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はっくしょん大先生

それはそれは、もう、ひっくり返るほどだ。

帰ってから作るプラモデルのイメージトレーニングを、窓の外の木の葉を眺めながらあれこれ思索しているケンイチ君も、うつらうつらと船を漕ぎ、夢の世界をピクニック気分で散歩しているヒロノリ君も、ハッとするどころか心臓が止まるんじゃないかと錯覚するくらいに我に返らせる、とんでもない大きなくしゃみを発する男、それが『福永先生』であった。

福永先生のくしゃみは校長先生のお墨付きだ。

隣のクラス、廊下の突き当たりの理科室なんて序の口も口。下の階の別学年の教室まで響き渡るくらいの轟音だった。

私も花粉症のおかげかくしゃみが友で、娘からは「なんで歳取るとくしゃみの音が大きくなるんかな?まじ迷惑!」と嫌味を頂戴していること多々あるけれど、なんのなんの、この福永先生の大音量に比べれば私のくしゃみなんて可愛いもの、秋の夜長の鈴虫の音色と言ってもいいくらい長閑な心地良さだと思っている。

何度もくどいようだけれど、とにかくそれくらい無双状態のくしゃみをするのが、福永先生だ。

先生は私が小学校三年生の時、担任として赴任して来た。
熊本の、どこだったか、温泉街の生まれだと自己紹介で言っていた。

「気持ちの上では出身は江戸、大好きなものは時代劇、遠山の金さんに憧れて教師になりました。皆さんの心に、決して忘れられない美しい桜を残すのが私の使命なのです」

そんな言葉を初日に発した。
なぜ奉行所の金さんが教師に繋がるのかよく分からなかったが、熱い魂の叫びだけはクラスの子供に多少は届いた(かも知れない)。

少し話が逸れてしまったが、私にはふたつ特技がある(自称)。
特技というよりは他に取り柄が見当たらず、人並みかそれよりはほんの少しだけ自信を持てるということで、敢えて特技と表現してみた次第である。

ひとつは、初対面の人と躊躇なく気軽に会話が出来ること。

これはどちらかと言えば、職業病と言えるかも知れない。
大学時代のアルバイトを含めると、かれこれ二十五年以上の期間を接客業に従事している為、あまり人見知りもせずにすんなりと会話の糸口を見つけれるようになった。現在も登録販売者として医薬品の接客、販売に携わっており、お勧めの商品などを紹介する機会が毎日あり、常連さんだけではなく新規の人とも難なく会話を楽しめたりする。

もうひとつは、少し季節外れ(?)だとは思うが、縄跳びである。

何時間でも、気力と体力の続く限り飛んでいられるし、一般的に有名な飛び方はほとんど小学生の時に出来るようになった。

これは、前述の福永先生のおかげである。

私の通う小学校では、毎年全校生徒が参加する「縄跳び大会」が行われていた。

誰が最後まで飛んでいられるのかを競う『持久跳び』、技を競い合う『技巧跳び』があり、細かく級や段が設定されていた。

前跳びをまず百回、あやとびを五十回、交差跳びを五十回、二重跳びを三十回、はやぶさを三十回、交差二重跳びを三十回。
インタバルに前跳びを五十回跳んだ次に、今度は後ろ跳びバージョンを同じく全て休憩なしで行う学校独自の大会だった。

一回のミスもなく全て成功し跳び終えた生徒には、最高段の「三段」が授与され、賞状とトロフィーが手渡された。

私が休み時間に何気に縄跳びで遊んでいる姿を目撃し、「きみは筋がいいから特訓したら上手になるよ。今度の大会、五年、六年を抜いて優勝してみないか?」
と助言してくれた。
私はそれまであまり得意ではなかったけれど、先生に初めて褒められたことが子供心にとても嬉しくて、深く考えずに頷いていた。

先生の特訓は、まぁきつかった。
昼休みだけでなく、短い休み時間にもつきっきりで指導をしてくれた。

腕の回し方、手首の使い方、足腰の曲げ方、呼吸方法まで独自の理論を教えてくれた。最初は数人一緒に練習していたが、いつの間にか本格的に取り組んでいるのは私ひとりだけになった。
縄跳びの宿題も出され、夜、自宅に電話がある日もあった。

両親にもちゃんと事情を説明してくれていて、母は特に乗り気で熱心であった。「それだけ先生が一生懸命なんて、あんたは幸せに思わないかんよ」と、少し高価な縄跳びをプレゼントしてくれた。

大会は十二月に行われた。

半袖半ズボンの体操服で、雪も散らつき最初はとても寒かったけれど、持久跳びの間に身体はポカポカと温かくなった。

下級生からひとり、またひとりと脱落していき、私とクラスメイトのユカちゃん、高学年が数名残って競い合った結果、六年の男子がひとり残って優勝した。私は少し悔しかったけれど、休憩を挟んだ次の目玉、『技巧跳び』に焦点を合わせていた。
先生や体育委員が審査係となり、いよいよ本番が幕を開けた。

