深海で実を結ぶ|孤独が「才能」だった理由
世間では、
一人でいることを
「寂しい人」や
「社会性がない」
と捉えがちだが、
それは大きな誤解だった。
実は、
高い知性を持つ人ほど、
頻繁な社交よりも
長期的なプロジェクトに集中することに幸福を感じ、
過度な人付き合いは
むしろその邪魔(ノイズ)になる
とさえ言われているらしい。
そして
内向型の人は
前頭前野の活動が高い傾向があり
情報を深く処理する特徴があるとも言われている。
内向的な私の脳は、
外部からの強い刺激には過敏だが、
静寂の中では「最高出力モード」に入るようだ。
それがこの深海の世界を作り上げている。
この記事のためのBGMです。
静かな場所で、呼吸を整えてからお読みください。
孤独は「生存戦略」だった
私は友達がとても少ない。
ほんとんどいないと言ってもいい。
昔から共感できる人がいなかったし
ただ一緒に時間を過ごすだけだったし
友達と言っていいのかすらわからなかった。
趣味の「仲間」はいた。
でもそれは「友達」とは違った。
だから
一人でいる方が楽になった。
無駄に思える人間関係は全て捨てた。
プライベートでも仕事でも。
でも、それは
孤独というより
集中の時間だった。
空いた時間に
あらゆる情報をインプットした。
(試行錯誤の日々 ▶︎ 現実の岸辺 / アメブロ)
一人の方が色々と捗るのだ。
脳科学では
内向型の人は
外部刺激に対して
脳が強く反応するため
一人の時間が
思考の最高出力モード
になると言われている。
人と会うと
エネルギーが減る。
無駄な労力を使う。
人付き合いは
バッテリーを消耗させる。
でも一人になると
思考が深くなる。
一人の時間は
脳が「最高出力モード」に切り替わる聖域。
「孤独」は実は
自分の才能を最も効率的に発揮するための
「生存戦略」だったのだ。
外向型が
外部刺激
(ドーパミン)を求めるのに対し、
内向型は
内省によって得られる静かな幸福
(アセチルコリン)で満たされている
という。
「深海」は、
周囲のノイズを完全に遮断し、
自分自身の内面に集中することで、
エネルギーを自家発電するための安全な避難所。
都会ではなく
誰もいない場所で、
深海で、
スーパーカーとしての性能が
やっと発揮されるのだ。

夫という「回復の場所」
私が深く潜れる理由は
もう一つ。
夫の存在だろう。
自分が
無理をしなくてもいい場所。
自分のままでいられる関係。
私にとって
それが夫だった。
夫だけだ。
深海に潜っても
戻れる場所がある。
だから
安心して潜れる。
「鎧を脱ぎ、愛へ還るまで」のシリーズは
世俗的な評価や
外向型の理想という鎧を脱ぎ、
神と夫の前で
ありのままの自分に戻るプロセスを描いている。
ブドウの木につながる生き方
夫に、こんなことを言われたことがある。
無駄に人付き合いしないから、
特定のことにすごく特化しているよね。
そのときは、いまいちよくわからなかった。
でも、やっと理解できた。
そして
孤独でいることは
実は神と繋がる生き方だと思った。
聖書の言葉と重なったからだ。
わたしはぶどうの木、
あなたがたは枝である。
人がわたしにとどまり、
わたしもその人にとどまっているなら、
その人は多くの実を結ぶ。
枝は、自分で実を作ることはできない。
ただ木につながっているだけだ。
それでも、自然に実がなる。
今までは理解できなかったこの箇所が、
夫を通して理解できるようになった。
夫と繋がっていることは、
神と繋がっていることの地上の現れでもある。

聖霊が教えるという感覚
聖書には、もう一つ
不思議な言葉がある。
御霊の油注ぎが
あなたがたにすべてを教えるので
誰かに教えてもらう必要はない
この言葉も
ずっと不思議だった。
でも今はわかる気がする。
静かな時間の中で
考えていると
ある瞬間
理解が降りてくる。
誰かに教わったわけではない。
でも
確かに理解している。
それは
知識というより
つながりの感覚
に近い。
そして、
夫に聞く
ということも同じだと思う。
夫婦の問題は
夫婦で解決すべきで
他の人に聞くから
おかしくなるんだね
とよく二人で話している。
夫から教われば解決することを
外に聞こうとするからおかしくなる。
関係が壊れる。きっと。
もちろん、
人間だから完全ではないし
知らないこともあるし
間違えることもある。
でも、
それらは全て
関係性の問題なのだ。
「キリスト教は宗教ではなく関係性である」
と言われるのも納得である。
繋がっているかどうか。
夫と、神と─。
深海で光る理由
この世界は
「人とつながれ」
と言う。
もちろん
それは大切なこと。
でも
すべての人が
同じ形でつながる必要はない。
広くつながる人もいる。
深くつながる人もいる。
私は確実に後者だ。
深く潜り
静かな場所で
つながる。
50人と浅い会話をするよりも、
唯一無二の理解者と繋がる方がいい。
もし
ぶどうの木につながっているなら
枝は
無理をしなくても
自然に実を結ぶ。
たとえ
深海に一人でいるように見えても。
他者に教えを乞うまでもなく、
静かに潜り、
本質を観測すること。
それ自体が、
私にとっての「信仰」であり
「知的な生存戦略」だったのだ。

誰もいない場所で
スーパーカーとしての性能が発揮される時間─


物語は、深海から始まった。
▶【回復の記録①】来てほしいと言えた日
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▶ 回復の記録|目次
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