですが、そのなかでも、より一層メタ的な視点を象徴する存在として描かれているのです。
この人物はメインでもサブでもモブキャラクターでもなく、アニメ本編には一切登場しません。それどころか、当時の原作漫画においても登場しない人物であることから、きわめて異質な存在であることは明白です。
それではこの人物とは一体何者なのか。その答えは、喜喜美々子という凡矢理高校の新聞部に所属している1年生です。

「登場しない人物」というのがどういう意味であるかというと、喜喜美々子とは、『週刊少年ジャンプ』誌で連載されていたアニメ『ニセコイ』の関連情報を紹介するミニコーナー『アニコイ』に登場する、古味先生描き下ろしのオリジナルキャラクターです。当時の誌面上では、「アニコイナビゲーター」という肩書きが付けられていました。
みなさま!本日発売の週刊少年ジャンプはチェックしましたか?読んで頂いた方はご存知だと思いますが、改めて自己紹介を!ワタクシ、喜喜美々子(ききみみこ)と申します!ニセコイのアニメ情報は今後、このミミコがお届けします!いっぱいスクープしちゃいますよღゝ◡╹)ノ♡
— 『ニセコイ』公式アカウント (@nisekoi_k) July 13, 2013
つまり、喜喜美々子はアニメや漫画本編には登場せず、『週刊少年ジャンプ』誌上の告知コーナー、作品の「外側」に位置するキャラクターなのです。アニメ公式のツイッターアカウントにおいて、ツイート末尾に(ミミコ)という署名が添えられている場合、それはこの喜喜美々子がツイートしている、という設定に基づいています。

なお、喜喜美々子は後に漫画本編のほうにも逆輸入され、彼女を中心としたエピソードが描かれました。こちら気になる方は、漫画の第130話「シュザイ」を読んでみてください。
それにしても、アニメオリジナルというわけでもなく、かといって当初は原作にも登場していなかったという、きわめて特殊な位置づけのキャラクターを、あえて特別映像のラストカットに登場させるというアイデアは、何ともシャフトらしい遊び心と言えるでしょう。
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まとめ
いろいろと書いてきましたが、『ニセコイ』の特別映像、現在では視聴困難となってしまった幻のアニメ映像について、その制作経緯や構成、演出意図を可能な限り辿ってきました。テレビ放送に先立ってごく限られたイベントでのみ上映され、その後はいかなる公式媒体にも収録されなかったこの映像は、いわば「ロストフィルム」と呼ぶにふさわしい存在です。
ロストフィルムという言葉から、多くの方はサイレント映画や初期の白黒映画など、20世紀初頭に失われた映像作品を想起されるかもしれません。しかし、映像の消失は決して過去に限定された現象ではありません。むしろ、デジタル化が進んだ現代においてこそ、記録や保存の網をすり抜けるかたちで不可逆的に失われていくものが確実に存在しています。
実際、シャフトが手がけた映像群のなかには、この『ニセコイ』の特別映像以外にも、正規の手段での鑑賞が事実上不可能となっている映像、ロストフィルムならぬロストアニメがいくつも存在します。企業や企画上の都合、契約面での制約、物理的なアーカイブ体制の不備など、事情はさまざまですが、いずれにしても、こうしたロストアニメは語られなければそのまま忘却され、文化的な空白を生み出していくことになります。
先日、シャフト創立50周年を記念した展示イベント「シャフト50周年展」の開催が告知されました。もしこのような機会に、今回取り上げたような特別映像が、たとえ断片的であっても再び紹介されることがあれば、それはアーカイブ的にも、作品史的にもきわめて意義深い試みとなるでしょう。
もっとも、映像データが現在も社内に残されているかどうかは不透明です。アニメ業界全体において、制作過程の資料や記録が十分に保存されてこなかった現状を踏まえれば、慎重に見極める必要があります。
それでも、たとえ映像本体ではなかったとしても、当時の制作に関わる資料や記録が何らかのかたちで公開され、あの特別映像がたしかに存在したこと、そしてそれが作品世界のなかでどのような位置づけにあったのかを再確認できるような場が設けられるのであれば、それは一オタクとしてこの上ない喜びです。
この記事も、ささやかながら、その一助となっていれば幸いです。
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とはいえ、もしもシャフト社内のサーバーに映像データが現在も保存されている、もしくは個人でひそかに映像を保存されているオタクがいらっしゃいましたら、こっそりと自分にお送りいただいても一向に構いません!
その後の保存と記録管理については、責任をもって適切に対応いたします。何卒ご検討のほどよろしくお願いいたします。
以下、ボーナス記事です。
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