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自分で選ぶということ | 自己決定理論

大人になると、「自分で選んでいるつもり」で、実はそうでもないことがある。

こっちのほうが正しそう。
こっちのほうが迷惑をかけなさそう。
こっちのほうがちゃんとして見えそう。

そうやって選んでいるうちに、自分の「これがいい」は、少しずつ後ろに下がっていく。

そんなことを、2歳の娘を見ていて思った。

最近の娘の口癖は、
「じぶんで、じぶんで」
とにかく何でも自分でやりたい。

靴も自分で履きたい。
雨が降れば、自分で傘をさしたい。
エレベーターのボタンも自分で押したい。

大人から見ると、正直、時間はかかる。
私がやったほうが早い。
私が持ったほうが濡れない。
私が押したほうがスムーズに進む。

そう思うこともある。
でも娘にとっては、

早くできることより、
きれいにできることより、
「自分でやった」という感覚が大事なのだと思う。

できるかどうかの前に、まずやってみたい。
その気持ちがすごく強い。

そして最近、もうひとつ口癖がある。
「えーっとしたい」。
たぶん、私が何かを選ぶときに「えーっと」と言っているからだと思う。

娘の「えーっとしたい」は、
「自分で選びたい」という意味らしい。

服も、靴下も、自分で選びたい。
右と左が違っていてもいい。
季節に合っていなくてもいい。
大人から見たら、少し変でもいい。

娘にとって大事なのは、
正しい組み合わせにすることではなく、
「自分で選んだ」ということなのだと思う。

それがよくわかったのが、ロールパンの話だった。

保育園の帰り、娘は毎日のようにコンビニへ行きたがる。そして、ロールパンを買う。

そんなにロールパンが好きならと思って、スーパーで買って家に置いておいたことがある。

でも、それでは意味がなかった。

娘が欲しかったのは、
ただのロールパンではなかった。

たくさん並んだパンの中から、
「えーっと」と自分で選ぶこと。
自分の手で持つこと。
レジまで運ぶこと。
買ったロールパンを握りしめながら帰ること。

その一連の流れが、娘にとっての楽しさだった。

この姿を見ていて、「自分で選びたい」というのは、人間にとってかなり根っこの欲求なのではないかと思った。

心理学には、デシとライアンの「自己決定理論」という考え方がある。

人には、

  • 自律性は、「自分で選んでいる」「自分の意思でやっている」と感じられること。誰かに無理やりやらされているのではなく、自分なりに納得して動いている感覚。

  • 有能感は、「自分にもできる」「やってみたらできた」「少し前に進めた」と感じられること。完璧にできることではなく、うまくできなくても、自分で手を出して、できた感覚を持てることに近い。

  • 関係性は、「誰かとつながっている」「大切にされている」「一緒にいられて安心する」と感じられることです。ひとりで何でもできることではなく、誰かと関わりながら、自分がそこにいていいと思える感覚。

娘の「じぶんで」には、
「自分でやってみたい」という自律性と、
「自分にもできた」と感じたい有能感がある。

そして「えーっとしたい」には、
「自分で選びたい」という自律性が強く出ている。

さらに、私と一緒にコンビニへ行って、パンを選んで、買って、帰る時間には、関係性もある。

そう考えると、
ロールパンひとつの中にも、いろんな欲求が詰まっている。

そしてこれは、子どもだけの話ではないと思う。

大人だって本当は、自分で選びたい。

何を着るか。
どこに行くか。
誰と過ごすか。
どんな仕事をするか。
どんな人生を生きるか。

でも大人になるほど、選ぶ前にいろんな声が入ってくる。

普通はこうするもの。
この年齢ならこうあるべき。
こっちのほうが安定している。

これを選んだら迷惑をかけるかもしれない。
空気を読んだら、こっちだよね。

特に日本では、空気を読むことが大切にされる場面が多い。もちろん、それが思いやりになることもある。場をなめらかにすることもある。

でも、そればかりを続けていると、「自分は本当はどうしたいのか」がわからなくなることもある。

自分で選んでいるようで、本当は、正解っぽいものを選んでいるだけだったりする。

私自身も、そういう選び方をしてきたと思う。

一番やりたいものより、
ちゃんとして見えるもの。

本音より、
説明しやすいもの。

好きなものより、
失敗しなさそうなもの。

そうやって選んできたことが、たくさんある。

だから娘の「じぶんで」「えーっとしたい」を見ていると、

少しハッとする。

人は本来、こんなに自然に
「自分でやりたい」
「自分で選びたい」
を持っていたんだなと思う。

それは、わがままとは少し違う。

自分の人生に、自分で関わりたいという感覚に近い。

私は今、ドーナツメソッドというものを考えている。

ドーナツメソッドは、足りないものを埋め続けるのではなく、今すでにあるものに目を向けて、今の自分で楽しんで生きるための視点です。

今回のことで思ったのは、
「今すでにあるもの」の中には、
自分の小さな「これがいい」も含まれているのではないか、ということ。

大きな夢とか、立派な目標じゃなくてもいい。
今日はこの服がいい。
この道を通りたい。
この人に会いたい。
これはやりたくない。
本当は、こっちを選びたい。

そういう小さな感覚を、大人になるほど見逃しやすくなる。

娘には、正しい選び方だけを教えたいわけではない。

自分で選ぶ楽しさを、できるだけ失わずにいてほしい。

そして本当は、私自身もそれを取り戻したい。

あなたに「これがいい!」と言えるものはありますか。

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