再生と再建。そして退職。
自己紹介エントリーの”いままでやってきたこと”の順に沿って記事を書いていきます。
自己紹介エントリー
新しい職場
いきなりの退職にも関わらず奥さんの反応は意外でした。
"いつ辞めるかと思ってたけどやっと辞めたんだね。"
実家の反応も同様で、どうやら私ひとりだけがいろんな心配をしていたようです。
もう、悩むことも後ろ髪引かれるようなこともないので。
新しい職場に順応することを優先することにしました。
新しい職場は東京のフルリモートの会社で、前職に転職したてのころに私と私と共に転職した後輩たちに声をかけて元気づけてくれた先輩たちが立ち上げた会社です。
私の採用はマネージャーの立場で部門全体を収益含めて拡大と保全させていくこと。部下の数は6名。 前職では40-50人ほどみていたので数として負担は減っている状況。 ひとりひとりにかけられる時間は増えたので、丁寧に対応できるリソース状況。 お金はそこまでかけられないから知恵を出すことが大切。なるほどわかった。
まず、お互いの顔を知ったうえで仕事をするのが良いということで、冬の京都で合宿を行いました。
私はバキバキに緊張して向かいましたが、みんな若手で純粋で。
あー。 こういう人たちが集まってる会社だったら、素養の面は大丈夫だな。と手ごたえを得ました。
ビジネスを行う上で最後は人の部分なことは身をもって体験してきたので、人の部分不安がなくなったのはとても良い安心材料でした。
課題の把握
人の予想の面は問題なし。それ以外の課題の把握に努めるためにまずは3期遡った予算と実績を確認しました。
売上規模と稼働のバランス、売価設定、品質面、稼働割合について工夫が必要なことは理解し。マネジメントからの打ち手を検討しました。
まず、"やらないこと"を定めて。 "やったほうがいいこと" は "やらないといけないこと" or "やらなくていいこと" まで徹底的に煮詰めて手を動かすのは"やる"と判断してからと仕切りを入れて効果の検証まで含めた対応を行うように約束をしつつ。
改善を行うにも実施するための工数のエアスポットの確保が必要な為、"大変なことを大変じゃなくてする為に。いま大変なことをしよう。" と部門に呼びかけを行い。稼働を一部寄せて繁忙期を前倒しすることで取り組みの時間を確保し。品質とデリバリの改善に充てる。
過剰品質は改め、不足する部分の保全に回すを丁寧に一つずつの案件で実施する為に社員の理解を求めるための活動を行うことにしました。
それをする為には私自身が一番。率先して働いている姿をみせて理解してもらうこと。
そう考え、前職の反省も活かしながら。
"自分が率先して模範となる。" "一緒に取り組みする仲間を作る" "取り組んだ仲間が模範になる" を腰を据えて行うことで仮想敵を作らず、比較優位性による差別化による位置作りが起きないように、機運を起こしていくやり方に改めて向き合うことにしました。
単価アップと上がる理由
ITの業界では、1人月(にんげつ) という単位で工数の積みあげを行い。
エンジニアリングの役務提供での見積り価格を計算していきます。
この考え方は賛否両論いろいろありますが、商習慣としては良くも悪くも定着しているので。商売をしていくうえではこの単位での表現は避けられません。
足場では稼働が切迫している状況に対して売上をあげなければいけない状況です。
いろいろ考えた結果。稼働の確保と売上を両立する方法として、
"単価を一定水準引き上げる。" を私の中での目標にして手当をすることにしました。
単価の決まり方について、高い安いの議論が起こりがちだし。実際無理だと反対もされましたが。 単価の決まり方について再度立ち返って確認しました。
単価は "課題の抽象度"と"責任の大きさ"と"需給の希少性" によって決まる。
この"課題の抽象度"と"責任の大きさ"に着目し、組織の課題であった
"サービス提供内容が定まりにくい状況" を逆手とる形で。
抽象度の高いより上流の工程の案件を獲得することにしました。
取り組みの抽象度とアサインの抽象度をあわせ、責任のより大きいフェーズへの置き場所へ。
既存の案件整理と並行しながら、置き場所を変えていくことで単価があがり。稼働時間あたりの売り上げが増え、投資する時間の創出に成功しました。単価は目論見通りあがりました。
組織つくり
投資する時間が創出できたので、次は組織つくりの取り組みへ。
単価の向上は自分たちの価値提供と連動し、いい意味で自信になってくれていました。
ビジネスとして顧客に向き合う時間と次の動きに投資する時間。
自分たちでビジネスに魂をいれていく投資余白の確保が成功し、自信もある。
そうなるとやることはひとつと考えて、積極的な役職の登用を行いました。
私が過去、リーダー任命されたときのように "役職を飴として使わない" "懲罰的人事考課は絶対しない" として。
言葉の定義として"役割を信託する。"という表現を使って、会社からお願いする立場なので。一緒に脳から汗をかいてほしい。と手渡しで託していく。
事業を作り、商いの裾野を広げて、託していく。
を実直まわしていくことで、成長サイクルにはいるように。
反省をすべて盛り込んだ形で過去の自分を供養するように取り組みを行いました。
そして、それを仲間に手渡しで渡していく。やれることを増やしていく。
締めと退職
最後の仕上げとして、"自分の役割を終わらせる" 仕事がのこりました。
まだ大きな会社ではないけど、みんなが自分たちの役割に自信をもって日々の価値提供に向けて成長を続けられる基礎ができたいま。
私が居続けることはいずれ邪魔になるし、阻害する要因にもなります。 前職のようなカッコ悪い終わり方もしたくありませんし。
この会社では、苦労もありましたが。嫌な気持ちになることはありませんでした。一番自分の居場所として居心地と責任のバランスがいい組織でした。
前職の体験はトラウマになってるかといえば事実かもしれないけど。引き際が大切かなとずっと考えていました。
嫌な終わり方はしたくない。そのためにやりきってから一番いい形で。身を引く。
長としての責任を全うしたと考えて。
期末、最終達成を見届け。 終わりにしました。
そして、この会社に勤めている間。
おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなり。 子供が生まれました。
これからは自分が納得する形で。どう社会の中でいきていくのかを探すために。自分で居場所を紡ぐことにしました。
2024年の夏の終わり。 あのとき家出をした遠かった町でのおはなし。
