短編小説|記憶
「私、宇宙人だった頃の記憶ある」
いやにくっきりと愛花の声が脳に響いて意識が体に戻ると、微かなアロマの香りを鼻腔が捉える。防虫効果があるとかいう、清涼な香り。
今夜は俺が先に布団に入って寝ながらマンガを読んでいたはずだったが、いつの間にか寝落ちしていたらしい。布団に入って来た愛花に全然気づかなかった。既に電気は消され、閉じた瞼に闇を感じる。
はっきりした寝言なのか? ただ寝ぼけてるだけ? これは返事をしなくていいやつ? 目を瞑ったまま考えていたら、さらに愛花が言った。
「私、宇宙人だった頃の記憶ある」
観念して、俺は闇の中そっと目を開けた。
「宇宙人から見れば、俺たちの方が宇宙人だよね、的な」
「違う」
かぶせ気味に愛花が強く言う。俺は黙った。
「すごく綺麗なところだった。なんかきらきらしてて。水があって木があって、子どもがいてみんな笑ってた」
水があって木があって子どもがいてみんな笑ってきらきらしてるところは地球にもありそうな気がする。俺が黙ったままでいると、愛花は続けた。
「誰も人と人を比べたりしない。だってそもそも人は違って当たり前だから。みんな同じを目指したりしないから競争もない。当たり前に平和なの。争いも独占もない。だから戦争もない」
そこは地球とは違うかもしれない……残念ながら。愛花の話はどこに帰着するんだろうと開かない瞼で考える。淡々とつぶやくように話す声の調子に意識が持っていかれそうになる。眠い。
「今、地球はそうじゃないでしょ。競って、争って、破壊して。だからね、宇宙人が今、地球を救うためにいっぱい来てるんだよ地球に」
半分寝ている俺は、そろそろ体が動かず相槌も打てない。愛花は一体、何を言いはじめているのだろうか。
「宇宙人にはさ、いやな目をしてる人なんて誰もいない。みんな瞳が澄んでて、濁ってない。光ってる。うっすら青く、発光してるみたいに」
落ちていく意識の中、最後に愛花の声が聞こえたような気がした。
「見て、光ってる」
目が覚めて隣を見ると、布団には俺一人だった。カーテンに透ける外が明るい。朝だ。
ずるずると布団から這い出てトイレに行って、それからダイニングを覗くとテーブルには朝食の皿が並ぶ。目玉焼き、サラダ、昨日の残りのスープに納豆。
俺に気づいて、愛花がキッチンの方から声をかけてきた。
「おはよう。コーヒーできてるよ」
「あ、うん、おはよう。顔洗ってくる」
席にはつかず、俺は洗面所に向かった。
夜中に……愛花が、なんか話し出したんだよな。宇宙がどうとか。あれは、夢? 現実? 寝起きのせいなのか何なのか、頭がぼんやりする。バシャバシャといつもよりかなり多く、冷たい水で顔を濡らす。けれど思ったほど頭のぼんやりはさっぱりしなかった。
どんな話したんだったかな。なんか、きらきらして、笑ってて……何が? 考えながらダイニングに入ると、愛花がコーヒーを注ぎに来た。白いマグカップが湯気と共に、黒い液体で満たされる。
「ありがとう」
「いえいえ」
「あの、昨日の夜、夜というか深夜だけどさ」
「ん? 何?」
微笑んだ愛花の目が、いやに澄んでいるような気がする。
綺麗だ。思わずじっと見ていたら、何見てるの、と細めた愛花の目が、発光して青く光ったように見えた。
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