さっさと中退して、プータローへ
自己紹介エントリーの”いままでやってきたこと”の順に沿って記事を書いていきます。
自己紹介エントリー
北海道へ
東京にきて、そのまま暮らして行ける展望が描けなかった私は学校だけは卒業しておけという、おばあちゃんの助言に従って。
まずは高校卒業まではやり切ることを約束しました。
高校卒業間近になり進路について相談窓口で会話し、このまま学園内の専門学校の進路に進むことにしました。
専門学校は航空関連の技術を習得できる学校で北海道千歳市にあり、全寮制ですが。
市内のアパートから登校する人がいたり、住処に関しては自分で決められる設定でした。
私は中学生の頃、学校生活に馴染めなかった経験とパソコンを好きにいじれない環境を手放したくなく。市内の丘の上にあるワンルームを借りて引っ越すことにしました。
荷造りをして、大分から東京へ進学で来ていた地元の友達とお別れをして。
羽田空港から新千歳空港に移動。
札幌のレオパレスで鍵を受け取って千歳市のアパートで荷解きをし。
必要な物資の買い出しを行い。
後日、入学式を経て。北海道の学生の身分を手に入れました。
ひさしぶりの学校生活
ひさしぶりの学校生活がはじまりました。
校則と風紀は結構厳しめの学校だったと思います。登校後、HRを済ませて全校掃除。
掃除が終わった後にグラウンドで点呼。その間に掃除点検が入り、改善点の是正に向けた指摘とやり直しがあった記憶があります。
自分勝手で怠惰な生活を続けてきた私には少々(うそ。大変)刺激が強いパリッと感でありましたが、新たしいところにきた + 真人間になった実感はあって。少しだけ嬉しかったです。
友達できた
学校までは自宅から徒歩で駅まで行って、駅からバスで山手の停留所まで。山手の停留所から約1.5~2kmほどの一本道を歩いて学校までの道のり。
片道1.5時間ほどはかかる道のりを最初は一人で通って行って億劫でしたが。
勇気を出して駅のバス乗り場で同じクラスっぽい2人に話しかけることにしました。
あゆむくん -> 背が高いイケメンで、優しい。
ちっくん -> 野球少年みたいな風貌の子。妹がいる共通点があって気が合う。
2人とも北海道の子で、私が地元で進学してたら出会うことのない子たち。
大分県にはないものや違い。北海道独特の方言を教えてもらうことで毎日話すようになってずっと一緒にいる3人組になりました。
学力がおいつかない
学校生活が始まり、授業も開始され出した頃。
とても困った問題に直面しました。
通信制の学校でタスクをこなすだけの対応をしてきた私には基礎学力が全くついてなく。教科書に書いてること、授業で言ってることが全くわからなかったのです。
あと、私は高校で1年浪人をしているので。一歳上。
常に当てられることに怯えて、追いつかせようにも全く頭に入らず。
あゆむくんや、ちっくんとの授業に関する話題にもついていけない状態に陥り。
北海道まできて、また取り越される気持ちに落ち込んで。
どうしていいかわからなくなりました。
指導と疑問
授業に全くついていけず、テストも惨敗。
もうどうしていいかわからない中で、パソコンの講義があり。
課題のタイピングとPC作業関しては慣れている為、ささっとこなして少し喜んでいたところ。 先生にやる気がないなら帰れ。 と怒鳴られました。
やる気ってなんだろう。 大分県からここまで来てるのにやる気がないの俺。
流されてきただけなのが悪いっていうのか。
周りにいる子らは両親いて中学校も行けて、高校も辞めずにここにいるのに俺はやる気がないのか。
そもそも、ここで学んでいることは何のため。先生は就職のためって言うけど。
就職したらからといってなんなんだ。 そもそもこの人、航空整備士だったことないじゃない。 就職失敗してる人に北海道で何教わりに来たの。
そもそも、俺は何をしているんだ。ここで俺は何者かになれるのか?
荷物を持って、あゆむくんやちっくんに悟られないように。
学校から逃げ出しました。
また退学
指導のあった日から私はまた、学校に行かなくなりました。
行かない間も学費はかかります。
私はまた、退学しました。
ばあちゃんと友達
私はもう、どうしていいか分からず。
ただ、ネットゲームだけしている人間に戻ってしまいました。
あゆむくんとちっくんから電話がなりますが。 出れません。
疑問に思ってしまった私には、戻れるわけもないし。
ばあちゃんから電話があり。 “一度。大分に帰ってこい。”
“周りから怒られても、私が怒っちゃんけん。”
10歳年上のネットゲームの友達からも電話があり。
“大阪こいよ。仕事見つかるまでメシくらいは食わせてやるから。”
大阪に行ってから大分に帰る道のりで、北海道から私は2人に会いに戻ることにしました。
2004年の夏のはじまりのおはなし。
