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短編小説|鳥羽

小倉百人一首 九十九番 

人もをし 人も恨めし あぢきなく
世を思ふ故(ゆゑ)に もの思ふ身は

時には人が愛しく、時には人が恨めしく思われる。つまらなく世の中を思うがゆえに物思いに沈む私には


後鳥羽院

(出典:時雨の百人一首)

『鳥羽隆也たかなり 殿
◯年◯月◯日付をもって、S島支社 支社長に任命する』

 辞令が出た時、俺は思わず心の中で「嘘だろ」と叫んだ。本社を離れることになるなんて。
「栄転だよ。鳥羽支社長。皆、期待してるぞ」
「……ありがとうございます」
 胡散臭い次長の笑顔。皆って誰だよ。地方都市ならまだしも、島だぞ島。しかし心の中で虚しく抵抗したところで俺に拒否権はない。
 デスクに戻ると、にやにやしながら同期の北条が近づいてきた。
「鳥羽、S島支社だって?」
「あ、ああ」
「支社長ってすごいじゃん。お前同期で一番の出世頭だよ」
「ははは……」
 喉まで出かかった「ならお前が行けよ」という言葉を飲み込む。この辞令、俺がお前に負けたからだって思ってるんだろ。まさかあの契約を北条が決めてしまうとは。それがなかったらどうなっていたのか。出世頭なんて俺を持ち上げてるけど嫌味なのか? 我ながら恨みがましいと思うが仕方ない。
「ま、頑張ってくるわ」俺は北条に言った。できるだけ軽く聞こえるように。

 一応栄転というだけあってS島での待遇は悪くないものだった。社宅は広いし手当も厚い。もっと田舎かと思ってたけど普通に街があり基本的な生活にそう不便はない。本社みたいに張り詰めてピンとしたものはなく、時間の流れはゆっくりだ。でもこの空気に慣れすぎてしまったら確実に差がついてしまう。怖い。本社と変わらぬペースを保ち、大きい成果を上げて一日も早く本社に戻ること。それだけが俺の望みだった。だから俺より一足先に本社からS島に勤務している部下の辰巳のマイペースぶりは、時に俺を苛立たせた。
「鳥羽さん、今日って……」
「さんじゃなくて、支社長だろ。役職で呼べって習わなかったか」
「あ、すみません、で今日の予定なんですけど支社長」
 打てば響く、という言葉があるけど、打っても手応えなしというか、飄々としているというか。世代の差か? 明らかに俺とは大事にしてるものが違うような気がする。

 しかしそんなある日、俺はやらかした。本社流のやり方でやや強引に進めようとした案件で、客の怒りを買ってしまったのだ。
「本社本社って。ここはS島でしょう? こっちにはこっちのやり方ってもんがあるんだ」
「大変申し訳ありません」
 辰巳と二人、深々と頭を下げ、どうにかその場を収めて社に戻る。さすがにがっくり来ている俺に、辰巳が言った。
「気にしなくていいですよ。あの人、誰にでもあんな感じなんで」
「……そうなのか?」
「僕も怒鳴られました。でも言うだけ言ったら後に残らない人なんで、全然問題なしです」
「……そうか」
 俺はなんで部下に励まされてるんだろう。俺にとっての大事が、辰巳にとっては取るに足らないことのように見える。お前はなんでそんなに余裕なんだ、辰巳。
「鳥羽さ、あ、支社長、早く本社戻りたいんでしょ。頑張りましょう、僕も頑張りますから」
「……あ、ああ」
 不覚にもちょっと、鼻の奥がつんとした。そういえば一緒に飲んだ時、酔っ払って言ったな。早く本社に帰りたいと。こいつなりに考えてくれてたのか?
「鳥羽でいいよ」
「え?」
「だから、支社長じゃなくて鳥羽でいいって。社内では」
「ああ、はい」
 大して嬉しくもなさそうに頷く辰巳は俺を面倒くさい上司だと思ってるんだろう。さっきちょっと可愛いやつだと思って損した、と思ったら笑えてきた。
「何笑ってんすか鳥羽さん」
 別に、と答えたが笑いが止まらない。辰巳が変な顔で俺を見る。
 まぁしばらくこいつと頑張ってみるか。


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