前跳びバージョンは、全く苦にならなかった。
交差二重跳びの時は流石に少し腕がきつかったけれど、そこで失敗する訳にはいかなかった。

後ろ跳びバージョンに移行する時、もちろん低学年の生徒はひとりも残っていなかった。クラスメイトのライバルであるユカちゃん、五年生が六名、六年生が十名ほど残っていた。失敗した者からその場に座り、固唾を飲んで見守る者もいれば、熱い声援を送る生徒もいた。

後ろはやぶさ二重跳びの時、私はバランスを崩しそうになったが、なんとか持ち堪えることに成功した。息も上がり、両腕がまるで自分のこの身体から分離してしまい、勝手な動きをそれぞれしているような感覚だ。

福永先生も真剣に様子を観ている。
あの呼吸をしよう!そう考えながら息を吸い、「シュッ、シュッ!」と、教えられたように小刻みに息を吐く。

そして最後の後ろ交差二重跳びだ。
もう自分以外誰も残っていなかった。

そんなことはもどうでもよくなってきた。
とにかく最後まで跳んでいたいな!

何回跳ぶんだっけ?いいや、ずっと跳び続けていれば審査委員の持田先生が止めてくれるだろうから。そんなことを思いながら腕をとにかく後ろに回して、力の限り大きくジャンプしていた。
縄跳びって、なんて滑稽なスポーツなんだろう。
同じ動きをその場で何回もやって、一体なんの意味やら面白さがあるんだろうか?
野球にはホームランがあり、サッカーにはスーパーゴールがある。
縄跳びにはなんの華があるんだろうか?
もうどのくらい自分は飛び続けているのか、もう終わっているのかまだ始まったばかりなのか、一体全体自分は何を今やってるんだろう?
でもここまで来たらやり遂げたいな。
跳びたいな!
跳び越えたいよ!
最後まで、最後の最後までさ!

時間よ止まれ!
時間よ進め!
そして早く終わってくれないか!

上級生の誰かの声がする。

「レイ君の顔見てみ?すごい顔して跳んでるよ!」

コソコソ話しの中に微かな笑い声が交じっていた。どんなにキツくても、いや、キツい時ほど耳が冴えるんだろうか。
自分はどんな顔をしているのかな?
女子も笑ってるのかな?
まぁいいや。

その時だ!

「真剣にやってる奴を茶化したりするな!!笑ったりするな!!」

大きな声が空気を切り裂いた。
福永先生の声だ。

「頑張れ!レイ君!あと少しだぞ!」

それから生徒たちのカウントダウンの声援が聴こえてきた。

「五、四、サン!二ィ!!イーチ!!!」

終わった。無事に全種目を跳んだ。
ハァハァと大きく息をして、ヘナヘナと地面に座り込んだ。

脚がガクガクしていた。左の手の平がつっていた。
福永先生が大きなタオルで肩を包んでくれた。
白の生地に、なぜか赤崎石油と紫の文字で印刷されていた。

私は学校で、そして大会が始まって最初の「三段」の栄誉を貰った。

帰りのホームルームの時間に、先生が私に起立するように促し、大会の頑張りを讃えてくれた。
クラス中から拍手が起こった。
ライバルのユカちゃんも人一倍大きな拍手を送ってくれた。

放課後、先生に「特訓してくれてありがとうございました。休み時間とかも全部ぼくのために使わせてしまって、もっと出来が良ければひとりで練習したんですが、初めて本格的に跳び始めたから迷惑たくさんかけてしまいました。すみません」
と、謝ったりお礼を言ったりしどろもどろだった。

「なんの。先生は生徒に指導するのが仕事や。そして心配かけたり迷惑かけたり手間取らせるのが君たち生徒の大事な仕事やぞ。絵に描いたような優等生ばっかりで完璧な生徒ばっかりだったら、先生なんている意味ないだろ?
仕事が無くなってしまうぞ先生は」

そう言って肩を叩いて笑ってくれた。

次の日のテスト時間、福永先生の大きなくしゃみが花火のように連発したので、私はシャープペンシルの芯を三回も折ってしまった。


息子が高校生の時、クラスに馴染めず登校拒否になった。
私も正社員から契約社員に配置転換を上司にお願いし、毎週お弁当を作って息子に会いに行ったり、送り迎えをしたり、約二年間、息子と二人三脚の日々を送った。

寮から家に帰る途中の車の中で、「パパ、おれのためにいろいろとごめん。送り迎えとか勉強とか、心配かけて」と息子が言った。

私は「なんで謝るの?パパはたったひとりの親やん。親は子のためにバタバタ走り回るのが仕事だよ。子供は心配かけるのが仕事だから。」

と、少しカッコをつけ、福永先生の言葉を真似してみた。

息子が笑ったので、私も先生のように、肩を叩いてニッコリ笑った。


もう四十年も前の先生の言葉が、今の私を、大切な家族を救ってくれた。
それが教育なんだろうと思う。

こうやって噂をしていれば、先生はきっとまた大きなくしゃみをしているに違いない。

あの大きなくしゃみはすごかったな。

そしてちょっと心配でもあるんだよ。

「生徒の心に桜を残したい」
なんて先生は言っていたが
あんなに大きなくしゃみでは
遠山の金さんの桜吹雪を
全部吹き飛ばしてしまうんじゃないかな。

「はっくしょん!」と。

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ぞうさん。 私の記事に立ち止まって下さり、ありがとうございます。素晴らしいご縁に感謝です。