80年代半ばで名を馳せ90年代で知る青春と変態
80年代半ばにすい星のように姿を現し、巨大な衝撃と鮮烈な記憶を残したソロ・アーティストを振り返るシリーズ。ここまで尾崎豊さん、渡辺美里さんについて振り返りましたが、今回はおふたりとも関係の深い岡村靖幸さんについて。
岡村ちゃんの名前を初めて知ったのは、渡辺美里さんの回でも振り返りました美里さんのでデビューアルバム「eyes」。小室哲哉さんを中心とした超豪華な製作陣チームにあって、当時若干20歳の岡村ちゃんは実質1曲目となる「GROWIN' UP」をはじめ「すべて君のため」、「Lazy Crazy Blueberry Pie」、「Bye Bye Yesterday」の4曲を提供。その卓越した才能はもちろん高く評価され大きな話題となりました。
ただ、名前は知っていたけど岡村ちゃん自身の曲や歌っている姿を拝見する機会は当時はほとんどなくて、同世代の尾崎豊さんや渡辺美里さんがデビューと同時にスター街道をキラキラと一気に駆け上がったのとは対照的に、謎のベールに包まれていましたね。
当時は尾崎さんに美里さん、さらにレベッカやバービーも聴いて、直後には爆発的なバンドブームで次から次へ新しいバンドが出てくるなど日本のロック界の層は厚く、残念ながら岡村ちゃんのデビュー当時をリアルタイムで追いかけることはありませんでした。
岡村ちゃんが天才であると完全に理解したのは大学生になってから。お盆に静岡県浜松市へ帰省した友達の実家へ遊びに行って3日間ほど泊めてもらった時。
学生なので朝から晩まで遊びまわったわけですが、移動の車でかかっていたのが岡村ちゃん4枚目のアルバム「家庭教師」でした。しかも車内にはこのCDしかなく、朝から晩まで3日間流れっぱなし(^^;何回ループするんだというぐらい聴いて聴いて聴きまくりました。
しかし、このアルバムは岡村ちゃんの代表作といっても過言ではない不朽の名アルバム。夏休み明けからはカラオケの定番となった「どぉなっちゃってんだよ」「カルアミルク」「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」など岡村ワールド全開の名曲三昧で、楽しかった夏の思い出にぴったりのBGMとなりました。
CDを積んでいただけあって友人は岡村ちゃんの大ファン。作詞、作曲、編曲だけでなく全ての楽器も自分で演奏していること、ギターもダンスもめちゃくちゃ凄くて「和製プリンス」と呼ばれていることなどを熱心に教えてくれました。
“一生懸命って素敵そうじゃん”
とか
"電話なんかやめてさ 六本木で会おうよ
今すぐおいでよ"
とか
”寂しくて悲しくて辛いことばかりならば
あきめてかまわない 大事なことはそんなんじゃない”
とか
普通の人が言葉にすれば鼻についてダサくも感じる歌詞が、岡村ちゃんが歌うとすごく前向きでキラキラした言葉に聴こえて「きっとそうなんだ」「そうに違いない」と納得してしまう。それどころか「いや、カッコイイ!」と素直に思える。美里さんのデビューアルバムの時に語られた「早熟の天才」というのはなるほどこういうことかと脱帽しました。
長くなりましたので次回へ続きます☆
